エクスカリバー(かがわ(中編①
「お父様!」
「なぜ来た! 敵が攻略に来ていることは分かっていたはず」
この戦いの中、むざむざこのクリミパースに来る馬鹿がいることにヴォルケイノ中将は頭を痛めるほかなかった。
しかもそれは自らの娘であるナタリー・ヴォルケイノ補佐官である。
自分とは違い、有能な彼女であるならば今の状況は分かるはず。
狼煙による周囲への敵襲通知と、鳩式式神による首都キャンベルクアへの伝令により、ここが危険であることは分かっていたはずなのに。
ここは死地。
例え全滅しようとキャンベルクアにオーストロシアの主力が戻るまで時間を稼ぎきることが定めとされたこの地に娘が来ることは、ヴォルケイノ中将には想定の埒外だったのだ。
「い、いまから伝令を出す。鳩式式神だけでは魔術的な妨害を受けるかもしれんからな。そうだ速馬を出そう。王都にこの窮状をなんとしても伝えるのだ」
「ウィンター将軍がわたくしに渡された手紙があります。この、いざという時を予見して!」
きっぱりと娘であるナタリーが言う。
取り出した封蝋には確かに征夷大将軍の紋章が刻まれている。
「思うにきっと、そこにはわたくしにしかできないことが書かれている。そう、やってしまえばわたしのオンナとしてのプライドを踏みにじるようことが」
「ナタリー、お前……」
手渡された手紙をヴォルケイノ中将が開き。
そして怒りに声を震わせた。
「馬鹿ヤロウがっ。娘にこんなことをさせるつもりか!」
それはあらかじめ想定していたナタリーでさえビクリと身体を震わせるほどの音量だった。
いったいどんなことが書いてあるのだろうか? ナタリーは分かっていた。
そう、分かっていたのだが。
普段怒ることの少ないヴォルケイノ中将を激怒させるものとは一体?
「一体何が書いてあるのですか?」
周囲の兵士達が期待を込めた声をあげる。
絶対に死ぬ定めであったところから、少しの希望が見えたのだ。
期待しないはずがない。
「あぁ、希望ではないな。これは鬼謀の類だ。さすがはウィンター将軍。ほら、この手紙はお前宛だ」
「やはりですか……」
予想が的中したことにナタリーは手が震える。
予感はしていた。
この絶望を回避するにはこの手しかないのだろうと。
手紙を手にとる。
内容はたった一行。そしてたったの7文字。大きさにして72pt。
それは Wind○wsがw○rd(←○は伏字)で基本選べる最大級の極大ゴシックなフォント。さらにはBoldで強調されている。
それに一体、どれだけの意味が込められているのか。
ナタリーはごくりと唾を飲んだ。
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「だが良いのか? ウィンター将軍。こんなところで武闘会などに興じていて?」
「ん? なんだ?」
戦いの最中、構えを緩めるウィンター将軍。
カンニバル・ラウンドは戦いに勝利を収めるため、相手を陽動する作戦に出た。
敵を焦らせれば焦らせるほど良い。
焦りが生じれば付け入る隙はいくらでも出てくるはずだ。
それにもう、あちらでも戦闘は始まっているハズ。いくらウィンター将軍であろうとすぐに戻れる道理はない。
「我々エクスカリバー王国はついこの前、オーストロシアに侵攻した。もはや回避はできぬであろうよ! おらぁ!」
「なんだとー」
そういって斬りかかる。不意打ちだ。
さぞや驚愕と後悔に打ちひしがれるはずのウィンター将軍であったが、その斬りをあっさり避けると体術でカンニバル・ラウンドの身体を吹き飛ばした。
震脚一打。
それだけで数10mは飛ばされて武闘会のリングの壁へとカンニバルを激突させる。
「ははは。HA-HAHAHA―――」
「ウィンター将軍! 何が可笑しい」
「このオーストロシアの征夷大将軍、ウィンター将軍がこの程度で動揺するとでも?」
「自国が攻められているのだぞ? それを笑い飛ばすなど――」
「これが笑わずになどいられるか! おぃ! ヒメノ・アーカンソー! 貴殿はこの事態を知っていてワシをこの地へと招聘したのか?」
「これはこれは異な事を。わたくしは本当に一切預かり知りませんわ。本当でしたら武闘会の主として形だけでもエクスカリバー王国に抗議いたしましょう」
カンニバル・ラウンドはヒメノ姫の言動に驚いた。
確かに機密漏洩を避けるためアーカンソーの首脳陣にオーストロシア攻めの話はしていない。しかしこの落ち着きはどうしたことだ? 事が終われば影響は必ずアーカンソーにもあるかもしれないというのに。しかも我々に抗議するとさえ言う。
「それに貴方は馬鹿ね。大馬鹿かよ」
「なん・だと…」
ヒメノ姫は畳み掛ける。
まるで解説するかのように。
「あらかじめわたくしたちアーカンソーの人間に話を通してもらえば、もっと時間稼ぎとか工作とかできたのに、話もないのでは対策のうちようがないじゃない。それにこんな場でそれを言うなんて……。こんな裏切り行為、ある程度はオーストロシア側の手を持たざるをえないと思えない?」
「だから何だと言うのだ!」
言えば情報漏えいの恐れがあった。だから言えなかった。
しかし友軍である以上、言わなければ事前通告がないなどの嫌味程度は言われることは分かっていた。
が、ここまで強い反発を受けるとは思わなかった。
もし我々が勝てばオーストロシアの肩を持っていたとき、不利になるだけだというのにどういうつもりなのか。
「仮に今、オーストロシア帝国とエクスカリバー王国が戦えば間違いなくエクスカリバー王国が負けますわよ?」
「な・に……」
「一旦ネタに走りだした彼らを一体、誰がとめられるというのよ?」
動揺を仕掛けたはずのカンニバルであったが、これには逆に動揺せざるを得なかった。
オーストロシアのウィンター将軍は興ざめといった雰囲気で既に闘技場から降りており、気づけばカンニバルだけが残されている。
一人取り残されるカンニバル。
ウィンター将軍はすぐさまオーストロシアに戻るつもりなのだろうか。戦いよりも政治の方を優先したわけだ。
だが、ウィンター将軍は今からオーストロシアに向かったところで果たして、間に合うのか?




