エクスカリバー(かがわ(前編①
アーカンソーに南に本陣のあるカリフォーニャ王国と隣接する領地。その領主ユリグラント男爵家が有する南部騎士団はカリフォーニャ王国軍からの騎士を助っ人外人として武闘会に参加させたのだが、こちらもあっさりとウィンター将軍に敗北を喫していた。
「我が国カリフォーニャとしてはオーストロシアにのさばられると困るわけだが」
「いや。だからこうして助っ人を頼んだわけなのだが」
「面目ない……」
「まさか将軍自らでてくるとはなぁ」
結局のところ武闘会で優勝したかといって、即姫ヒメノの婿になるわけではない。だが建前上、その後話等をしないわけにはいかないであろう。
であるならば。
さっさと最強者で優勝していまい、そこから本命となる人物を紹介する、といったことも可能ではあるわけだ。
そんなことに気づいたのはウィンター将軍が連れてきた取り巻きを見てからだ。彼らは若く、かなりイケメンであった。単なるウィンター将軍の趣味なのかもしれないが。
「であるなら、我々も最強者を連れてくれば良かったか」
「みたか初戦後。『優勝したら我が嫁に来い』とか言っていたぞ。ウィンター将軍。あの歳で――」
「確かにウィンター将軍は独身だがな。だがヒメノ姫は『お話*だけ*は伺いますわ』とのことらしい。ウィンター将軍もその話ついでにオーストロシアの若いやつを見繕うのだろう」
「さすがに将軍は無いわな。しかし武闘会の本命はエクスカリバー王国の騎士vsウィンター将軍に絞られてしまいましたね」
「エクスカリバー王国には頑張って欲しいところではあるが」
エクスカリバー王国の騎士は特に円卓とよばれる12人の騎士長から、特に選ばれた四天王とよばれる者たちの一人という。
「だが若手の急先鋒で、四天王の中では最弱だという」
「ネタではなく、そう言っておけば敗北しても言い訳は立ちますからな」
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「ではウィンター将軍は確かにアーカンソーに行ったのだな」
「はい。カンニバル殿の手のものから鳩式式神による報告がありました」
ウィンター将軍がアーカンソーの武闘会に行ったことが確定したエクスカリバー王国では、囮としてアーカンソーに送った四天王最若手の騎士カンニバルを除く11騎士部隊長が集まっていた。
その騎士団の筆頭として立つのはサー・アーサー・チュートリア。
騎士部隊長の中で唯一の女性。それは聖剣エクスカリバーの保有者にしてそのチカラを開放できるものであるからだ。
長身、胸にサラシをきつく巻いてもなお女性らしい容姿が垣間見える重装備。ブロンドの長い髪。
容姿麗ししさは薔薇騎士団のエルフの騎士であるエル・エルブズに並び称されている。
しかし、その性格はキツく男のようなもの言いで、押し倒して逃げる猶予をなくせば、さぞやいい響きで「くっ……、殺せ」と嗜虐の花を咲かせてくれることだろう。
「今が好機か……。ウィンター将軍のいないオーストロシアなど、ヤキソバが入っていないヒロシマ焼き、饅頭が入っていないモミジと同じだ」
「聖剣の方はどうなっている?」
「現在魔力装填率118%です。フル装填まであと少しといったところかと……」
「今度墜とすのはあのオーストロシアの首都、キャンベルクアだからな。対人のウィンター将軍に使うのとは訳が違う。しっかり充填しておけよ」
「承知しております」
エクスカリバー王国。それは剣士が建国した比較的古い国家だ。
そのエクスカリバー王国が使う切り札はもちろん聖剣。
ヒストリカル・ブラックのような破格の壊れ性能こそないが、かつてこの地に住んでいたとされる魔王の徒があらゆる素材を厳選して生産者スキルで組み込み製造したその剣は、攻城戦においては無類の攻撃力を発する秘宝だ。エクスカリバー王国にはそれによりフランツ王国、ポーラニア王国などかつて存在した王国をつぎつぎと屠ってきた歴史がある。
人は言う。聖剣のないエクスカリバー王国など、それはウィンター将軍のいないオーストロシアと同じだと。または、ポテトが付いていないハッピーセットと同じだと。
だが聖剣は攻撃力が高いが故に弱点も存在する。
もともと魔王の徒による魔力充填を想定していた聖剣は、魔力の少ない人族がその攻撃力を十分に引き上げるに複数人で尋常でない魔力を長時間注ぎ込む必要があること。さらにはそれだけ溜めても攻撃は1回消費で全て使いきり終わること。つまりは再使用時間が異常に長いこと。使用者は身体清らかな女性であること。使用に際しては聖剣の由来の発露、つまり「エクスカリバー」と全力で叫ばなければならないこと。などである。
特に問題となるのは再使用時間が長いことだ。
前回のオーストロシアとの戦役ではオーストロシアの首都、キャンベルクアに入る前に途中の街、クリミパースなどでウィンター将軍に軍が破られ、逆にエクスカリバー王国の地方都市ポーラニアなどに押し込まれた。撤退のために聖剣使用するが、そうなれば再使用時間の長さから再び攻めることなど夢のまた夢となってしまった。
そのためウィンター将軍はエクスカリバー王国からは目の敵とされており、いないこの瞬間こそ好機と見られていた。
「ウィンター将軍に何か動きはあるか?」
「何も。有機カリの森に人を忍ばしているためオーストロシアからアーカンソーからの伝令はほぼ塞いでいると思います。気づく要素はなにもありません」
「ふむ。伏兵の出来る有機カリの森周辺。あそこがまともに人が住めぬ土地から住めるようになったのは大きいな。ラーミートなどのふざけた魔物も大半が移住したようだし」
魔術師の青森拳によって自然ゆたかな青森スギの産地に書き換えられた有機カリの森は、アーカンソーを阻む天然の要塞から質の良い木材が取れるただの森と化しており、人が長く活動できることから各地勢力の忍が暗躍する地へと変貌していた。
「後は通信系魔術の妨害工作はどうなっておる?」
「召喚魔術師系の妖術使いは数が少ないため、そもそも対策は不要かと。アーカンソーを『各人が故郷とする場所』とする召喚魔術師は暁の銀騎士ヒラリー・ヴェネチアーノを含め5人程度かと思いますが、いずれも本国にいるのを確認しております。ウィンター将軍からオーストロシアへの通信転送はあってもその逆はないかと」
「ならば事を起こしても簡単には露見はしないな。完璧だ」
この世界でもっとも一般手的な高速情報通信の方法は鳥類を魔術で召喚し、足に手紙を取り付けて伝書鳩として送付する、いわゆる鳩式式神である。
この通信術式は人や馬が走って情報を送ることよりも圧倒手的な速度を誇ることができる。弱点として嵐に巻き込まれる可能性などもあるが、そんなものは人間も同じだ。しかし人間とは異なり基本的に鳥類の回帰本能を利用するため、術者が拠点としている場所にしか情報を送り届けることしかできない。
さらに言えば召喚魔術師が有するスキルとして鳩式式神は低位の術式ではあるものの、召喚魔術師の特性を有する人族が少ないため、なり手が少数というのも問題だった。アーカンソーで言えば薔薇騎士団を統べるサクラ・サバッキーノ公爵、その配下で暁の銀騎士と称されるヴィネチアーノ男爵家令嬢のヒラリー・ヴェネチアーノ、その父で近衛騎士団の宮廷魔術師ビル・ヴェネチアーノ。その他市井の冒険者若干名といったところか。
結論から言えばウィンター将軍のお付の伝令兵である召喚魔術師がオーストロシアに対して情報を知らせることは可能だが、オーストロシアからアーカンソーへの情報伝達はあまり通商のない現在では不可能な状況であった。
「その他障害となるのは――その有機カリの森を破壊した魔術師くらいか?」
「はい。しかしその魔術師も現在はアーカンソーにいることを確認しております。それにいくら古のヒストリカル・ブラックが壊れ性能だといっても森を破壊するような魔術を使った後では再使用が終了してはいないと思われますが?」
騎士の一人は自らの命ともいえる聖剣エクスカリバーと比較しつつ考える。
「よし合い分かった。我々は進軍するぞ! 我々の辞書に不可能はない! サー・アーサー・チュートリア。四天王最強の女性として我ら円卓が命ずる。必ずやオーストロシアを落してまいれ!」
「拝命いたしました」
そうして全ての憂いを断ったエクスカリバー王国の円卓の騎士長たちは、まるでナポレオンがロシアに進軍するかのように、一路、まずはオーストロシア国境付近に存在するクリミパースへ向け進撃を開始するのであった。