王都招聘(ふくおか(後編
ミドルロックの舞踏会は特に支障もなく執り行われた。
「良くもなく、悪くもなく、どうにも読めないな……」
サクラと共に舞踏会の会場をにこやかに歩む魔術師とお付きの妖狐。
サクラは14歳と若く、身長差もあるため、まるで少し歳の離れた兄妹のようだ。容姿は月とすっぽんだが。
魔術師の格好は薔薇騎士団の面々による『カッコよい魔術師』というコンセプトのもと仕立てられたものなのだろう。黒のローブに黒のシャツ、そしてパンツ。どちらかというとカッコ良いというよりはヴィジュアルな悪の魔術師に見えないでもない。
召喚術師の妖術を嗜むサクラと違い、魔術に造詣のないヒメノにとって魔力というものは感知できない。しかし確かに魔術師独特のそれっぽい雰囲気は感じることができる。サクラはヒメノには見えないその何かに酔ったのだろうか。
対するサクラと妖狐の格好はおそろいの薄桃色のワンピースのドレスだ。美しいというよりは可愛らしいといったところ。
鬼が出るが蛇が出るか。
ヒメノはともかく接触すると腹を決めた。
「こんにちはサクラ。久しぶりね」
「あらお姉さま。こんにちは。ほら、だんな様もアイサツして? こちらはアーカンソーの第一王女で、ヒメノ・アーカンソー様よ」
「どうもこんにちは。拙者はオーストロシアの名誉貴族で課長代理補佐のオーカ・ヴォルケイノと申すもの。以後よしなに」
「拙者とか、なにそのエセ敬語。オーカらしくもない。お姉さまも笑っちゃうわよ」
「笑わないわよ。えぇ(笑。貴方が例の噂の魔術師というわけね。で、そちらは」
視線は下がり、妖狐の方に向かう。何しろ彼女の方が数段厄介な存在だ。
「僕はヨーコ・ナナビーノなのです。≪砂丘≫トトリーからヒストリカル・ブラックの回収に来ているのです」
ここで妖狐はヒメノにはサクラの使い魔だという事実は言わない。
妖狐はサクラの使い魔ということはばれてはいるのだろうが、他の、特に鳳凰騎士団の面々には知られない方が良いとの判断からだ。
実際的にも知られていないのだが、そこまではさすがに妖狐は知らない。
ヒメノはそこではなく、伝説の単語が出てきたことに息を呑んでいた。
「ヒストリカル・ブラック――。≪砂丘≫トトリー。さすがは魔術師ね」
「今回のヒストリカル・ブラックは黒の歴史書――四十八都道符拳という名前なのです。姫様も魔術師にどんどん無茶なお願いをして魔術を使わせて消耗させてね?」
回収が終わらないから。と続ける妖狐だが魔術師にはずいぶん懐いているようで今もべったりと魔術師にくっついている。これは回収しても残るフラグなのだろうか? そうであれば使い切っても薔薇騎士団は当分安心ということだろう。
「四十八都道符拳――48回の使用制限のある異世界の魔術といったところかしら? 使いきるとどうなりますの?」
「黒の歴史書が使い物にならなくなるから、僕が回収して≪砂丘≫トトリーにしまっちゃうのです」
「そのとき魔術師はどうなりますの?」
回収しても残るフラグなのは、黒の歴史書を使い切った魔術師がもしも生きていればの話ではあるが。
前回ヒストリカル・ブラックを使ったとされる氷河の剣を使用した冒険者の末路は熊のような大男に惨殺され悲惨であったと聞く。回収者によって違いがあるのだろうか?
「何も? 強大な魔力を持つ黒の歴史書を使い続けたせいでちょっと魔力が強くなった魔術師にレベルアップするだけなのです」
「へー。知らなかったよ」
「ちょっとぉ。だんな様ってば最初に知っときなさいよ、それ」
それは使い手が真っ先に気にするところなのではないのだろうか?
≪砂丘≫トトリーの回収者にも慕われるという魔術師に、ヒメノは少しばかり興味が沸いた。
しかし、このサクラと魔術師と妖狐の3人。仲が良いな。
話している間もニコニコといちゃついている甘い姿にヒメノは当てられ、だんだんと胸焼けしそうな気がしてきた。
どうにも騙されたとかそういうわけではなく、普通に好きあっている同士だな、これ――
不意に理解してしまったヒメノは、羨ましいという気持ちと、妹分に先を越されたという悔しさがない交ぜになった感情に打ちひしがれる。
「それじゃぁ、私からお願いしちゃおうかしら。このアーカンソー王国に、そしてアジア世界に幸あれとかそんな感じのを」
「また難しい感じのお題を出されますね。宜しいでしょう。それでは他の方に少し離れるように命じて頂けませんかね?」
魔術師は頷く。
すぐさまヒメノの命によって音楽隊の音楽は中止され、舞踏会の会場に広い空間が作られる。その中央にはサクラと魔術師の二人。
「では余興をお見せいたしましょう。四十八都道符拳は攻撃だけではないということを――。この地はミドルロック。つまり丘です。丘に対して幸あれと願う。それは四十八都道符拳が一つ。福岡拳!」
高らかに宣言する。
それはただ幸あれと願うだけの簡単な術式。
一般的にはあいまいで抽象的な魔術はほぼ効果がないとされるにも係わらず。
その効果は甘い空間を作り出した。
それはまるで甘さでは王と称えられる福岡名産であるイチゴの味だ。
あまい。
あかい。
まるい。
おおきい。
そんな世界感が薄いエフェクトと共に広がっていく――
「さぁ今からここは福の岡。恋の成就もきっと成功するというもの。それでは俺が最初にその愛の告白を告げよう。サクラ――。俺と踊ってくれないか?」
魔術師の礼は左胸に手を当ててお辞儀をする習い。
「えぇ、喜んで」
右手を差し出すサクラ。
その手を魔術師がとったとき、空気を読んだ音楽隊は、さらに一段甘い雰囲気のバラードを演奏し始める。
そして、さらに空気を読んで意を決した殿方が意中の娘に告白をし、断りきれず次々に舞踏会のダンスカップルが生まれていった。
ちなみに魔術師はダンスがかなり下手ではあるが、誰もそれに突っ込む人はいない。多少練習はしたのだ。薔薇騎士団のシャーウッドの園で。
「武闘会とか早まっちゃったかな、これは」
ヒメノはしかし気後れされたのか誰からも声を掛けられず、一人つぶやいた。
ちなみに複数の娘に告白をした殿方は――、まさに福岡拳の国に突入したがそれはまた別の話。




