王都招聘(ふくおか(中編
「しかし、薔薇騎士団は凄いな。いきなりオーストロシアを攻略するとか荒唐無稽なことを言うかと思ったら、本当に攻略して何人か縁談まで結んで帰ってくるとはなぁ……」
アーカンソー王国の国王ウォーク・アーカンソーは、首都であるミドルロックの中央に位置する王城の一室で家族と――むろん全員王族だ――食事後の団欒をしていた。
「お父様。それ本気で言っています? 完全に野放し状態で報告を受けるだけ。もう少し騎士団を御するべきだと思いますわ」
「とはいえ肩を持ってくれる王族派は少ない。だいたい薔薇騎士団はお前との仲からして王族派と見なされているのだからな。お前がなんとかするべきだろう?」
ウォークと話しているのはウォークの娘であり王女であるヒメノ・アーカンソーだ。
「それは――、そうなのですが。サクラは最近ミドルロックにも寄らないし、ちょっと暴走が……」
「男問題だからなぁ。女子の好き嫌いなんぞ、それこそワシにはどうにもならんぞ」
「サクラはその男に騙されているのよ」
「騙されているからなんとする? アレだけの魔術師だ。引き込もうとするのは貴族として当然だろう。むしろワシとしては王族派の期待戦力として歓迎すべきところだが」
「当然って……」
「ワシも当初、見ず知らずの男、それも無名な平民の魔術師などといきなり結婚というから何事かと思ったが、ふたを開けて見ればオーストロシアとの戦役、戦争というものにすらならず一方的な蹂躙だったというではないか。今では名目だけとはいえオーストロシアの名誉貴族位も貰っているそうだし、それについている妖狐の魔族も相当な腕だと聞く。どこで調べたのかは分からんが始めから強力な手札と分かったうえでの政略だったのだろうよ」
「そういうのが気に入らないよ」
「そういうのって、政略結婚のことか? まさかヒメノは王族貴族が恋愛で結婚できるなどと幻想を抱いているのではなかろうな?」
「そうではないけれど……」
「ふむ。妹分のサクラが先に結婚してふて腐れているだけか? 実際、サクラはまだ14歳だから式とかはまだ先であろうが……」
「なっ……」
顔を真っ赤にするヒメノ。図星を指されたのだろうか。
「今度の舞踏会ではその魔術師のお披露目もしに連れてくるだろうし、少しはそのあたりも考えてくれ。気に入るような男がいれば何でも好きにセッティングしてやろうじゃないか。地位にもよるが。あぁ、サクラからその男を取ったりするなよ? 一応近衛騎士団へと直接誘いは入れてはみるが、サクラやその配下の薔薇騎士団が敵に回られると目も当てられぬから強くはワシにも言えぬ。王族派が少ないことは理解しているな?」
「わかりました、わ……」
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「しかし、なぜ薔薇騎士団はこうまで評判が良いのだ?」
宮中の情勢を探ろうと早めにミドルロックに来ていたオジ・サーマキーノとその腹心である老騎士であったが、宮中内での話題はまさに薔薇騎士団のオーストロシア攻略の話題に集中しており、鳳凰騎士団がナゾのブロンズゴーレムに襲われた話など一切でてこなかった。
「分かりませんか?」
「なぜだ?」
「薔薇騎士団の構成員は女子。その女子は多くの場合、貴族や騎士の元に嫁入りします。彼女たちが宮中の華なのですから、話題の中心になるのは必然だと思われます。そしてそれらの方々が後輩のことを悪く言うはずがございません。さらには薔薇騎士団自体にも貴族の子女が多い。それらの親御殿にとっては薔薇騎士団が悪く言われることは自身の評判にも係わります。悪い噂など一瞬で吹き飛ばされましょう」
オジ・サーマキーノの想定では勝手にオーストロシアに侵攻し、鳳凰騎士団にブロンズゴーレムで攻撃した薔薇騎士団を徹底的に糾弾する予定であった。だがその目論見がうまく行きそうにないことに歯噛みをする。
「あ。オジさまだ! おーぃ。オジさまぁー」
誰だ。俺のことをそんなに気安く呼ぶ女は。と、オジ・サーマキーノは振り返り、しかし押し黙る。
それは形式上オジが頭を垂れるべき王族、ヒメノ・アーカンソーであったからだ。
「聞いたわよぉ。サクラを嗾けてオーストロシアに侵攻させたあげく、ちょっかいも掛けて返り討ちにあったんだってねー」
ヒメノ姫の鳳凰騎士団に対する印象はオジ・サーマキーノからして最悪に見えた。これでは糾弾どころではない。
「どこで、それを……」
「うちの近衛騎士団をなめないでよぉ。オジ様の鳳凰騎士団には数で勝てませんけれど、構成員は鳳凰騎士団の元エリートなのだから諜報とかはばっちりよ。しかし『よし、成功の暁にはお主を二階級特進させ、幹部として取立ててやろう』とか笑っちゃうわよね? 始めから味方まで殺す気だった?」
「う。あ……」
凍りつく。オジ・サーマキーノは冷や汗を流さざるを得ない。
王家は地方の貴族と同じく、当然ならが自らを守る近衛騎士団を抱えている。軍団としてはその特性故ほとんど戦闘経験を有しないお飾り集団。
――ではあるのだがその構成員はどうやって集めているのか?
むろん自国アーカンソーからであるに他ならない。
騎士団の騎士というのは突然できるものでもない。近衛騎士団の構成員は地方各騎士団の精鋭を引き抜くことで成り立っているのだ。
国の中心である王家の、戦闘などろくになく、死や怪我とは最も遠い近衛騎士団。そのくせ給料は高く、さらには周囲からの信奉は熱い。騎士からも見ても人気が出ないはずがない。
当然、その騎士の中にはかつての鳳凰騎士団だったものも多数いるのだ。それも鳳凰騎士団がアーカンソーの最大騎士団であれば納得できる。そして近衛騎士に入るくらいの人材であるのであれば、鳳凰騎士団の中でも選りすぐりであって、内情を知る彼らは鳳凰騎士団の構成員からの信も厚く、さらには鳳凰騎士団の騎士が彼らに良い情報を提供すれば、もしかすると近衛騎士団からの『お呼び』が掛かるかもしれないのだ。そうなればもう情報は筒抜けである。
オジ・サーマキーノはそんなことも分からなかった自分を無視して憤る。鳳凰騎士団の騎士として尊敬すべきは主君である自分であるべきなのに、近衛騎士団にしっぽを振るとは何事かと。
「ま、内情ぼろぼろのようだし反省もしてくれるだろうけど、もしわたしのサクラに手を出したら社会的に殺すわよ。さて、それは良いとして、サクラの結婚についてオジ様はどう思います?」
「……」
オジ・サーマキーノは考える。これはどう答えれば良いのか。
今までのが前振りでこれがヒメノの言いたかったことだろう。
しかしオジ・サーマキーノにはヒメノ姫の思惑が分からない。
ヒメノ姫の微笑みを湛える表情からは何も伺い知ることができない。
賛成と言うべきか、反対と言うべきか。
もし賛成といった場合、鳳凰騎士団は政治的に完敗したことにならないだろうか。しかし、ヒメノ姫の発言からはして魔術師については何も言及していない。もしかしたら嫌っている可能性がある?
ならば反対したなら? ヒメノ姫にとってサクラは妹分のようなものだろう。手をだすと殺すとまで言っているのだから。それに対する結婚話。反対したなら脱兎のごとく怒り狂うのだろうか?
「――。私としてはサクラ殿の婚姻は反対だ。あんな平民の魔術師など。しかし、オーストロシアを降伏させれば結婚を認めると言ってしまった手前、そして降伏させた今となっては。そして曲がりなりにも貴族としてオーストロシアの後ろ盾が付いている魔術師に反対を続けるわけにもいかない。困ったというところだな」
オジ・サーマキーノは適当に否とも応とも異なる玉虫色の返事をすることにした。
まずは様子見だ。それから意見を同調することにしよう。
「さすがは、サーマキーノ公爵家。貴族らしい回答といったところよね。サクラはその話にでてきた魔術師に騙されていると思う? お父様がいうには騙されていようが強大な力を持つ者なら取り込めとかっているのだけど?」
ここでヒメノの言うお父様というのは当然国王のことだ。
つまり、国王は賛成ということだな、オジ・サーマキーノはそう理解した。
ならば乗るまで。
「私もそう思いますな。もっともうちの鳳凰騎士団に入れるのは御免こうむりたいものだが」
「オジ様もそういう意見ですの? 私は悪い虫は取り払いたいと思うだけど。例えば、うちの近衛騎士団にハメ込んで地方に飛ばすとかどうかしら? それなら両立するのではない? 推挙して貰えれば――」
「それは――、妙案ですな」
「と、いうことで今度1ヶ月後くらいに今回みたいな舞踏会じゃなくて、男らしい武闘会とか開いてみたいなー、とか思うだけどどうでしょう? 仕切る気はある? お父様に進言してもらえば後押しするけど」
「おぉ、それは。是非に!」
鳳凰騎士団にとって、それは名誉挽回の機会。
魔術戦であれば如何ともしがたいが、筋脳肉弾戦であれば十分勝機はあるだろうとオジ・サーマキーノは考える。
仕切りをやるのであれば賭けなどで利益も得られることだろう。
「名目上は私の麗の相手探しとかにすれば、鳳凰騎士団の女子も出られなくできますよね。サクラのことがあるから、文句も言えないでしょうし」
「それは良い案です」
各種騎士団からは出せるのは男性1人のみ。ただし助っ人可、などにすれば薔薇騎士団であればまともな戦闘力のあるものは一人しかいない。あの魔術師だ。出てくれば全力を持って倒す。オーストロシアの兵士に倒される程度の拳戟魔術であれば、本当の剣戟には耐えられまい。そして負けたとしても近衛師団に引き込むためにわざと負けたと吹聴すればいいのだ。どうとでもなる――




