百合回
鳳凰騎士団本拠地ソドムトゴモラ、その最上階――
「なんだと! それでは失敗したというのか」
若い騎士の報告を受け、鳳凰騎士団の主たる貴族、オジ・サーマキーノは怒りに震えた。
この人そのうち高血圧で倒れるのではなかろうか。
「なんとかルーミートをけし掛けて魔術師を襲撃したのですが、そばにいる妖狐が暴れまして……。大量に薔薇騎士団のものどもが倒されるという酷いありさまになったのですが、さらには魔術師が回復魔法らしきものを掛けたおかげで、周囲の騎士どころかルーミートまで復活するありさまでして……」
しどろもどろに答える若い騎士。
島根拳の事象改変により、若い騎士の記憶はいい感じに改ざんされていた。
「それでは結局のところ、オーストロシアの面々にはなんの被害もおよんでおらぬではないか。であれば、事実としては薔薇騎士団がキャンベルクワに行ってちょっと婚活して帰ってきただけになる……」
「よりオーストロシアとの仲がよろしくなるわけですな。青森スギは伐採もできますでしょうし、新たな交流の財源ともなりましょう」
オジ・サーマキーノは面白そうに言う老騎士に怒り心頭だ。
「そのようなことがあってはならん。どうせやるなら我々が最初になるべきだ。そうは思わぬか? それにしてもいまいましい魔術師め」
「薔薇騎士団に襲ったという妖孤。相当な使い手とあればそれはおそらく≪砂丘≫トトリーからのヒストリカル・ブラックの回収班でしょう。あれに手を出すのはさすがに分が悪いと思われます。氷河の剣の一件を知らないわけではありますまい――」
「うむ……」
などと話していると、一瞬ガタリッと天井から音が聞こえた。
それは前回の薔薇騎士団のくノ一にしてやられたことに対して、老騎士が命じて用意させた隠しトラップである鳴子の警告音だ。
「く……、なにやつ。曲者じゃー。であえであえー」
「まずい。もし薔薇騎士団の忍びで今の話が漏れたとなれば大変なことに――」
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楽しい時は終わり、やがて夜が訪れる。
一人。広いベットの中で寂しく身体を仰向けにするサクラ。
静かな、天蓋付きの大きなベット。暖かいシーツ。
質素ではあるが貴族らしい広い部屋。
目を瞑れば鮮明に見ることができるヨーコの様子。
ヨーコとサクラは召喚の契約によって心が繋がっているのだ。
溢れ出る感情にくらくらする。
それは魔術師が好きだという想い。
魔術師とヨーコは今夜も2人で会話をしている。
2人。ベットで寝ながら。
内容はたわいもないものだ。
食べ物がどうしたとか、次は何拳にしようとか、騎士団のあの娘の髪のカットが可愛い、とか、とか、とか……。
いつも多くはヨーコの方が一方的に話している時の方が多い。
それは私にはできないことだ。男性と会話しようとするとどうしても一段構えてしまう自分がいる。自分でも思うが情けないことだ。好きでもない男であれば普通に会話できるのに。あるいは薔薇騎士団の面々であれば。貴族としての仮面を被れば造作もないこと。
今日も2人はいけないこととかするのだろうか。
魔術師の肌の暖かみが、妖狐を通じて伝わってくる。
その温かみを胸に自らを抱きしめる。
気づくとヨーコが魔術師の胸に耳を当てていた。
魔術師の心臓音が、とくん、とくん、と聞こえてくる。
ヨーコにサクラのそうやってみたいという気持ちが伝わったのだろうか。
思いは伝わっているのだろう。ヨーコからサクラに想いが伝わっているのだ。サクラから妖狐にも伝わっていないはずがない。サクラは急に気恥ずかしくなった。
「ねぇねぇ、マスター」
サクラは急に身体に重みを感じた。
気づけばサクラの上にヨーコが覆いかぶさっている。
なぜ?
どうしていきなりヨーコが?
「そりゃ、≪瞬間転移≫くらい使えるでしょう? だって、僕は魔人なのですよ? 普段は≪イベントドリブン≫スキルを使ってキーワードを唱えれば召喚されるようにしているけど。イベントがなくても僕の意思で転移は使えるのです。反則くさいから基本使わないけどね」
思ったことを解説してくれるヨーコ。
「人恋しいのならそう言えばいいじゃない。僕のマスターはサクラなのだから大抵の要望には答えるのです」
ヨーコはサクラに身体を預けている。
ヨーコの身体の熱を感じ、ヨーコからも私の熱が、心が繋がった意識から伝えてくる。
素直に暖かいとサクラは感じた。それは心地のよい暖かさだ。
「あれ? サクラの心臓の鼓動が早くなっているよ。どうしたの?」
分かっているくせに。
「このむっつりさんめぇ。私だけに喋らせて――」
それからずっと、サクラとヨーコは2人で抱き合って寝ていた。
何をするわけでもない。
ただ二人でいるだけだ。
だがそれが嬉しいと感じるのはなぜなのだろう。
「寂しさを紛らわすことはできた? マスター?」
「うん……」
「よかった」
1人より2人の方が安らぎを感じる。不思議なことだ。
これが魔術師であれば安らぎよりドキドキや不安の方が大きくなるだろうが。
「魔術師か――」
魔術師、オーカのことをあらためて考える。
サクラは、自分はオーカのことが本当に好きなのだろうか。と。
「もしかして僕がオーカのことが好きだから、マスターは自分がオーカのことを好きなだけだ、とか思っているの? そんなわけないじゃない。僕にだってサクラの想いは伝わってくるんだよ? どれだけマスターは僕の心を揺さぶったと思うの? マスターの思いは全部叶えてきたけど、それは全部マスターが主体だよ」
叶えた? それはどういう――
「『庶民の生活が知りたいな』『騎士団の普段の生活が見てみたいな』『危ない目にあっている自分の騎士を助けたいな』『私だけの王子さまに出会ったら素敵だね』『好きな人と一緒に旅してみたいな』『そしていけないこととか』――。ほら全部。ぜーんぶ僕はマスターの望みを叶えてあげたよ。僕からの視点を通じてだけど。確かに僕が選んだ王子さまは、僕の≪砂丘≫トトリーの住人としての都合で選んだからちょっとゲスいけどさ。マスターはオーカのこと、あの沖縄拳の魔方陣で出会ったときから嫌いじゃなかったでしょう? そりゃ、超絶イケメンってわけでもないけどさ。僕には全部分かっているのだから。サクラは間違いなくオーカのことが好きだよ。だってその想いが、今も僕に響いてくるもの」
でもヨーコよりはきっと、わたくしはオーカのことは好きではないよ。
薔薇騎士団とオーカを天秤に掛けたら、きっとわたくしは薔薇騎士団をとる。
「そりゃ仕方がないじゃないの? 要はそれって、仕事と男、どっちをとるか、って話でしょう? 仕事をとったって非難する人は誰もいないよ」
それに、オーカが死んだマネをしたとき、本来なら私が真っ先に駆け寄らないといけないといけないのに、それができなかった。
「僕が真っ先に駆け込んだのは、そりゃぁマスターが強く思ったからだよ」
でも、間違いなくオーカはヨーコのことが好きだよ。
態度を見ていても分かる。私なんて好きでもなんでも――
「あのね。自分のことをだんな様と呼んでくれる女の娘のことをあのゲスが嫌いになる訳ないでしょ? 僕もチョロインの自覚があるけど、あれは大概だよ?」
だけど――、だけど――
「――どうして、マスターはそんなにいつも女々しくくよくよしているのです? 本当は好きなくせに。どうしてそんな逃げ道を探すように考えるのです? サクラが積極的に行動に出ずに、心だけが先走るから僕の方に想いがどんどん溜まるって分からないのかな? 苦しいよ僕は。僕としては苦しい以上にもっと楽しいけどさ。サクラに足らないのは直接攻撃だよ。たとえば――オーカにご飯を作ってあげるとかどう? 焼きフライドチキンの4ピースバリューパックとかならもうイチコロだって」
――それ、ヨーコの釣り方でしょう?
サクラは笑顔で笑った。
「ばれたか。ってあれ? 召喚が掛かっていますね。近くにオーカがいないけどしょうがない。一人で入ってくるね。なにがでるかなー」
そして妖孤が空中の見えない何かに触れた瞬間、その姿が消える。
その直後。
サクラと妖孤の間にあった召喚契約による心の繋がりが。
切れた。




