くっころの騎士団と死んだはずの魔術師(しまね(前編
「ここは……」
サクラが目をさますと馬車の外は一面の砂漠であった。
しかし、遠くには海も見える。
ここはどこだろうか?
「砂丘?」
隣にいたエルの声が聞こえる。
なぜそのようなところにいるのだろうか。
先ほどまで、薔薇騎士団の本陣シャーウッドの園に向って旅路の――
「くっ……」
今もなお鮮明にヨーコの思いがサクラに伝わっている。
暴力の中で広がる悲哀の想いだ。
意識を失っていたのは一瞬のことだったようだ。
ヨーコはいままさに発狂し破滅の魔術詠唱をしているところだった。
「あーなってはもう誰にも止められない」
「何ヤツ!」
エルが誰何する。
誰かがいるのだろうかとサクラが馬車の外を見る。
そこには2人の亜人がいた。熊のような大男に猫耳の少女だ。
そういえばヨーコも狐の亜人だった。であるならばここは。
2人の亜人が頭を下げた。
「我は≪砂丘≫トトリーが在住、熊人のエセネアだ」
「私は猫耳族のドーラです」
単なるアイサツだった。
「わたくしはサクラ・サバッキーノと言います。アーカンソーで公爵をしておりますわ」
「私は薔薇騎士団副長のエルと申すもの。
しかし、やはりここは≪砂丘≫トトリーであったか――」
≪砂丘≫トトリー。
それははるか古代に娯楽用に魔王たちの手によって作られ、いまはヒストリカル・ブラックの回収を行うために維持される空中庭園の名前。
「あの地はもはや戦場だからな、安全のためこちらに転移してもらった」
猫耳は両手を空に掲げる。
するとそこに水晶球のようなものが現れ、それが地上の風景を映し出した。
「これは――」
エルは驚愕する。
そこは妖狐が跋扈し、いままさに千葉拳を発動した姿だ。
そこで繰り広げられる蹂躙は鳳凰騎士団から逃げるときに見覚えがあった。
「安心して欲しい」熊のような大男は言う。
「ここは空中都市でヨーコの攻撃からは圏外だ。地上の人類は多少を残して全滅するだろうが、キミらは助かるよ」
「ふざけるな! 世界の人間を! 薔薇騎士団のやつらを助けろよ!」
エルは熊のような大男に掴みかかった。
熊の体格は非常に大きいが、しかしさすがは女騎士というべきか、エルの腕力だけで熊の身体を浮かばせる。
「くっ……、それはそこの姫様次第だな。そのために呼んだのだから」
エルはサクラに向き直った。
それは一縷の希望であった。
「もう助けることに意味などないわ。薔薇騎士団はもう全滅しているもの――。それにわたくしにはヨーコの悲哀が分かる。大事な人を失った悲しみが――。だからもう――」
泣き崩れそうなサクラにエルは張り手を食らわせた。
ハシリ――。大きな音がする。
「主君! いや、サクラ! それはキミの本当の心じゃないだろう!」
サクラは叩かれた右の頬に手を当てて痛みをかみ締める。
「サクラの統べる騎士団はサクラにとって大切なものではないのか! 我らが捧げた忠誠はサクラにとってその程度のものか? このくそ熊がいうにはサクラ次第でなんとかなるという。なんとかできるならサクラ、主君としてなんとかすべきだとは考えないのか! 全滅! 知ったことか。ここは≪砂丘≫トトリー。ある月には神様が集うとされる場所。もしかしたらー」
「本当のわたし――」
さくらは痛いのか、涙をぽろぽろと流した。
それにエルは狼狽して勢いよく叩いたことを後悔する。
だが、熊のような大男の反応は違った。
「あぁ、水晶球の映像でもはっきり分かりますね。ヨーコの動きが止まりました」
「やはり、ヨーコと感覚を共にしているのだな。これであれば使えそうだ」
その間、熊と猫耳が真剣に映像を見ていた。
困惑するエル。
「どういうことだ?」
「ヨーコとそこの姫様が感覚を共有していることは知っているな? このくそ女騎士」
「あぁ」
捕みかかられた所以か、熊のような大男はエルに対しては乱暴な言葉遣いになった。
「であれば、答えは一つ。いまそこの姫様がヨーコの悲しみの感情や痛みの影響を受けているように、姫様から彼女に痛みの感情を与えればいい。継続的にじわじわ痛めつければそのうちヨーコも正気に戻るだろう。または怒ってこちらに来るか。話はそれからだ」
「そんな――」
青ざめるエルに熊のような大男はきっぱりと言う。
「ヨーコにダメージを与えられるのは、ヨーコを止められるのはもはや姫様だけだ」
「くっ…」
そんなエルの前にサクラは立つ。
「分かりました」
「主君!」
「でも痛みではヨーコは止められないと思います。
もう十分痛みに苦しんでいる。
だから――エル、そしてネコさん。
私をくすぐって悶絶させてください。
ヨーコに笑みを。本当にお笑い (物理)というものを教えてあげます!」




