この章で主人公が死にます(とうきょう(中編
「いやぁ、しかしこんな可愛い娘がおれの嫁に来てくれるなんて夢のようだ」
「この争いが終わったら盛大に結婚式を挙げましょう」
「あれ? マスター。年齢的にあと4年待たないとダメなのでは?」
「形だけでも」
薔薇騎士団の本部へと帰る道すがら。
魔術師と薔薇騎士団を統べる主君であるサクラは、妖孤とともに馬車内でいちゃついていた。
4人乗りの馬車に搭乗しているのは、魔術師のオーカ、妖狐のヨーコ、貴族のサクラ、エルフの女騎士であるエルだ。
「しかし……」
当てられて若干胸焼け気味のエルは思う。
この接点のない主君と魔術師はどうして結びついたのだろうかと。
逢ったのはあの夜会が初めてだという。それではどうしても結びつきようがないではないか?
エルも鳳凰騎士団で本部の出来事は一緒に見ていて知っていたが完全に無視した。
「あぁ、それはね」
妖狐が解説してくれる。
――説明しよう。妖狐が魔術師であるサクラに最初に召喚し、契約によって意識や知覚を共感できるようになった後、女欲しさに魔術師が四十八都道符拳によって妖狐を強制召喚し、惚れされることで意識を共有するサクラも惚だしたのだ、と。
解説しながらもべたべたと魔術師をさわさわする妖狐。
「こんな感覚も共有しているわけなのです。どうマスター気持ちいい?」
「もぅ……」
赤面するサクラ。
それに対し魔術師は妖孤の頭をやさしくなでているが、それも伝わっているのだろうか。
妖孤とサクラは気持ちよさげだ。
「ヨーコってば、アイス一個で落ちたのよ…」
「我ながらなんたるちょろいん。オーカ、褒めて褒めてー」
「えらいぞ。ヨーコ」
さらに頭をなでられて、「えへへー」と恍惚の笑みを浮かべる妖狐。
それを意識共有しながら見つめるサクラ。
エルは――どん引きだった。
まさかこんなことになっていようとは――
「うわ、ふけつ……」
「いやぁ、それほどでも」
「オーカ殿。そこ褒めてないから」
この妖狐の方は知っている。エルとてエルフ。サクラを超える魔術を嗜んでおり、孤独になりがちな貴族家で友達もおらず一人さびしそうにしていたサクラにヒラリー薔薇騎士団第三部隊長が有していた召喚魔術師の妖術を紹介してお友達を召喚させるよう促したのはエルなのだ。
だが――
「しかし、ヨーコがまさか≪砂丘≫トトリーの一員だとは知りませんでした」
「≪砂丘≫トトリーは今も残る危ないヒストリカル・ブラックの回収をしているからねー。魔王の徒が作った聖剣エクスカリバーのような製作級のアイテムとは違って、ヒストリカル・ブラックは使い方によっては簡単に世界が破滅するから――。だから僕は協力しているのです。オーカの召喚に割り込んだのもその理由かな」
「それで、そのような存在がなぜサクラの使い魔に?」
それは普通、ありえないことなのではないだろうか?
普通、召喚契約で出てくるのはクロネコやヤタガラス、ヤギアンテナのようなものが一般的だ。
いきなり妖孤のような美少女が、しかもトトリーの一員のような重要人物が出てくることなど普通は考えられないのだ。
「うーん。僕わぁー。人間観察が好きなのです。極限状態の中、人は何を選択するのか。困難を乗り越えるべく努力するのか、挫折して浅ましく裏切るのか、そういうのって楽しいと思わない? だから僕、『くっ…、殺せ』ってシチュエーション。大好きなのです。ほら、どこぞの小説でもゲームマスターが人間観察が好きすぎて、人間を異世界に閉じ込めちゃって、騎士団長になって真近で脱出しようとする人々の様子を眺めるやつがあったじゃない。あぁいうのが僕は好き! だから僕はサクラに――」
「さすがに最近の小説は存じ上げませんが……」
エルフは長命であるため、最近の小説や流行情報などに総じて弱い。
この広いアジア世界にも中にはそういうこともあるのだろうか――
それとも異世界にある出来事なのだろうか――
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忘れ去れているが、エアーズの岩砦ではルーミートと呼ばれる魔物の一族が滅ぼされた。
だが、ルーミート全員が岩砦にいたわけではない。それは正確ではなかった。
あるものは山へ芝狩りに。
あるものは川へ洗濯に。
そういったルーミートの生き残りも中にはいたのだ。
そんな生き残りのルーミートが自らの一族を滅ぼした薔薇騎士団に恨みを持たないはずがなかった。
若い男性騎士がそんなルーミートの一人にどんぶらこー、どんぶらこーと近づき、禁断の果実たる武器を手渡すのは簡単なことであった。
その武器とは強力なクロスボウ。ご丁寧に矢にはご禁制の毒が塗ってある。
「奴は魔術師。いかに魔法の力が強大だとはいえ、遠距離物理で攻められては対処のしようもあるまい」
そうラーミートに、オーストロシア帝国の騎士の鎧を着込むことで偽装を図った鳳凰騎士団の若い男性騎士が嘯く。
若い男性騎士はルーミートに射撃の仕方、潜入経路などの概要を事細かに説明していく。このあたりの事細かな対応まで教えてくれることは、魔物であるルーミートにとってはありがたい話であった。魔物はそのような些事が苦手だ。だからこそエアーズの砦に追いやられていたのだ。オーストロシアの将兵は筋脳だが、さすがに魔物よりは頭が働く。
事細かに説明を施す若い騎士であったが、しかし退路については教えることがなかった。逆に死にそうになったらこれを使えと銀の短剣までルーミートに手渡す。こちらには偽装のためにオーストロシア側の騎士団エンブレムが刻まれている。
ルーミートはそれを捕まるくらいなら死ねといっているのだろうと解釈した。オークに襲われた女騎士が「くっ、殺せ…」というのと同じようなものであろうと。
「男が倒れ、女が悲劇に泣きさけぶ様子を、その心に刻み込み、冥土にいるラーミートの一族に報告するがいぃ」
騎士団一行がターゲット地点に到着し、馬車から顔を見せる瞬間まであと1日。ルーミートの男は、その凶行が死んでいった一族への餞になると信じ静かに目を閉じた。
ちなみにラーミートの一族は本当に全滅した。
有機カリの森がなくなった以上、食べられるものがないからだ。