くっころされる要因(みえ
「あんの小娘め!」
領主、コロ・サレーノは壁をドンと叩いた。
「あの女許せねぇ。男に媚を売るための売女騎士団風情ごときがぁ――」
この領主たる我、コロ・サレーノ男爵を見下しお触りすら許さないとは。
「だがしかし。我を侮るからこうなるのだよ。体面を、なによりも見栄を重視する貴族にあの様な言動。許すわけにはいかん」
女騎士を迎えるためのパーティ。
そこであまりの美しい容姿を見初めた領主。
領主は、当然のように交際を申し込むもあえなく撃沈した。
王都でならいざしらず、このような僻地に来た女が我が意に従わないとは。
領主は怒りを露にする。
「しかし、惜しいことをしたな――。あのような美しき女騎士をオークの慰みものにするとは……」
それに相対するのは小太りの商人。
いかにも時代劇に出てくるような悪徳商人である。
きっと好きなものは山吹色のお菓子であろう。
「くくく。偽りの情報に惑わされ、精精快楽に苦しみながら死ぬがいい――」
あの美しいエルフである女騎士。
ゴブリンと侮って倒しにいったが、実はオークの群れであったとき、女騎士はどのような醜態を晒すのであろうか。
その光景を想像し、領主は身震いした。
「ゴブリンを退治しようとするも運悪く返り討ちにされた女騎士か……。そんな醜聞はいくら女だらけの騎士団といえど隠蔽するしかないわなぁ」
領主は考える。
貴族がそうであるように、騎士団でも体面や見栄は気にすることだろう。
「死体はどうします?」
「いやいや、まだ無事かもしれんぞ。精神はおかしくなっているかもしれぬが。そうだな、死んでいたら死体は女騎士が所持していた武具とともに届けてやるか。うちの兵士にでも取りにいかしてやろう」
「しかし、もしまだ生きていれば……」
ふむ。そうだな、と領主は考える。
「捕らえて地下牢にでも放り込んで武具は騎士団へと。あのレイピアも見事な業物で惜しいが、下手にかんぐられて調査隊とか送られて困る」
「捕らえた後は、ご相伴に預かりたいものですな――」
領主と商人は互いに笑いあった。
「≪ほぅ。だがその騎士はまったくの無事だぞ?≫」
「誰だ!」
2人以外だれもいないはずの部屋。
そこに女の声がする。
いつの間にやら黒服のくノ一が部屋に潜入していることに領主と商人は気づいた。
「何やつ。名を名乗れ!」
「薔薇騎士団が騎士。くノ一の職種部隊が一人。シノ! 偽の情報を我ら騎士団の騎士に与えて魔物に襲わせ、暴行しようとするとは不届きな所業! お主らを成敗してくれる!」
シノと名乗ったくノ一はクナイを取りだすと領主に襲い掛かった。
「くはは。返り討ちにしてくれるは。あそーれ!」
領主はとっさに小瓶を取りだすと中の粉のそれをシノに振り掛ける。
当然のようにシノは避けるが、粉の煙を一部吸い込んでしまった。
その瞬間、シノの身体が自由に動かなくなる。
「なっ……。これはまさか痺れ薬か――」
崩れ落ちるシノ。
頭はハッキリしているのになぜか身体だけが動かないのが恨めしい。
「おぬし馬鹿であろう。忍者であればなぜ隠れて暗殺とかしないのかね。少しは忍べよ」
「いきなり暗殺など騎士団のすることか! 正々堂々と戦えと主君はいった。だから――」
「ではその主人とやらが馬鹿なのだろう。そうか、貴様のところの騎士団の主は、1年ばかり前に就任したばかりの小娘と聞く。この忍者の落とし前はその主人にでもやらせてもらおうか」
「まて、主君には手を出すな!」
シノは自分の失態が主君にまで及んでしまうことに恐怖した。
「領主さま――、私も痺れて動かないのですが……」
2人に水を差すように口を挟む商人。
だが領主は無視した。
「まぁお前はことが終わるまで待っておれ。そら、そろそろ痺れが完全に回ったことだろう。しかしこの痺れ薬は良く聞くな。あの魔術師は相当の腕利きと見える――」
領主の手がシノの黒服に触れ、破くように剥ぎ取る。もはやここまでか。
シノはこのまま身体を弄ばれるくらいならと、死の言葉を口にした。
「くっ……。殺せ」
その瞬間、まるで≪瞬間転移≫したかのように現れた魔術師の男が、領主の背後から炎の初級魔術、火遁の術を解き放った。
ギャ――
炎に焼かれ一瞬のうちに崩れ落ちる領主。
手にした小瓶がことりと落ちる。
「忍者の正々堂々とは、体術、そして忍術を駆使して背後から敵を始末するものだと思うがな」
男のつぶやきにハッとするシノ。
主君の言いたかったことは、そういう意味だったのか――
シノは己を恥じた。
「りょ、領主様! アー」
痺れて動かない商人を同じように魔術師がファイヤーの術で焼き払う。
商人は一瞬で炎に包まれた。
「大丈夫なのです?」
魔術師に付き従う銀髪の妖狐がまたも幽鬼のように現れ、何かを飲ませようと水筒をシノの口に当てる。
「これは痺れ薬に対する解毒薬なのです」
シノは躊躇せずそれを飲み干す。
ここで嘘を言って何か別のものを飲ませたからとしても、妖狐になんのメリットもないだろうと信じて。
「領主の悲鳴を聞きつけて今にも護衛が来るかもしれん。さぁ、これを持って逃げたまえ」
魔術師はシノの手に小瓶を乗せる。
「ミエのために生き、ミエのために死す。貴族にはあの三重拳が最適だと思ったのだが、その前段の火豚の術で死ぬとはまったく情けない」
魔術師のつぶやきは既に逃げ去ったシノには聞こえない。
「領主! どうされました!」
さらに領主の悲鳴を聞きつけた衛兵が来たときには既に魔術師や銀狐の姿はなく、ただ炎に焼かれ、三重県の名産のような赤黒い塊が、モチのように2個、ころがり落ちているだけであった――
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(しかし、まさかな……)
シノは夜に紛れ街を駆け抜けながら想う。
あの魔術師はなぜ痺れ薬が効かなかったのか?
なぜあの魔術師の使い魔は痺れ薬に対する特効薬を持っていたのか。
そして今も手にしている、まるで証拠の品として活用してくれと言わんばかりに用意された小瓶――。ただの「虚言により騎士を陥れた」という証言ではない、確たる証拠。
シノにはあの魔術師こそが、悪の枢軸であるかのようにしか思えなかった――




