愛を知るもの(あいち/やまがた/にいがた(前編
エアーズの岩砦が落ちた報は周囲に驚愕を持ってもたらされた。
それは、自国のアーカーソー王国であっても例外ではない。
「なんだと……」
鳳凰騎士団の長、オジ・サーマキーノは鳳凰騎士団の本拠地ソドムトゴモラ、最上階の一室で報告をよこした密偵を思わず蹴り飛ばした。
吹き飛ばされた密偵は壁まで飛ばされ、そこで止まる。
ぐっ、と強い反感を持ったが相手は貴族の主君である。
こらえつつ報告を続ける。
「なぜだ。お前らは薔薇騎士団を監視していたはずだ。何も目の保養をさせていたわけではないのだぞ。我ら鳳凰騎士団が何年かけても落とすことが出来なかった万年要塞である、あの難航不落のエアーズ岩砦。女どもが集う薔薇騎士団が攻略するなどあってはならん話だ! もし万が一のことがあるのであれば妨害を図れと命じたはずだろうが!」
「そ、それが……、我々は薔薇騎士団を監視しておりましたが、薔薇騎士団がエアーズの岩砦に到着したときには既に岩砦は陥落しておりまして――」
「うそをつけ! 岩砦が一瞬で陥落させることなど出来るわけがない。岩砦を監視していたものはどこだ!」
「はい。ここにおります」
「いますよー」
そこにいたのは冒険者風の斥候と、男の肩にとまる小さな妖精族が1匹。
「どういうことだ。報告しろ!」
「あれは――。まさに人ならざるものの大魔術でありました。あれに一瞬でも耐えることなど、ここソドムトゴモラの魔法結界陣ぐらいでしか、防御することは不可能でございましょう」
岩砦を監視者が返したのは肯定の報。
人ならずものというか群れた馬である、などということは言わない。このシーンで笑いはいらないのだ。
だが、他に監視者には言わなければならないことがあった。
「あれはおそらく――。ヒストリカル・ブラックによるものと思われます」
「馬鹿な――。そのような超古代兵器が動くのであれば≪砂丘≫トトリーの連中が黙っているわけがないだろうが!」
ヒストリカル・ブラック――
それは古代の魔王が創造したと言われる恐怖の破壊兵器。
だが、それの行使は破滅への第一歩だ。
最近では氷河の剣と呼ばれる武具を手にした冒険者が≪砂丘≫トトリーと呼ばれる回収組織によって悲惨な最後を遂げた。
「トトリーは動かない、よ? あるいは既に動いている?」
岩砦を監視者に付いていた妖精族が口を挟む。彼女は正式な鳳凰騎士団の一員ではないが、冒険者風の斥候に付いていたのだろう。珍しさのために見つかったときに所属が特定されやすいという欠点もあるが、中級の精霊魔法も使え、斥候のような活動には欠かせない存在だ。
「それはどこからの情報だ?」
「ヨーコ様。ヒストリカルブラックの正体は黒の歴史書だって?」
「ふむ」
おどけた調子で続ける妖精族。
オジ・サーマキーノは友達感覚で話す上司に敬意を払わない妖精族に少しだけムカついたが、それも亜人のやることだと無視した。
しかしヨーコ様とは誰のことだろうか。だが、妖精族の言うことは毎回良くわからないことが多いため、オジ・サーマキーノは深く聞くことはなかった。もし知っていればあの惨劇はおきなかったであろうに――
「ある程度くっだらねーことに使わせて弱ったところを回収するみたい、よ?」
確かに氷河の剣のときもそうだったと思い出すオジ・サーマキーノ。
「確かに、神々が12月に1度集まるとされる至高の御方であるトトリーの連中であればそうなるであろうが。しかしその『くっだらねーこと』で甚大な被害を受ける我々の身にもなってみろ、という所だな」
だがそれであれば辻褄が会う。
女どもが攻略したのではなく、そのヒストリカル・ブラックを使ったものがエアーズを落としたのだ。
我々もそれに乗じて動けばいい。
その「使ったもの」さえ対処してしまえば、やはり薔薇騎士団などどうとでもなるだろう。
「いまいましい。しかし、我々がそやつさえ対処してしまえば薔薇騎士団の連中などなんとかなるのではないか? よし、お前らは再び監視を続けろ。我々は策を練る」
なにしろトトリーが目を付けるようなものだ。鳳凰騎士団が何かしたからといって問題がでることはないであろう。
オジ・サーマキーノはあの自分のことを「おじさま」と呼ぶ薔薇騎士団の長のことを思い出す。
あの女の面目を叩き潰したとき、どんな声色で鳴いてくれるのだろうかと。
「報告します! エアーズの岩砦に続き、有機カリの森も堕ちました!」
「な、なんだと――」