やまなし/あおもり/いみなし(後編
話は戻る。
「ば、ばかな……、有機カリの森が一瞬で――、青森スギに変わってしまうなど……」
ナタリーは目を覆うような惨劇に思わず軍馬から落ちそうになった。
オーストロシアの補佐官ナタリーと、エルフの女騎士であるエルは馬に乗り、魔術師と妖狐は徒歩で連れ立って有機カリの入り口に来ていた。
かつてそこにあった豊かで有害な大地は、理路整然と並べられた青いスギの木に挿し替わっている。
そこからはなんの音も聞こえない。生き物はすべて死に絶えたようだ。
かつていたはずのラーミート。あのごわごわしたもふもふの塊のような愛嬌のある魔物は、既に絶滅危惧種、レッドペーパーブックの領域だ。
茫然自失といった感じで、ふらふらと森に近づいていくナタリー。
「お、おい……」
ある程度エルとの距離が離れたとき、ナタリーは突然馬を走らせた。
全力で走る馬。それは薔薇騎士団の中でも駿馬とされる軍馬だ。
「ちょ、ちょっとまて――」
ナタリーは呆然自失を装って距離を稼ぎ、一気に逃走を図ったのだ。
「くっ……」
エルは追いかけようとしてやめる。
挿し替わったとは行ったことの森。なにがあるか分からない。
それに隣には魔術師がいる。
「魔術師! 拘束を!」
彼の魔術であればナタリーの逃走などいくらでも防げる。
ナタリーはそう踏んでいた。
だが――
「いやいや、いらんだろう。あれは騎士団の仲間なのだろう?」
「あれは貴方が無茶苦茶やろうとしたのを止めるための方便です!」
「うわ、自分でいっちゃったよ」
肩をすくめる魔術師をエルは怒鳴りたくなる。
まずは追いかけないと、と馬に鞭を入れようとした、その時。
「あー。逃げちゃいましたね。作戦通りに」
「ん!? 作戦通りに?」
エルは魔術師にべったりとくっついている妖狐の不穏な言葉にその動きを止めた。
「えぇ、『彼女は『蜂の罠』作戦において重要な立場を背負うことになる』そうだから?」
おどけた調子の妖狐。放たれた蜂というのは、ナタリーのことを言うのだろうか。
これだから人間観察は止められない。妖狐は一人、そんな薄い笑みを浮かべていた。