くっころの堕ちた岩砦(後編
「『くっ……、殺せ』って、ナタリーは一体どこの騎士団と対峙しているのか分かっているのか? くっころ騎士団と揶揄される、我が薔薇騎士団にそれは――」
「――て、呼んだ?」
そこに不意に男が現れた。男の魔術師の姿だ。
ナタリーは魔術師の手に黒い表紙の歴史書のようなものを見る。
魔導書? まさかあれは世に言うヒストリカル・ブラックの一つというのだろうか。
ほのかに見える、抑えても隠し切れない魔力の量を見て、ナタリーは驚愕する。
ナタリーにはエアーズの岩砦を破壊したその魔術の様相を、それである程度ではあるが見当がついてしまった。
それはまるで過去に存在し、世界を何度も破滅させた魔王の徒や、彼らが所持していたヒストリカル・ブラックのようなチカラ。あるいはそれそのもの。まさかアレが……。
「なんで? なんでここに魔術師が出てくるの。貴方はあのキーワードを言わない限りでてこないハズ。まさか……。あ。あぁ――」
エルは自分が誤ってNGワードを発動させたことにようやく気がついた。
「もぅっ! そこの知らない人が言うならともかく、薔薇騎士団の人が『くっ、殺せ』なんてキーワードを唱えたら、僕や魔術師が来ちゃうなんてことは、既に2度もやらかした貴方なら分かるでしょう? なんでそんな不用意に言っちゃうのです? 僕はぷんすかなのです」
こちらは長く美しい銀髪の、まだ少女といっても良い身長の妖狐の女の子だ。
この妖狐もナタリーにはどのタイミングで来たのか分からなかった。
まるで転移魔法を使ったかのような素早さだ。
もしかしたら本当に伝説の転移魔法、≪瞬間転移≫などが使えるのかもしれない。
「うぅ……。すまない」
エルは自分のぽんこつぶりに己を恥じた。
妖狐は満足するかのように頷く。
「でぇ~、このあとどうするのぉ? 薔薇騎士団の女騎士に『くっ、殺せ……』とイベントキーワードを唱えられて助けを求められたら、そりゃぁ僕たちは助けなくてはいられないけどぉ~。特に要もないとかじゃ他に示しが付かないでしょう。なにより僕が面白くないのです」
まるで食事のお預けを食らったかのように、なにやら怒った様子の妖狐にエルはたじろぐ。
「そ、それは……」
「で、ここにおあつらえ向きの騎士団でない女の子がいるのですね。どうだいオーカ? それなりに美人さんでかわいいと思うのだけれど」
「うーん。確かにそそる感じではあるなぁ」
魔術師は下から上まで、ナタリーに無遠慮に視線を飛ばす。
ナタリーはいやらしい視線に震え上がった。
「そ、それは! いえ彼女は、ナタリー・ヴォルケイノ女史はオーストロシアの補佐官でこれから捕虜にするので、なにとぞご容赦を――」
「関係ないな。オーストロシアの補佐官? それこそ薔薇騎士団の女じゃない、敵側なのだし。何をしても構わないだろう?」
魔術師が動いた。
妖狐はにこやかで残念な笑みを浮かべる。さぁ――
「このあと無茶苦茶――」