くっころの堕ちた岩砦(前編
「な、何がおきた――」
ごうごうと煙と埃が撒き散らされる岩砦の中。
補佐官ナタリー・ヴォルケイノは周囲をさまようことしかできなかった。
破壊された岩壁。
原型を留めない屋根。家屋。
ミディアムに焼かれたルーミートから漂う焦げた臭い。
怪我人はおろか生きているルーミートは皆無だ。
いきなり現れたかと思うと蹂躙の限りを尽くした大量の群馬。
彼らは南のアーカンソーから現れたかと思うと、北方向に抜けていった。
「これはおそらく魔術。それも超ド級の大魔術かー」
このような大敗北。
補佐官ナタリーはここで死んだ。
たとえ生きて帰ってもおそらく処刑される。
自分にはそんな運命しか残っていないことを悟ってしまっていた。
「『人の恋路を邪魔するやつなど、馬に轢かれて死んでしまえ』とよく言うだろう? ちょっと轢かれてみた気持ちはどう?」
「誰だ!」
「私はエル。エル・エルブズ。アーカンソー薔薇騎士団第一主力職種部隊が長」
「薔薇の騎士団――」
ナタリーの前に現れたのはエルフの女騎士。
その後続には薔薇の紋章旗を掲げる騎士団が続く。
どうにもおっかなびっくりといった、戸惑った様子だ。
狐につままれたような表情。自らの勝利を確信していない雰囲気。
その分警戒はしっかりしている。
ナタリーを見つけた彼女らは1人に対してだというのに、大規模で確実な包囲網を形成していた。
「お前らアーカンソーの騎士には名誉というものはないのか?
いくら敵とはいえあのような鬼謀で轢死させるなど――、
卑怯にも程があるだろう」
「敵の軍事拠点を正々堂々と戦って落とせていたのならそうするが?
いままでの我々アーカンソーの数々の失態、知らないわけでもないだろう。
であるならば絡め手を使うのは当然のこと」
「詭弁を――」
アーカンソーの鳳凰騎士団は過去なんどもエアーズを攻略しようとし、そして敗北している。言いたいことは分かるが、納得できるものではない。
「大体、オーストロシアであっても我々薔薇騎士団が今回の戦闘に加わることは想定済みであるだろう? 貴方はエアーズ岩砦のオーストロシアからの補佐官とお見受けするが?」
女性が補佐官になるのは異例のことだ。それがたとえヴォルケイノ中将の娘であったとしても。そんな人物が補佐官になるにはそれなりの事情――例えば相手が女性ばかりの薔薇騎士団で、相手を侮って――相手に補佐官を合わせてきたであろうことをエルは暗に言っているのだ。
「新たなる敵集団。あの程度の新兵力。その程度があることくらい考慮するべきだ」
「できるかそんなもの!」
ナタリーは力の限り叫んだ。
たかが女性と侮ったことは確かに悪いことだろう。
だが、このような一瞬でルーミートを焼肉と化し、エアーズ岩砦を粉砕するような魔術師がいるなど聞いていない。もしいたとしても信じられない。
「ま、私もそう思うがな」
エルフの女騎士エルは肩をすくめた。
「しかし、我らが庭師がしたこととはいえ、ちょっと酷いな。これは」
「庭師が? 何だそれは?」
花でも育てて騎士にでもしようというのか、アーカンソーの騎士団というのは。
「正確には庭師と呼ぶらしいぞ。ガーデナーとガーディアンが似ているような関係だろうな、たぶん」
ますます分からない。
ナタリーは情報を引き出す必要性を感じた。
だからまずはカードを切る。
まずは、自分の地位を話すことからだろう。それで相手の出方を探る。
ナタリー一人を残して後は全滅させる。
信じられないことだが、超ド級の魔術師であればできるのだろう。
であるならば、一人を残す目的があるはずだ。
「確かに私はヴォルケイノ中将が娘。オーストロシアの補佐官であるナタリー・ヴォルケイノ。それで、どれから私をどうする気だ」
「当然尋問する。あぁ安心していい。素直に話して頂ければなにも悪いようにはしない。素直に話さなかったとしても骨折くらいの怪我くらいはするかも知れない。しかし女の尊厳を踏みにじるようなことや、回復しても傷が残るようなマネはしないから大丈夫だと思ってくれ。むろん、後遺症が残る可能性が高いが魔術でむりやり自白せるという方法も我々にはあるが奥の手だから今回は使わない」
なぜなら私たちは女が構成メンバーとなっている薔薇騎士団だから。そう告げるエル。
だからといって安心できるような内容ではとてもない。エルの言っていることは、要は暴行を伴う脅迫だ。それに婦女という前置語が付かないというだけの。
エルの発言はとても顔に似合わないが、騎士であるのであれば仲間のためにそのくらいはするのかもしれない。年齢の高いエルフ。おそらくは汚れ役を買って出たのではないだろうか。
尋問目的――。確かに目的は分かったが結果としてはナタリーにとって最悪だ。
魔物であるルーミートよりはそれは確かに希少価値があるだろう。
なにしろ補佐官だ。オーストロシアそのものの情報も持っていないわけではない。
「基本悪いようにはしないよ、ナタリー補佐官。詳しいことは私も聞いてはいないが、貴方は『この薔薇騎士団が行うオペレーション名、『蜂の罠』作戦において重要な立場を背負うことになるわ』のだそうだ。やるとしてもそうだな。ソフトタッチでお願いしよう」
蜂の罠作戦だと?
ナタリーにはそれだけで作戦の骨子が見えた気がした。
蜂とはすなわち、ハニー。罠とはすなわち、トラップ。2つ合わせれば――
そして女だらけの騎士団という特性。
だが、あまりにも見え透いていないか?
ナタリーは思う。そしてそれに私をどのような歯車として使う気なのか。
「くっ……、殺せ!」
ナタリーは叫ぶ。
この後どんな情報を吐かせられることになるのか、そしてその後どうなるのか。
このような得体の知れない騎士団。このような得体のしれない魔術師。
これから何が起きるのかまったく分からない。
なにかオーストロシアに害のあることを知らず知らずに、いや知りながら犯すことになるくらいであるなら、ナタリーは死を選ぶ。
「く、あはは――」
それに対してエルはなぜか笑い出した。
「『くっ……、殺せ』って、ナタリーは一体どこの騎士団と対峙しているのか分かっているのか? くっころ騎士団と揶揄される、我が薔薇騎士団にそれは――」
「――て、呼んだ?」