くっころの柔肌砦(ぐんま(前編
なんとか、鳳凰騎士団の本拠地ソドムトゴモラから逃げ帰ることができたサクラとエルフの女騎士エル。
今は薔薇騎士団の本陣シャーウッドの園にようやくたどり着いたところだ。
「というわけで逃げ着てきましたが」
「あの魔術師とは離れ離れになってしまいましたね」
「わたくしのだんな様はほら、シャイだから」
「それにあのキーワードを言えば、ですか」
「えぇ。それにだんな様の動きはほら、わたくしからは手にとるように分かるから大丈夫ですわ」
「以心伝心ですか。いいですわねぇ」
――手にとるように分かるのは使い魔であるヨーコと意識が繋がっているからだけどね。と、サクラはうっとりと物想いにふけるエルに妄想に水を差すのも無粋と思い放置することに決めた。
「それで、鳳凰騎士団のあのような仕打ち、いったいどう落とし前を付けるおつもりでしょうか?」
そのエルの言葉に集まってきた周囲の女騎士たちに緊張が走る。
事の顛末は既にくノ一の職種部隊が一人、シノの手によって騎士団全員に展開されている。
そこは女ばかりの騎士団とはいえ、騎士団には違いないのだ。
単に女子ネットワークの噂話の速さということもあるのだが。
「学徒まで動員するのであれば最大で1万2千まで集められます。ご決断を」
サバッキーノ家はそもそもアーカンソー王国開国時にアーカンソー国王の妾姫、国防の女傑ライス・サバッキーノが女性の地位向上を目指して起こした公爵家であり、その当主は当然のようにうら若い女性であることが求められ、その配下である薔薇騎士団は、各地に女学校を擁して優秀な子女を育てている。女騎士が高嶺の華ととしても女学校出の女性は若い王国の男性に非常に人気があるのだ。万が一、女学生まで投入した全力政治闘争が始まるとすれば王国の男どもは全てイチコロである。
それでもあのとき、当主たるサクラの身柄を拘束できれば鳳凰騎士団にもまだ手はあったかもしれない。だから今回鳳凰騎士団にとってサクラを押さえられなかったのは、すでにほぼ敗北といってもいいような状況だ。
「学徒動員はやめましょう。うら若い女学生を犠牲にすることもありません」
サクラは宣言する。
だが、そうなると今度は薔薇騎士団は500人程度しかいない女だらけの騎士団ということになる。
対する鳳凰騎士団は1,500。どうしようというのか。
「攻めるのは鳳凰騎士団ではない。オーストロシアですわ」
「まさか! オジ様の言われたとおりオーストロシアを降伏させようというのですか!?」
「そのまさかよ。エル」
「無謀です! 確かにオーストロシアを降伏させることができれば、鳳凰騎士団のオジ様が何を言おうとも婚姻は認められるかもしれない。だれけどその鳳凰騎士団ですら前段のエアーズの岩砦すらまともに攻略できたことがないというのに、一体誰が――。まさかっ!」
エルは一人、何かに思い当たったようにサクラを見返した。
まさか、あの魔術師を使おうというのか。
だが、どうやって? あの男はあのキーワードをいわないと出現しないのではないのだろうか。
そして、どうやって? あの男一人であのエアーズの岩砦を攻略させようというのか。
「騎士団全職種部隊を召集せよ!」
「「承知!」」
ともかく、エルは騎士団全員の招集のため動いた。
・
・
・
・
・
エアーズはオーストロシア最南端にあり、アーカンソー王国の最北端の国境と接する難航不落の岩砦だ。
北方のオーストロシアは恐ろしいことに魔物との親交があり、この岩砦ではある魔物の一族が支配を行っていた。
その一族とは、ルーミートと呼ばれる魔物の集団である。
魔物の特徴としては面長の顔立ちで2足歩行であり、人間の3倍ほど脚力が強く、パンチが強烈で肉がうまいということだろか。低脂肪、低コレステロール、高タンパクというヘルシーな肉。
「しかし、ナタリー様、本当に来るのでしょうか? そのアーカンソーの薔薇の騎士団なる連中は」
ルーミートの長、リノール・サーンはオーストロシア帝国から派遣されたナタリー・ヴォルケイノに尋ねた。彼女は着任したばかりの補佐官である。
「わたくしのようなものが派遣されたとなれば、その可能性が高いとみるべきでしょうね」
ナタリーは自嘲気味に答える。
ここ、オーストロシアは女性の地位が低い。
であるにも係わらず補佐官として派遣されたということは、敵将も女性であるということを示している。女の軍には女というわけだ。オーストロシアは別に恐怖だけで軍隊を支配しているわけではない。それなりに諜報活動も行っているのだ。
「だが信用できるのですかな。諜報の入手元はアーカンソーの鳳凰騎士団と聞きます。わざわざ貴重な情報を漏らすものでしょうか」
3年前もオーストロシア帝国に喧嘩を売り、惨敗していったアーカンソーの鳳凰騎士団。薔薇騎士団はそれよりも兵数が1/3に満たない格下の騎士団だという。しかもその騎士団の構成員は女性だ。
「まったく、このエアーズの岩砦はアーカンソーの練兵所ではないというのに、何度も何度もやってきては……」
「今回も返り討ちにすれば良いのだろう。期待しているぞ。ルーミートの長殿」
「ヤー!」
なにしろエアーズは堅牢な一枚岩の砦である。
高所からの射弓や投石は攻防一体の防御線を引き、難航不落なその名前はスペインの無敵艦隊なみの名声を誇っていた。
――そんな岩砦に、人知れず魔術師と妖狐の姿が迫りつつあった。