しんぱいなのです
「あら、鈴どうしたの。その腕」
「……恭子」
私が不慮の事故にあった1週間後にようやく大学へ来た恭子に出会った。講義が終わった後、次の時間は空きだったのでそのままカフェテリアへと向かった。
「事故って腕が折れた」
「えー、大丈夫? 他に怪我とかないの?」
「うん」
恭子は心配そうな顔で私に聞いてくる。
「車が突っ込んできたとかなの?」
「いや、私が周り見てなくて飛び出しちゃったから」
「珍しいね。鈴らしくない」
それは私も思うよ。……まぁ、それどころじゃなかったので。私は苦々しい思いで甘いミルクティーを飲んだ。
「それよりも恭子、1週間も長引く風邪って大丈夫だったの?」
「あー、なかなか熱が下がらなくてね。今はもう平気」
「だといいけど」
恭子はいつも飄々(ひょうひょう)とした奴だが、本当につらいときにつらいと言わず頑張る子だからちょっと心配だ。
「それに、カレがお見舞いに来てくれてさぁ~」
「…………」
恭子はまだ熱があるのではないかと疑わしい表情をした。ぽわ~んっと別の世界へ行ってらっしゃる。そして盛大にそのときのことをノロケてくれた……訂正。お前なんかもう2週間寝込んじまえ。
「よく見たら骨折しているの利き手じゃん。すごい不便じゃない?」
「もう慣れた」
左手での生活は思ったよりも苦労したが、1週間が経った今ではその違和感も薄れつつある。こんなものかと割り切れば案外生活できるものだ。
「はぁ…………」
「なにため息ついてんの。幸せが逃げていくぞー」
思わずため息をついてしまうほど別の件のほうが私にとって大問題であった。
「高崎先輩!お疲れさまっす!!」
「……おつかれ」
今日も元気な金髪犬。奴の顔を見るとどっと疲れが出てきた。彼は私の横に並んで歩いてきた。
「かばん、重くないっすか?俺持ちますよ」
「いや、いいから」
吉田は私が骨折をしてからというもの、さらに声をかけてくるようになった。しかも声をかけてくるときは大抵、恭子がいないから彼女を盾にして逃げることもできない。
「何か不便なことはないっすか?」
あんたが話しかけてくること以外、おおむね快適ですが、何か?……だめだだめだ、大人になれ、鈴。体は小さくても器は大きい人間だろ、鈴。私はそう言い聞かせた。
「……あのね、大丈夫だから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ」
「小説書くときとか」
「いや大丈夫だから」
頼むから爆弾を混ぜながら会話するのはやめてほしい。心臓に悪いから。
「前にも言ったけど、スマホでも書けるし。書きながら考えるときもあるから、朗読はちょっと……。申し訳ないけど間に合ってるかなぁ、なんて」
「…………でも」
不意に吉田が立ち止まる。私は不思議に思って足を止めた。振り返るといつもの明るい彼はいなく、何かを思いつめた表情をしていた。
「先輩の役に立ちたいんです」
サァァァァ──。木々の風に揺れる音と合わさりながらも、確かな声が私の耳に届く。真剣な吉田の瞳に思わず言葉を失った。
「…………っつ」
「高崎先輩」
彼が口を開き何か言おうとした。
「おっ翔太じゃん」
「何してんの?」
「そんなところ突っ立ってんなよ」
後ろから声が掛けられわらわらと人が集まってきた。彼の友達だろうか。相変わらず友達多いんだな。そしてみんな身長が高くおしゃれだ。いつもなら舌打ちものなのだが今はナイスタイミング!! 私はここぞと思って吉田に手を振った。
「友達が来たみたいだね。じゃあ、私はこれで」
「え!?先輩!!」
後ろを振り向くな、私。気づかない振りをするんだ!! 私はできるだけ素早くその場を後にした。最後にちらっと見た吉田は友達に囲まれていて身動きが取れないようだった。私は安全地帯に着くとほっと一息つく。
(あー、危なかった……)
あれ、危ないって、何が? 心の中で生まれた言葉に自分自身で疑問を持つ。その問いに答えられるのは、もう少し後になってからのことだった。