悪役令嬢?それって私のことですか?
何でも許容できる方推薦
――ぱくり。
それを一口いつものように口に含んだ瞬間、私は私となる前に生きた時代を思い出しました。
私の前世。
それはひんやりと冷やされたバニラビーンズの香りが豊かなカスタードクリームと、植物性由来の泡立てた純白のクリームが、絶妙な風味で織りなす、庶民でも買える値段で供されている嗜好品の中の嗜好品たるダブルクリーム仕立ての、シュー・ア・ラ・クレーム。
私はその中でも特段特別仕様でなんとショコラでコーティングされた上に、他の子達より大きめなサイズで、初日は売れ残ってしまったのですが、それより納得できなかったのは私の前世の最期ですわ。
その日の夜、私は店の冷蔵庫に大切に保存されていたはずですが、なぜか狼藉者が侵入した際に私が寝かされていた冷蔵庫が暴かれたかと思いきや、いきなり粗雑に薙ぎ払われ、落下した後の踏み潰されコース。
私は朝を迎えれば私を作って下さった口下手なオーナーパティシエールの想い人たる最愛の人に食べて頂けるはずでしたのに!!
万が一にもパティシエールの方の想いが報われなくとも、作って下さった方に食べて頂けるはずでしたのに!!
ああ、なんて可愛そうな前世の私。
そして何とも赦しがたい狼藉者。
おかげで私は他の子達のように満足して逝くことが出来なかったのですわ。
ポロリ、と涙が藍色の瞳から零れます。
と、その時。
「お嬢様、殿下がいらっしゃい......、お嬢さま!?」
いつもは愛想の欠片もない侍女の素っ頓狂な声に私は、今世の私の役目を思い出し、更に涙を瞳にうるうると溜めてしまいました。
どうしてなのでございましょうか。
前世は無残にも無頼な輩に踏み潰された大量生産のシュー・ア・ラ・クレームの一つ。
そして今世の私は前世の世界で爆発的人気を誇った女性恋愛シュミレーションゲーム(PC版)【恋はケーキのように甘く~略奪愛の果てに~】の中の一人で、最終的には地下牢で壮絶死する悪役令嬢、というご令嬢に生まれ変わってしまっているのです。
た、確かに、記憶を取り戻す前まではそれなりに権力を振りかざし、ありとあらゆる嗜好品(勿論、食べ物ですわ)を手に入れてきましたが、そんなのはまだ可愛い方ではありませんか!!
なにも人を妬んだり(いえ、最新のデザートまであと一歩と言うところで目の前で完売されてしまった時は睨んでしまいましたが)、人を追いやったり(一個分けて下さいと強請ったのは罪ではないはず)した記憶はございませんのよ?
なのに、なのに、地下牢で壮絶な最期だなんて......
「あんまりです、あんまりですわ!!わたくしが何をしたと仰るのですか」
グスグスと涙をこぼしながらも前世の私の仲間を口に含めば、ふんわりとした柔らかな甘さに癒されます。その合間に適度に温められたミルクを少々。
ホッ、と、人心地つこうとした時でございます。
まるで蹴破るかの勢いで乱雑に部屋の扉が開かれ、そこに姿を現した方を見て、私はまたもや涙を零してしまいました。
だって、だって......!!
「まぁ、まぁ!!こうしてまたお会いできるなんて、私は夢でも見ているのでしょうか。どうでしたか?彼女に想いは伝わりましたか?それとも報われずに?さぁさぁ、たくさんお話して下さいませんか?いつものように」
ドキドキ、ワクワクとするのは致し方のないこと。
なぜならその方は前世に私を丁寧に作って下さったパティシエールの方に生き写しで、私は初めてお会いする気がしなかったのですわ。
ですがそんな私に対し彼の方は。
「君がミレー男爵令嬢を苛めていた黒幕とはな、見損なったぞ、ヴィエローナ!!」
「......」
「反論もなしか!!私はこれでも君にはそれなりの好意を持ちかけていたんだがな!!今回のことで婚約は...って、ヴィエローナ?」
あまりの剣幕に私はまたグスグスと鼻を恥も外聞もなく啜り、泣きながらまた私をこの世界に転生させた神様を怨みました。
「あんまりですわ~、どうして私だけこんな目に合うのです、私はただ美味しいものを食べて、甘いモノを食べ、笑って過ごしたいだけですのにっ、あの方に食べて頂きたいと思ってたのは、そんなに、わるいことなのですか...」
イヤイヤ、と駄々っ子のように泣き喚けば、慣れた手つきで涙を拭いてくれる侍女さんA。
その横で慇懃無礼に殿下にお引き取り願う有能な侍女さんB。
と、そんな戦場のような私の部屋にこの世界のヒロインたる少女が今世の私の兄を伴い、姿を見せた瞬間、ヒロインは殿下に駆け寄りギッと私を睨みました。
そして
「ヴィエローナ様!!私は確かに身分が低いです。けど、誰よりも一人の人として殿下を見てます。殿下を人として見てあげてないヴィエローナ様は最低です!!」
「マリア嬢...っ」
「お可哀想なシュタイフ様、私で良ければいつでもお傍にいます」
なんなんでしょうか。
ヒトが前世での失恋を嘆いているというのに、この目の前で繰り広げられている安い恋愛劇は。
私は今、そんなものを見ている暇はないのです。
だいたい、殿下も殿下ですわ。
私が一体何をしたと言うのです。
私は義務で王宮に行く日以外、殿下にお会いしたこともないですし、街に降りることもあまりありませんわ。
よって、ヒロインとも初めましてですのに。
「...やっぱりね、ヴィ-はヴィーだ。泣き虫で甘いものに目がなくて、面倒くさがり屋の俺の妹だ。例え血が半分しか繋がってなくても、父さんの子だ」
と、涙腺が半ば決壊している私の傍まで近づいてきた異母兄様は、ふうわりと、幾年ぶりかくらいに、私の大好きな甘くて穏やかで柔らかな笑顔で、大きな手で髪を撫でて下さいました。
「これでお分かりになったでしょう、殿下。我が妹は根っからの甘いモノ好きで甘ったれで、泣き虫の上に世間知らずな所があり、外もあまり出歩かない。よって、先月の伯爵家の夜会も当然の事ながら不参加。――だったな、セレア」
「はい、若様」
名を呼ばれた侍女さんⅭこと、セレアさんは影のようにサササッと現れ、先月の私の行動を逐一異母兄様と殿下に報告してらっしゃる。
その内容は前世でいうところのストーカーというモノ並みで、さすがの私も報告内容の細かさに涙が止んでしまいました。
だからこそ、セレアさんの最後の言葉は、とても、ええ、とても衝撃でした。
「――最後に、私達の主であるヴィエローナお嬢様は、とても初心な方でいらっしゃるので誰とも婚約関係を結んでらっしゃいません。ゆえに、殿下及び他のご子息様方の性格や思考、性癖もご存知ではありません、そこのミレー男爵家のご令嬢のように」
セレアさんの発言に、ミレー男爵令嬢ことヒロインさんは顔を真っ赤にして、それでも前世のパティシエールに似てらっしゃる殿下に涙目で縋り、異母兄様には自分を信じて、と、言ってましたが、その頃には二人の瞳は冷ややかでした。
前世でいうところのドライアイスも適わないくらい冷たかったですわ。
ヒロインさんは我が家に仕える騎士によって連行される際に「話が違う」だの「シナリオ通りだったのに」とか、「絶対セレアっていう侍女も転生者よ!!」等々叫んでおりましたが、後日、異母兄様と何故か殿下と、私の母と父、そして父の正妻様との茶会を催した時。
「ミレー男爵位は王家へ返上されたよ。あとあのご令嬢は気が触れたとかでビヨンヌ修道院に送られたとか。そうそう、あのご令嬢に骨抜きにされていた愚者どもは全て生家で飼い殺しと言う処分に決まったようだよ、ヴィエローナ。」
「まあまあ、良かったわね、ヴィーちゃん」
「ありがとうございます、旦那様」
上から、侯爵であるお父様、異母兄のお母様、そして正妻様公認の今世での私のお母様。
「ヴィーはまだまだ家にいていいんだからね」
とお兄様。
それに反し
「ヴィエローナ、嫁に来たら毎日甘いものが食べれるぞ」
と、殿下。
「はっ、なにを言うかと思えば、この能無し王子め。貴様なぞ俺のヴィーが赦してあげてと言わなければ、真っ先に処刑台に送ってやったものを!!」
「貴様も大概だな、貴様の本性を知ったら世間のご令嬢は嘆くぞ。この腹黒鬼畜め」
「貴様にだけには言われたくないわ!!」
私はそんな仲がとても良いお二人をにこにこと笑いながら、大好きで幸せになれるシュー・ア・ラ・クレームを口一杯に頬張りながら、悪役令嬢も悪くないなと思いました。
こんな私をお父様とお母様たちがにこにこして愛でているのは、また別の機会があれば。