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釣り上げられた人魚姫  作者: 桔梗楓
番外編
10/15

光秀、家にかえる 2

 俺には姉が1人いる。6つ年上の26歳で、3年前に結婚した。嫁には行かずに婿養子を取り、今は父と共に漁業を営んでいる。俺もいつかはこの島に戻る予定だけど、姉が率先して父の漁業を継ぐと言ってきたのだ。


「あたしがお父さんを手伝うからさ、アンタはもっと勉強して、これからの漁業やこの島を支える柱になって頂戴」


 それが、姉と俺の交わした約束。

 だから俺は島を出て都会の大学に通い、農学部の水産学科で知識を学んでいる。いずれは水産研究に携わった仕事に就き、漁村復興や漁業発展の貢献を目指したい。それが、現時点での俺の夢。

 そんな、ともすれば『良い話』にも匹敵するような姉と弟の絆。だが、俺を信じていた姉の期待をがらがらと崩れさせたのは、紛れもなく俺自身が原因なのである……。


「で、光秀。どういう事かしら。お母さん怒らないから、いちからじゅうまで全部説明してね。大学費用に加えてアパートの家賃、生活費を親に払わせておきながら、貴方は一体大学で何をしていたのかしら?」

「怒ってる。今現段階でめっちゃ怒ってるだろ、母さん」

「ふふふ、大丈夫よ。これ以上怒らないってことよ?まぁ、これ以上怒ったら怒りメーター振り切って、海底火山が噴火しちゃいそうだけどね、うふふっ」


 ぴきぴきと怒り顔な姉の隣でニコニコと笑みを浮かべながら確実に額に青筋を立てている母親。俺は昔からこの母と姉という二人タッグが苦手だった。何を言い訳しても二人のマシンガンな口攻撃によって丸め込まれてしまうし、最後には平謝りするしか道がなくなるのだ。おまけにやたらとかしましく、父でさえ二人を相手にするのは極力避けているのか、今は家にいない。人の良さそうな笑みを浮かべている義兄さんはホントすごい人だ。この二人を相手にしてもその穏やかペースを崩すことなく、常に対等に会話している。


「いちからじゅうって言ってもなぁ……。とりあえず、挨拶からだと思うんで紹介シマス。こちらがオトヒメ、そしてこちらがオトヒメの両親です」


 畳の上でじかに座らされている俺とは違い、お客様用のふかふかした座布団に隣に座るオトヒメが正座をしたまま美しく双手礼をした。


「はじめまして。わたくし、オトヒメと申します。どうぞよしなに願います」

「まぁ、なんて出来たお嬢さんなの。ご丁寧にありがとう。私は光秀の姉の渚です」

「私は母の波江です。本当に、うちの息子には勿体無いほどの別嬪さんね。ごめんなさいね、うちの息子が。もし嫌々で無理矢理連れて来られたのならすぐに言ってくださいね」

「母さんも姉ちゃんも俺を何だと思ってるんだ」

「何だとって言われても、光秀は光秀よ。パッとしない見た目にこれといって際立った特徴も無い中途半端息子。まるでスッポンが月をつれて来たみたいだわ。一体どんな方法を使ってこんなイイトコの娘さんをかどわしたの?」

「全くだわ。ねえオトヒメさん。本当に、光秀みたいなハンパな男でいいの?まだまだ、いい男は世の中に沢山いるのよ。若いんだからもっと視野を広げて、男を妥協で決めたら後悔しかしないわよ!」

「渚さんに義母さん、さすがに光秀君が可哀想だから……」


 俺の唯一の味方、義兄さんがさりげなく助け舟を出してくれる。義兄は実家において俺の心の安寧であり、オアシスだ。父はただの魚馬鹿なので全くあてにならない。しかし今日は義兄の助けもむなしく、母と姉は一斉に俺をけなしてオトヒメに考え直せと言って来る。……まぁ、考えれば当たり前の事だけど。俺は今日、実家に帰る際、義兄のメールに「将来ケッコンする人を連れて行く」と送っただけなのだ。当然その後、母と姉から怒涛のメール攻撃が来たが無視をした。スマホアプリのライン通知数もえらいことになっていたが、既読もせずに無視を続けた。そもそも義兄にメールする俺がものすごくチキンなわけだけど、電話口やメールで説明するのが非常に面倒だったのだ。それなら会ってどつかれて説明したほうがマシだと判断した。

 それは功を成したのか、それとも悪手だったのか。今だ答えは出ないけど――。少なくとも今日の俺には義兄以外にも味方がいることをすっかり忘れていた。

 コホン、と場をとりなすような咳払いが聞こえる。


「話が盛り上がっている所申し訳ないが、私達も先に挨拶をさせて頂きたい。……オトヒメの父、神津コトリと申します」

「わたくしは妻のサクラです」


 ぺこりと静かにお辞儀をするオトヒメの親。かしましく騒いでいた姉と母の口がぴたりと止まる。こんなにも美形で存在感があるのに、オトヒメに夢中になるあまり、親の存在を忘れていたようだ。慌てたように二人がかしこまり、畳の上でぺこぺこと頭を下げる。


「すみません!騒がしくて。あの、うちの息子が本当に。本当にご迷惑をおかけいたしまして!」

「何か酷いことを娘さんにしていなければ良いのですが……っ!ご両親までわざわざ挨拶に来られるなんて、一体うちの愚弟は何をしでかしたのか。申し訳ございません!」


 母さんと姉ちゃんは、俺を鬼畜か何かと思っているのか。そこまでボロカスに言わなくてもと半眼になる俺のやや後ろで、カツオ義父がにこやかに微笑む。それだけで古めかしい座敷が一気に華やかになり、改めてこの男が美形であったことを思い出すように母と姉が思わず見蕩れたように頬を赤く染めた。


「いえ、光秀君は昨今では珍しい程に爽やかな好青年ですよ。娘とのやりとりを見ていると昔を思い出し、甘酸い想いにかられる程です。オトヒメは本当に良い人との縁があったのだと感謝して止みません」

「ええ。真摯で真面目で、とても素敵な方ですわ。将来の義息子になると思うと嬉しくて堪りませんの」


 くすくすと笑いあい、ねえ、と互いに頷きあうオトヒメの両親。その和やかな雰囲気は喧々囂々としていた姉と母の勢いを抑え、少しずつではあるが俺に対する険が薄れていく。

 よかった!この調子でいけば落ち着いて話ができるだろう。俺は今日初めてオトヒメの両親に感謝した。二人をつれて来たのは正解だったのだ。


「うちの息子が好青年だなんて、全く信じられませんけど、オトヒメさんの親御さんがそう仰るのなら……」

「そうね。学生の身でってつい怒ってしまったけど、人を好きになる事に年齢は関係ないわよね」


 冷静になったのか、俺の行動を許すような発言も見られる。これなら予想していた10発は免れるかもしれない。俺が心からカツオとタイに感謝した時――。


「確かに嫁にやるには少々早すぎると思いましたが、二人が深く愛し合い、契りまで交わしているとあっては。本来ならすぐに婚儀を挙げたいのですが、光秀君が学生の身である事を考慮して欲しいと仰るもので、取り急ぎ、ご挨拶だけはと馳せ参じてしまったのですよ」

「そうですね。娘を大人にして下さった御仁なのですから。こちらは結婚の用意ができていますと親御様にもお知らせしたかったのです。ねえ、あなた」

「そうだな」


 ははは、うふふ、と微笑みを交わすカツオとタイ。

 あわあわと手を震わせる俺に、地底から響くような二人組の声が聞こえてきた。


「契り……って何、光秀」

「大人にしてくださった、ってどういう事かしら」


 ごごごごご、と地震の前触れのような音が聞こえるが、きっと俺の幻聴だろう。だが確実に地震の予兆は起っている。母と姉の中で。

 そしてほどなくドカーンと爆発した。二人が一斉に俺に掴みかかり、殴る蹴るなどの暴行を加え始める。ドメスティックバイオレンスな情景に義兄さんは困ったように笑い、オトヒメはおろおろと慌てふためく。


「光秀ーっ!!ちゃんと説明しなさいっ!アンタは嫁入り前の娘さんに何をしたのっ!?」

「誤解だ!い、いや厳密に言えば誤解じゃないかもしれないけど、母さんや姉ちゃんの考えてるようなことは断じてしてない!俺もそれくらいの分別はついてるから、とにかく蹴るのはっ!いてえ!!」


 ゲシッと俺のアゴに姉の足がクリーンヒットする。

 なんだろう俺の家族。なんでこんなに肉体系なの?もっとこう、冷静に話し合いで何とかしようって考えはないの?理性ないの?うちの家族。猿か!


「とにかく俺に弁明の時間をくれ!!」


 5分どころか2分も待っていられない短気極まりない母と姉を宥めるのに相当の時間を要し、やがて義兄がやんわりと二人を諌めて落ち着く頃には、正午の時間を大分と過ぎていた。

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