七話
「リンゴ飴下さ~い。こっちの小さいほうで…。あれっ、青い色のリンゴ飴なんてあったっけ?ハルも食べる?」
「僕はいいよ」
「遠慮しなくてもいいから…。おじさん、こっちの青いのも一つ下さい」
「はいよ、リンゴのほっぺのおネイサン」
結局赤いのと青いのと二個買って、二つともルイが食べている。
「赤いのも青いのもおいしいわ。でも、どちらもおんなじ味がするわ」
「そういうものだよ」
僕が冷めた言い方をしたので、ルイはぷぃとホッペを膨らませた。まるでリンゴのぽっぺだ。
「ハルも何か買ったら?射的でもする?」
口いっぱいにリンゴ飴を含んでルイが言った。
「そうだな、射的なんて久しぶりだな」
ルイは射的台の上に並んでいる景品を端から順に眺め、青いリンゴ飴で一つのおもちゃを指した。
「あれが欲しいわ。ほら、あの一番上の段の人形!」
僕も上の段を端から見た。たくさんのおもちゃが並んでいるのでわからない。
「どれ?」
「ほら、あの兵隊さんみたいな犬の隣の…」
「えっ?どれ?」
僕はルイが指す方を見た。
「兵隊さんの犬っと…」
確かに兵隊さんの犬が陶器の人形で作られてある。
「これって、確かのらくろって言う犬だよ、の隣…あっ!」
僕は咄嗟にヤバイと思った。隣の人形は、あの山の宇宙人のミニチュアのようだ。小さくなってまた僕たちの前に現れてきたのか?しかし、待てよ、こいつは確かタヌキが化けているとルイのおじいさんが言っていた。もしタヌキだとしたら、僕が射的で打ち抜いたらどうなる?逃げ出す?化けの皮がはがれる?いや、これは、ただのおもちゃかもしれない。とにかく打ってみよう。
「ルイ、一発で打ち当ててみせるよ」
僕は、カッコイイ言葉を言い放った。そしてライフルと弾を5発受け取り、まず一発弾をこめた。引き金は思いのほか堅かった。僕は力いっぱい引き金をひいた。
「ぱ~ん!」
いい音がしたが、弾は少し上の方を通り過ぎた。(あっ、しまった)
横で見ていたルイが言った。
「おしいね。もう少しだったわ」
ルイの慰めの言葉は優しかった。
でも屋台のおじさんは、ニンマリとしていた。その顔がなんだか(無理だろう)って言っているみたいでくやしかった。
僕は、もう一発弾をこめた。
「ぱ~ん」
またいい音がしたが、弾は当たらなかった。
僕は、もう一度弾をこめ打った。
「ぱ~ん」
またしても当たらない。
弾の残りは二発だ。なんとかルイにカッコイイところを見せないといけない。僕は少しあせった。
屋台のおじさんが、僕が狙っている例の宇宙人のフィギュアをすこし前にずらしてニンマリと笑った。
勝手なことしやがって…ずらさなくても当たるんだよ。なんだかバカにされているみたいで癪にさわった。
僕は丁寧に弾をこめ、次こそは当たれと引き金を引き打った。
「パ~ン」
「当たった!」
ルイと僕が同時に叫んだ。が、フィギュアは倒れない。
「ざんね~ん」
おじさんが言った。
「当たったけど、貰えないの?」
ルイが言った。屋台のおじさんは、にっこりと薄ら笑いをして言った。
「倒れないと無理だね。あと一発…さあ頑張って」
おじさんが大きな声でそう言ったので、僕たちの周りに沢山の子供たちが集まってきた。
「何が欲しいの?」
「当たったの?」
「俺なら一発命中だけどな」
とにかく子供たちはうるさかった。
僕は最後の弾をこめ、引き金を引きゆっくりと構え、体を落としてねらいをつけた。
「ぱ~ん!コテン!」
「当たった~やったねハル!」
命中した!
フィギュアは台の後ろまで転げ落ちた。
屋台のおじさんは、僕が倒した宇宙人のフィギュアを拾うとルイに渡した。
「ありがとう」
ルイはニッコリとほほ笑んだ。
宇宙人のフィギュアは、弾に当たって転げ落ちたがタヌキにはもどらなかった。ということは、このフィギュアはただのおもちゃだったのか?
「ルイ、それ、少し見せて」
「うんいいわよ」
ルイから受け取ったフィギュアは、どう見ても塩ビで出来ている。まあ、大丈夫だろう。
「はい、有難う」
「ハル、すごかったね。私だめかと思ってた。だってこれ小さいから狙うの難しいじゃない。私この人形見た時、あの山の宇宙人さんみたいで、欲しくなったのよ」
ルイも宇宙人に似ていると思っていたのだった。
「ルイのおじいさんが、宇宙人はタヌキが化けているって言っていたから、僕はこのフィギァもタヌキじゃないかと思ってたんだ。でも違ったみたい」
「ふふ、ただのおもちゃでしょ?」
ルイは大切そうに宇宙人を両手に包み込んだ。
「ルイ、綿菓子は買わなくていいのかい?」
僕がそう言うと、
「本当は、買いたいのよね。ピンクのかわいい絵の大きな袋の中に甘~い綿あめが入っていると思うと、なんか持っているだけで幸せでしょう」
「じゃあ買う?」
「でも、おじいちゃんが…」
「いいじゃないか。僕が買ってあげるよ」
「うん、じゃああのレインボウのがいい」
「レインボウ?」
綿菓子屋台の横にたくさんの綿菓子が作って掛けてあるが、その中にピンクや水色や黄色や黄緑色の綿菓子が入っている袋があった。
「これ?」
「うん」
「これ、ください」
僕は綿菓子をクルクルと器用に巻いているおじさんに言った。
「ちょっと待ってよ~」
おじさんは、水色のビニール袋に巻いた綿菓子を入れ、輪ゴムで止めると緑の輪をつけ屋台の横に飾り、
「これだったね」
と言いながら、レインボーの綿菓子の入った袋をルイに渡した。ルイはニッコリとほほ笑み、1000円札を渡した。するとおじさんは、
「悪いね、これは1500円だよ」
と言った。どうも他の袋とは違って大きいと思った。(ルイが喜んでいるから、まあいいや。)と僕は思いながらもう1000円わたしお釣りを受け取った。
「ねえ、ハルはオオカミに育てられた女の子っていう見世物小屋って聞いたことある?」
「いや、知らない」
「おじいちゃんが、言ってたの。小さい頃にお祭りになるとよく来ていたって」
「オオカミって、子供を育てるの?食べられてしまいそうだけど…」
「なんか、オオカミに育てられたから、四つん這いになってウオーとかしか言えないんだって」
「おじいさんは見たの?」
「いいえ、怖いしかわいそうだし、それにその小屋に入るのには1000円もいったから、昔は綿菓子が50円とかの時代だから、入るお金と持ってなかったから見てないって」
「へえ~どこからそんな女の子を連れてきたのだろうね」
「わからない。けど私、小さい時からずっと気になって、お祭りに来るたびに来ていないかな~って探してみるんだけど、一度もそんな見世物小屋なんて見たこともないわ」
「ふう~ん」
僕たちは、また少し歩いた。
金魚すくいの店の前で、子供たちが一生懸命に出目金を追っていた。
「私も、赤い金魚の中に泳いでいる黒い出目金を良くポイで追いかけたわ。でも出目金って大きいからなかなかすくえないのよね」
「僕がすくってあげようか?」
「えっ、本当?」
僕は今にも破けそうな紙のポイを受け取り、子供たちの間に割り込み、水槽の前に座った。
隣の男の子は、茶碗に一匹の小さな金魚をすくっただけでポイが破けてしまい、店主から三匹おまけの金魚をもらって嬉しそうに帰っていった。
「あっ、その出目金がいいわ」
ルイが指さした先に泳いでいる出目金はとても大きかった。(こんなに大きい金魚なんかポイに乗らないじゃないか)と僕は思ったが、ルイを喜ばそうと思った僕は、ポイをゆっくりと水の中に垂直に沈めた。そして狙いをつけて出目金の背後からすくい上げた。
金魚はポイの上ではねた。しかしポイの円形よりも大きい出目金は、僕にすくい上げられ茶碗の中に入れられた。
「すご~い」
ルイが言った。周りにいた子供たちもこちらを見た。
僕は、まだポイが破けてなかったので、続けて6ぴきもすくった。
子供達も僕の茶碗の中に沢山入っている金魚が逃げると、もう一つ茶碗を持ってきてくれた。
「もう、いいよ」
まだ破けてなかったが、十分にすくったのでポイとすくった金魚を店主に渡すと、店主は茶碗の中の赤い小さい金魚を3匹だけビニール袋に入れ、残りを元の水槽に逃がした。
「あれ?出目金が欲しいんだけど…」
僕が腑に落ちない顔で言うと、店主が、
「出目金は、賑わしに入れている金魚だから…はい、ありがとね」
と言って金魚を僕の手に渡した。僕は振り返ってルイの顔を見た。ルイはペロッと舌を出した。そして、僕の手に持っていた金魚を手に取ると、
「ありがとうハル。赤~いベベ着たかわいい金魚さんたち」
と言って僕の手を取って茫然としている僕を立たせた。屋台というものは、だいたいこういうようになっている。小さい時もそうだった。
かた抜きといって、かた~いガムのような板に絵が描いてあって、それを針のようなもので少しずつ削り絵の真ん中を上手くくり抜くのだ。
祭りになると必ず来た、僕のお気に入りの屋台だ。10円払って針とガムを受け取り、近くのベンチの板の上や石の上で一心に削るのだ。
その絵には、いろんな種類があって、簡単な絵を上手く割らずに削れたら10円もらえて、その次に難しい絵なら30円、その次なら50円と最高で100円がもらえる仕組みになっている。
しかし最高び難しい絵は、龍の絵だったりして、髭とかが実に細く描かれていた。
僕は未だにその簡単なバージョンでさえ成功したことがない。という感じだ。というのも…。
一度1時間ぐらいかけて頑張って削ったことがあったが、その時の絵は犬の絵だったが、どうしてもシッポの部分で、ポッキリと折れてしまう。
それで、次の年その板絵を握って柔らかくしてから削ったらうまく削れた。でも、屋台のおじさんは、水にぬらしただろうとか言ってお金をくれようとしなかった。
僕はその時以来、かたぬきはキライになった。
祭りの屋台は、屋台のおじさんたちの為にあるようなものだ。
ルイはそれでも、ときどき金魚の入った袋を目の高さまで上げて、中の金魚を眺めて、
「かわいいね」
と言って僕の方をニッコリと見る。まあ出目金はもらえなかったけど、ルイの顔を見ていると嬉しそうだからいいかと思った。
ところでさっきの宇宙人のフィギュアはというと、まだおもちゃのままで、大丈夫のようだ。
「ルイ、少し休んでいこう」
僕はそう言って、ルイの手をひいて公園のベンチのほうに連れていった。
「ねえハル、ベビーかすてらを買ってきていい?」
「ああ、一緒に行くよ」
公園の近くに丁度かすてらを売っている屋台があった。側に行くととてもいい匂いがしていた。
「ひとつくださいな」
ルイは、手に持っていた金魚と綿菓子を僕に渡した。そして一番大きな袋のかすてらを買った。
「そうだ、ジュースも欲しいわね」
とにかくルイは見たものすべてを買ってみたいようだ。ルイはとなりの屋台のトロピカルジュースを買ってきた。
「さあ公園で食べましょう」
僕たちは、公園の空いているベンチに座りかすてらを食べていた。
すると、ルイが持っていた宇宙人のフィギュアがルイのバッグから転げ落ちた。僕がそれを拾おうとした時、持っていた金魚の袋を押さえてしまった。そして金魚の袋に入っていた少しの水がフィギュアにかかってしまった。
その時である、ただのおもちゃのフィギュアだと思っていた宇宙人が、まるで水を吸い込んだスポンジのように、グイッと伸びあの山の宇宙人と同じ大きさに伸びた。
「んん?水を含むと大きくなるタイプか?」
ルイも僕の声を聞いてその宇宙人のスポンジをじっと見ている。
1メートルくらいまで大きくなって、それ以上は大きくならなかった。
「オラ」
何を思ったのか、突然ルイが言った。するとそのスポンジは、小さな声で、
「オラ」
と言ったのだ。確かに聞こえた。あの山の宇宙人なのか?おじいさんが、宇宙人はタヌキが化けていると言っていた。そう僕は思い宇宙人のお尻の方を見た。そしてシッポを探した。
しかしシッポは無かった。それどころか、少しふらふらとしていて、スポンジと言ったほうがいいような感じだった。
子供たちが、僕たちの側に来た。
「これ、どこで売ってたの?僕も欲しいよ」
「射的で落としたのよ」
ルイがそうい答えた。僕は、これをこの子供にあげようかと言おうと思ったが、どうもただのおもちゃではないようなので、あげるのをやめた。しかし、これをどうしようかと迷った。まあとにかく、こいつが何者なのかを確かめないといけなかった。
「ルイ、これは何だと思う?」
「宇宙人さん」
「だよな…でも、おもちゃみたいな気もするよな。どうしよか?」
「……。」
僕たちがこいつの処理に困っていたら、ルイのいとこがやってきた。
「お~いルイ、お前も来ていたのかい?こちらが彼氏?」
「あっレオ君」
このいとこが、派手な赤いスポーツカーの持ち主か…。