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二話

その夜は、雨が降り出した。

紀子は、ルイと僕の子供の頃の写真を見て笑っていた。

「あんまり、アルバム出してくんなよ」

「いいじゃないの。兄ちゃんの子供の頃の写真、どれも面白いんだから。ねえルイさん、面白いでしょう?」

「ハルって、小さい時はいたずらっ子みたいな顔をしていたのね」

「いたずらっ子みたい、じゃなくて、いたずらっ子よ」

「紀子はうるさいんだよ!確かに、いちじくを取りに余所の庭に忍び込んで取ってたら、見つかって、おばさんにそんな青いの取らずに、もっと熟したのを取れと言われて、熟したのは木の上の方しかなくて、木の上に登ったら枝が折れて枝ごと落ちたり、お寺の柿が、上手そうで、盗りに行こうと寺の塀の上を歩いてたら、住職に見つかり、箒で追いかけられて山の方に逃げようとして、寺の瓦を一枚剥いでしまったり、で、その柿が渋柿だったり」

「ハルったら、なんだか実を盗みに行ってばかりね」

僕に怒られた紀子は、トランプを取り出して来た。

「ねえ、三人でトランプしょう?」

「私、ババ抜きしか知らないの。教えてね」

「じゃあ、最初はババ抜きからしょう」

紀子は、遊ぶ相手が欲しい子供のように、ルイにべったりくつっいていた。

まるで修学旅行の夜のように、三人でトランプをして遊んだ。色んなゲームをしたが、勝つのは、僕ばかりだった。ルイと紀子は、つまらなそうに

「もうやめましょうか」

と言った。二人同時に言ったので、二人は顔を見合わせて笑った。



「お風呂空いたから、はいりんしゃい」

お袋の声がした。

「兄ちゃん、先に入って。私、ルイさんと後で一緒に入るから」

「一緒に?」

「うん。だって、ルイさん、五右衛門風呂初めてだから、色々と、教えてあげないと。うらやましいんだ!やぁい、やぁい、兄ちゃんのすけべ」

「うるさい!」

僕は、紀子の頭をこついて、風呂に行った。

「兄弟がいていいわね」

ルイは、紀子に言った。

「私には、弟がいたけど、交通事故で小さい時に亡くなったの」

「兄ちゃんがいても、うるさいだけよ」



ハルの家のお風呂は、丸い五右衛門風呂だ。下から薪を焚き沸かすお風呂だ。

「紀子ちゃん、シャワーはどこ?」

「この、手杓でお風呂の中のお湯をすくうのよ」

「紀子ちゃん、お風呂の中に丸い板が浮いているんだけど」

「その板の上に上手く乗っかって、お風呂に浸かるのよ」

「きゃー」

風呂の中の紀子とルイは、楽しそうにキャッキャ言っている。



「ハルの家のお風呂って、楽しいわ。それに、とっても温まる」

ルイは、髪を拭きながら、紀子の体操服を借りたのか中学校の校章入りのジャージを着ていた。

「ルイさんったら、ボディソープは?とか、ボディタオルとか、うちに無い物ばかり言うから、困っちゃった」

「紀子ちゃん、お疲れさん」

ルイがそう言ったので、僕と紀子は苦笑した。

「じゃあ、おやすみ」

僕は自分の部屋に戻った。紀子とルイがどんな話をしているのか、少し心配だったが、その日は寝る事にした。

今日は、色んなことがあった。ルイと家に来た。ルイが家に泊まっている。良輔と会った。一緒に帰省した。そして、あの山に行った。あいつに会った。ルイが掴まった。と、思ったらスペイン語で会話していた…。今日あった事を思い出して、頭の中で整理しようと思っていたら、いつの間にか眠ってしまった。



翌朝は、雨も上がり、とてもいいお天気だった。

ニワトリの鳴き声に目を覚ました僕が、時計を見ると、まだ朝の5時だった。

台所の方から、朝食の用意をする包丁のまな板を叩く音が、リズミカルに響いてきた。

その音を子守唄代わりにウトウトしていると、今度は、味噌汁の良い匂いがしてきた。

ルイ達は、もう起きただろうか?

僕の家は、主に親父が林業をお袋が農業をしていたから、朝は早くから起き、夜は暗くなったら寝た。

「ハル!起きてる?」

ルイの声だ。

「あ、うん」

「おはよう。朝ごはん出来てるから食べてって、お母さんが」

僕は、眠い目をこすりながら起きていった。

朝食は、僕の予想どうり大根の味噌汁と沢庵、朝、ニワトリが産んだ卵で作った出汁巻卵、そして、今日はルイが来たからアジの干物が焼いてあった。

「魚は、食べる直前に焼いてくれって、いつも言ってるだろ、焼き立てがうまいんだから」

「父さんが、食べる時一緒に用意したからねえ。冷めたかねえ。母さんも畑の野菜、道の駅さ届けてくるから、ルイさんごゆっくりねえ」

「はい、いただきます」

ルイはお米が美味しいと、よく食べた。

「ねえ、今日、帰る前に行きたい所があるんだけど、ハル、汽車の時間は大丈夫?」

「昼の2時のに乗れば、夜までには着くよ。で、何処に行きたいの?」

僕は、ルイがまたアイツらに会いたいと、言いだすんじゃないかと思った。

「忘れたの?海に連れて行ってくれるって言ったじゃない」

「あ、そうだった」

「ほら、忘れてた。ルイね、ハルの家に来た記念に海で貝殻を拾って帰りたいの」

「貝殻?」



ルイとの約束の海に来た。

海は僕の家からは、そう遠くはなかった。

大きな漁港さえ無かったが、船も何隻か停まっていたし、市場の中には今朝揚がった魚が、生け簀の中で泳いでいた。

ルイが、貝殻を拾いたいと言ったので、堤防を渡り潮の引いている時だけ出来る砂浜に降りた。

「岩場の潮だまりに、何かいるかもしれないよ」

「何?お魚?」

僕は、カニを捕まえて手の中に隠し、ルイに

「いいものあげる」

と言った。ルイは、自分の手を出した。

「きゃあ、かっわいい」

生きているカニに驚くかと思ったら、ルイは手の中を這っているカニを嬉しそうに見ていた。

「こっちに貝殻あるよ」

僕は砂場を指さした。

「ほら」

僕の足元にあった巻貝の小さな貝殻をルイに渡した。

「まあ、かわいい」

二人は、足元の貝を探しながらずっと浜辺の奥へとまわった。

右手は崖、左手は海、足元は砂浜が途切れ岩場になった。



「オラ」

んん?どこかで聞いた声だ?

足元ばかり気にしていたら、突然アイツらが目の前にいるではないか。

「オラ」

ルイも挨拶した。

でも、この前とはどこか違っている。

僕は、マジマジと近くでコイツらを見たのは初めてだが、明らかにこの前とは…

「あっ、そうか」

「どうしたの?ハル」

僕が大きな声を出したので、ルイが振り返った。

「ルイ、こいつ等タイツを着替えて来てる」

「そりゃそうでしょ。ハルだって洋服着替えるじゃない」

「えっ、でも…」

身長は、さほど変わりないが、タイツの色が青い!なぜだ!タイツを脱いだ本当の姿はどんなんだ?宇宙人なのか?僕を警戒したのか奴らは、

「アディオース」

と言って、もっと奥の方に行った。

「ルイ、もう戻ろう」

僕は、奴らに僕たちの行動を監視されているかのように思い、その場から逃げ出したくなった。

「わかった」

ルイは、僕とは違ってにこにこ顔で返事した。

「貝殻、かわいいの見つけられて良かったね」



ウウーウー。

市場のサイレンが鳴った。

10時の競りの合図だ。市場は、10時と15時に競りをするのだ。

「ルイ、競りを見に行こう」

「競り?」

「うん、揚がった魚を買いに業者が集まるんだ」

「行ってみたい」

浜から、来た道をもどりテトラポットを斜めに登ろうとした時、日に照らされて熱くなっているテトラポットに、アイツらの銀色タイツが脱ぎ捨ててあつた。というより、干してあるようだ。全部で8枚ぐらいあるだろうか、とにかく銀色のタイツには目玉のような模様がいくつも描いてあって、気味が悪い。

ルイは、そのタイツの事など気にもせず、(着替えたお洋服)だと思っているのか知らんぷりで先を急いでいる。

宇宙人も服を洗濯するんだ。と、何訳の解らない事を僕自身で納得して、市場の競りを見る為、堤防に上がると二人で走った。



市場には、朝から漁に出ていた船も着いていた。

その船が捕って来たのか、アジが沢山揚がっていた。

競りは、もう始まっていた。威勢のいい掛け声とともに、値段が付けられていった。

「な、何だ?」

市場の隅っこに置かれた木箱に、見た事もない魚が5匹ほど入っていた。これも競りしたのだろうか、こんな魚食べられるのだろうか?

競り落とした魚を入れた箱を積んだリフトが、ケートラックの荷台まで荷物を上げていた。

「おじさん」

「なんだ、ハル坊じゃないか。知らん間に大きぅなって、なんだ外人さん連れで」

おじさんというのは、本当の叔父ではなく、僕がよく釣りをしに、この堤防から竿を垂らしていると、「そんな所で何釣ってるんじゃ、ああ、こりゃ地球釣って」なんて調子で、いつも僕をかまいに来た顔見知りの漁師のおじさんである。

「おじさん、この箱の魚、何て言う名前なの?これ食べられるの?」

僕は、隅の木箱の魚を指さした。

「おお、これはなんじゃ?」

「おじさんも分からないの?」

「こんなもの、食えるのか?誰が落としたんじゃ?おお~い。この魚、誰んじゃい?」

おじさんは、大きな声で叫んだ。市場にいた人が、一斉にこちらを見た。

「なんじゃ、なんじゃ」

と皆集まってきた。

「こりゃなんじゃい」

「妙なもんじゃい」

「誰ぞ取ったんじゃ?」

どうも誰も知らない魚らしい。沖縄の方で取れる魚のような鮮やかな色で、深海魚と言ってもいいくらいの、目が大きく飛び出ていて、ヒレの代わりに人間の子供の手のような5本の指の付いた手の平が、左右に二つ付いていた。

「きっしょく悪い魚じゃ、海に流してまえ」

誰かが言った。そして、市場から海に捨てた。

木箱に入っていた時は、確かその魚はしめてあった。(死んでいた)でも、海に捨てた瞬間、その魚は、泳ぎ出して沖の方へと、すごいスピードで逃げていった。

なんだか不思議な感じだった。



僕とルイは、カバンを取りに一度家に戻った。

「お昼ごはん食べてから帰ろう」

僕がルイにそう言うと、ルイは、

「ニワトリの卵は、ハルが取ってきてね」

と言って笑った。

「卵は、取って来なくていいよ。きっと」

家の中に入ると、お袋が道の駅から帰ってきていた。

「お昼は、味御飯炊いたんで、たべてんね」

椎茸、にんじん、ごぼう、こんにゃく、あげ、そして、この味御飯の為に庭のニワトリを一羽頂いたのであろう。

たっぷりの鳥の炊き込みご飯と、から揚げまで作ってあった。

田舎は、自給自足とは言え、美味しそうに御飯を食べるルイにはこの事実は、話さないでおこうと思った。

「また、いつでも遊びに来たってね。こんな所だけんど。あ、そうそうルイさんのおうちの人は、しいたけ食べるかいねぇ?ちぃとばかし持っていきんしゃい」

お袋はそう言いながら、しいたけを袋に詰め出した。

「まだ、食べるとも何ともルイは言ってないのに」

僕が言うのも聞かず、お袋は別の袋を出してきて、ミカンやら野菜やら詰め出した。

「汽車で帰るんだから、持ちきれないじゃないか」

「お前が持ってやればよか」

まあ、お袋の気の済むように見まもるしかなかった。



「じゃあ有りがとうございました」

「お兄ちゃんの事よろしくね」

紀子が偉そうに言ったので、僕は紀子の頭をこつこうとしたら、紀子は上手くかわし逃げ、舌を出して笑った。

「気ぃ付けて」

「お世話になりました」

沢山の荷物を抱えて僕たちが、駅へと向かっていると、前から自転車で良輔がやって来た。

「もう帰るんか?」

「ああ」

「おれ、明日帰るわ。今日、もう一回あの山言ってみる」

「あいつ等、今日海に行ったら、浜の奥の方にいたよ。あ、タイツ着替えて青いタイツ着ていたよ。それに、前に着ていたタイツ干してあったし、市場で変な魚も見たよ。どうかしてるよ、この田舎。山に行くなら、気を付けていけよ」

「ああ、解ってる。じゃあな。ルイちゃんバイバイ」

「バイバイ」

「また山の様子、電話するわ」

「ああ」

良輔と会ったのは、これが最後だった。

何か月かして、一度だけ良輔から着信が入っていたが、掛けなおしても繋がらなかった。



ぼくは、沢山の野菜とルイをルイの家に届けた。

ルイのお母さんは、とても喜んだ。

「コーヒーでも」

と、言ってくれたが、夜も遅いので断って僕のアパートへと帰った。

途中コンビニに寄り、週刊誌を立ち読みしていた。親子ずれが入ってきた。駄菓子やらペットボトルやらコンビニ中駆けまわって、子供達が買って欲しい物を探していた。

僕は、入口際で外を見ながら本を見ていたが、ふと横を見るとさっき来ていた子供の一人だろうか、僕の横で僕のマネをして本の立ち読みをしているではないか、僕は、気まずくなり缶コーヒーを買って帰ろうと、その子の後ろを通り過ぎようとしたら、その子が読んでいた本を下げ、僕を見た。そして

「オラ」

と言った。僕は、身震いがした。こいつ等、僕たちに付いて来たんだ。僕は、怖くなって何も買わずに、コンビニを出た。

ルイにも付いて来てないだろうか?心配になってきた。

僕は、携帯を取り出してルイに電話した。時々周囲を見回しながら、

「あ、ルイ、何か変わった事なかった?」

「全然」

「そう、良かった」

「何かあった?」

「いや、大した事じゃないんだ。何かあったら、いつでも電話してくれ」

「うん、ありがとう。おやすみ」

「うん、おやすみ」

ルイの方には、アイツ等はいないみたいだ。

僕は、足ばやにアパートへ急いだ。部屋の鍵を開ける時も辺りを見回し、誰もいないのを確認した。



部屋の明かりを点け、窓のカーテンを閉めた。

急いで歩いたので、喉が渇いた。手を洗い、ウガイをして、また回りを見回した。

「誰もいない。居る訳ないか」

僕は溜息をついた。そして、コップに水を汲み一気に飲んだ。

静かな部屋が、気味悪く感じたので、テレビをつけてみた。

バラェティー番組の笑い声が、部屋中響いた。

しばらく、テレビを見ていたが、僕は疲れていたので、そのまま眠ってしまった。



携帯の呼び出し音が、鳴っている。

眠い目をこすりながら、携帯を取ると、ルイだった。

「ハル、おはよう。こんなに朝早くからごめんね。まだ、寝てた?」

「うん、大丈夫。どうした?何かあった?」

「実はね、私、犬を飼っているんだけど、トイプードルのルルちゃんっていう名前なんだけど、朝の散歩に近くの公園に行ったのね。そうしたら、先に散歩に来ていた近所の、おじさんやおばさんたちがね、騒いでいたから、どうしたのかって聞いたらね、公園の桜の木、2~3メートルの木なんだけど、その木の枝に円盤がひっかかってる。って言うのね、それで、見にいったら、一人のおじさんが、家から虫取り網を持ってきて、その円盤を取ろうとしていたの」

「ええっ、円盤?」

「そうよ、それでね、円盤が急に高速に回り出して、木から外れて空に飛び出したかと思ったら、眩しい光を出して、すごいスピードで飛んで消えていったの」

僕は、ルイの話のお蔭ですっかり目が覚めた。

「円盤って大きかった?」

「木の枝にひっかかってる位だから、30センチから50センチくらいだったかな?」

「それは、偵察機かもしれないよ」

「偵察機?」

「うん、母艦がいて、そこから偵察機を出して、着陸する所を探していたり、何かを探したりしに来てるんだよ」

「そうなんだ。円盤がひかかっていた桜の木の枝、なにか焦げたようになってたわ」

ルイは、興奮が冷めないようだ。

「写メ撮らなかったの?」

「すぐ帰るつもりだったし、ルルちゃんのお散歩セット持っていたから、携帯を家に忘れて散歩に出ちゃったのよ」

大事な証拠写真を撮って欲しかった。だいたい携帯を忘れるなんて、携帯の意味がないと思う。女の人は、そこんところ甘い気がする。バッグの中に入れていて、着信に気づかなかったり、緊急の連絡が取れない。

「円盤、僕も見たかった。あの山の宇宙人と何か関係があるかも…」

「また来るわよ。きっと」

「そうだといいんだが。でも、ルイに何もなくて良かったよ」

「有難う、心配してくれたのね。今日は大学に来る?」

「うううん、今日は、休講だから一日、家で寝てるよ」

「そう、じゃあおやすみなさい。うふふ」

そうルイは、言って電話を切った。

僕は、ルイの話を聞いて、昔なら信じなかったかもしれない。

でも、アイツ等と会ってから、不思議なことが現実に起こって、UFOとかも信じるようになった。

僕は、ベッドに両手を広げてバ~ンと飛び込んだ。

ルイの電話で、すっかり目が覚めてしまったのだ。

顔を枕にうずめると、まるでアリジゴクに落ちて行くように、僕の体が砂と一緒に落ちて行く感じがした。

小さな時から、頭の中の整理がつかない事が起きると、こんな感覚に襲われる。

砂の中に落ちて、落ちて、いつの間にか眠ってしまうのだ。




夢の中の僕は、迷路の中にいた。薄暗い中を彷徨い続け、外に出たいとあせりにあせるのだ。走りまわって出口を探すのだが、一向に出られない迷路だ。

「うわっ!」と、大声を出して助けを求めてみたが、誰もいない。

走るのに疲れ、トボトボと歩き、薄暗くなって来た時、やっと迷路から出られた。が、そこには、大きな落とし穴が開いていて、僕は吸い込まれるようにその穴に落ちた。

夢の中で、僕は「こんな夢はいやだ」と言った。

穴は、どこまでも深く、そして暗かった。




「夢か…、またこの夢を見てしまった」

うつぶせに寝ていた体を上向きにした。天井を見ると、いつもの僕の部屋だった。

時間を見ようと、時計を掛けてある壁を見た。

「んん?」

何か緑色の物が、今、目の前を通った。

掛け時計の時間は、午後1時を少し回ったところだ。

部屋中見回したが、何もいなかった。

「少し疲れているのかな」

僕は、また目を閉じた。

カサっと、物音がした。「誰もこの部屋にいないはずだ」と僕は自分に言い聞かせたが、やはり少しおかしい。

物音は、カサカサとハッキリと聞こえる。思い切って閉じていた目を開けた。

すると、時計の掛かっている壁に、三段ボックスが置いてあるが、その上に小さい緑色の服を着た人形が置いてあるではないか。

「ボックスの上に、人形なんてあったかな?」

そう言いながら、ベットから起き上り、人形の側まで行って人形を持ち上げた。なんだか柔らかい人形だった。「妹の紀子が、置き忘れていったのかな?」そういえば、紀子が友達と買い物に行くとか言って出て来た時、僕のアパートに寄り、お袋からの野菜だとかの支援の物資を届けに来て、「へぇ~、案外綺麗じゃん」とか言って帰った事を思いだした。

「紀子の忘れものか」

僕は、そう納得して、何か飲み物を探しに冷蔵庫の方に行った。

前に、買ってあったペットボトルのコーラーのキャップを開けた。

プシュっといい音がした。

コーラーを飲みながら、もう一度時計を見ると、午後6時になっていた。

「んん?さっきは、確か1時過ぎだったよな?見間違えたかな?」

携帯の時間を確認すると、1時6分だった。

「んん?おかしいぞ……」

僕は、何だかキツネに騙されているかのようだった。

その時である、三段ボックスの上の緑の人形が、後ろ向きに立って手を伸ばし、時計の針を動かしているではないか。

僕は、驚きよりも、緑の人形が欲しくなって、どうにかして取ろうとした。

そっと近づいて、両手で捕まえようとしたら、さっきは、おとなしくまるで人形のように、僕に捕まえられたのに、後ろから捕まえようとした僕の手を振りほどいて、スルリと逃げて部屋の隅に行った。

「お前は、誰だ?」

「世間では、(緑のおじさん)と呼ばれている」

何と、日本語で答えた。

こいつが、緑のおじさん?そういえば、緑色の服、いや、ジャージのような衣装だ。

「どこから来た?」

「秘密だ」

「どうして、僕の部屋にいるんだ?」

「しばらく留守だったから、少し休ませてもらっていた。お蔭で助かった。もうおさらばだ」

「勝手に部屋に入るな」

「すまん」

そう言い残して、どこかに消えた。

部屋の、ドアを開けずに緑のおじさんは消えていった。



何だかおかしな事ばかり起きる。

お祓いでもしてもらわないと、僕に何か憑いているのかもしれない。

ルイに円盤の写メを見たかった、なんて言ったのに、僕も緑のおじさんの写メを撮り忘れた。

人は、びっくりした時は、咄嗟に何もできない事が判った。

とにかく、この部屋から外に出たいと思ったので、僕は夕方まで外をぶらぶらすることにした。



近くの本屋に立ち寄り、雑誌を見ていたが、隣で本を立ち読みしている人が気になり、もしかすると、またアイツが、「オラ」とか言ってくるんじゃないかと、周りをキョロキョロしている僕は、挙動不審者だ。

それで、早々に本屋を出た。

少しお腹も空いたので、ハンバーガー屋に向かった。

途中、電話が鳴った。ルイからだ。

「ハル?起きた?ねえ、今から遊びに行かない?」

「ああ、今、腹が減ったので、ハンバーガーでも食べようと外に出ているんだ」

「何処にいるの?」

「駅近くのマックルだよ」

「あ、わたしも駅の近くにいるわ。マックルに行くわ。3分で着くから」

「了解、待ってるよ」

ルイには、色々話したい事があったから、丁度いい。他の人に話しても馬鹿にされるだけだから…。

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