神話
遥か遠い昔の話
未だ何も存在しない世界の中心で
物語は静かに語られ始める
世界を創った神達は
地上を彩るものを
地を駆けるものを
水中に漂うものを
水に住まうものを
空間を泳ぎ渡るものを
空を飛ぶものを
世界を豊かに彩る
様々な言葉持たぬものを創りあげた
次に創ったのは言葉持つもの
最初に創りだされたのは三つの存在
<運命の観測者>
創られた姿は
二本のまっすぐ伸びた角と一対の翼もつ凛々しき形
また同時に異なる姿をも持つ
それは天地を喰らうほどの雄々しさ秘めた
百の獣を合わせた勇猛なる姿
<孤高の調停者>
創られた姿は
角を三本持ち二対の翼に不可視の翼を持つ威容
同時に持つ千の異なるその姿は
定まらぬゆえに見るものに多種多様なる思いを抱かせる
<忘却の先導者>
先の二者と違い異なる姿を持たず
整った顔立ち以外さしたる特徴を持たぬ
だがそれ故か創られた姿は
全ての種族を魅了する優美さを秘めたものとなった
始まりの者達に神は道具を与えた
<運命の観測者>の手に掲げられしは天秤
<孤高の調停者>の手に握られしは剣
<忘却の先導者>の手に掴みしは杖
神は世界をこの三者に任せると
新たなる世界を創るべく旅立った
後を任された三者
それぞれがまず最初に創りしは自らに似た生き物を
<運命の観測者>は<竜>を
<孤高の調停者>は<魔>を
<忘却の先導者>は<人>を
それに続くように次々と
時には一人で 時には協力し合い
言葉操るものも そうでないものも
地に立ち駆け巡るものも
水の中を泳ぎ住まうものも
空高く舞い上がり舞い踊るものも
多彩にして多種多様なる生き物が創られた
地上を様々に彩る生き物たちを創りあげた三者は
最後に人間を創った
三者は世界に生き物が満ち溢れるのを見届けると
最初に創りしものにそれぞれ王を定め
世界にその身を横たえると
その姿はゆるやかに解け消えた
王を定められた三者の一族
それぞれ自らの一族をこう名乗った
<竜>は<竜族>
<魔>は<魔族>
<人>は<人族>
地上に残された様々な生き物たち
様々な変化を見せながら関り合いを持ち
時には諍い
時には協力し合い
生き物たちは世界をめぐる
王を定められた一族
<竜>は知識と知恵を使い全てを見つめ
<魔>は力で以って全ての有り様を平定せしめ
<人>はただ静かに全てを導いた
そうした平静の時がどれほど流れただろうか
創りあげられた生き物たちは
変化し 進化し 退化しながら
世界に広がってゆく
<竜>はもうひとつの姿で空を駆け世界を見つめ
<魔>は様々な姿形を映し出し周囲に溶け見つめ
<人>は変わらぬ姿で全てを見つめた
変わらぬ世界
だが確かに変化はある
ささやかな変化
時には大いなる変化
変化は確実に世界に住む全ての生き物を飲み込んでゆく
<竜>は些細な変化に視線を向ける事は無かった
<魔>は変化に気づきながらも静観した
<人>は移ろう時の変化に何かを察した
時の流れは残酷
されど時は無情に流れ行く
時は移ろい
生き物たちの感情も移ろう
時代の流れと共に
それぞれの在り方も移り変わる
<竜>は争いの種を静かに見つめ
<魔>は時に諌め時に諍いを増長させ
<人>は変わらず導きそして守った
歯車が狂い始めたのはいつの頃からか
気付けばそれぞれの種族は互いに相争うようになっていた
種の存続を守るため
己が楽しみのため
様々な思いを抱き他を淘汰すべく
種族の広がりと共に争いの種火は広がり行く
特に人間の増加は目覚ましいものであった
他の種族と違い特筆すべきものを持たない代わりに
知恵と知識を駆使し
その繁殖力でもって世界に一番広がりを見せた
<竜>は冷ややかな視線を向け時に爪牙をふるい
<魔>は己が考えのままに自由に場をかき乱し
<人>は二者の行いを諌めるに止めた
争いの種は大地に生きる者達全てに飛び火する
誰もが各々の思惑のままに動き始める
己が欲望のままに
己が信念のままに
互いを助け 撃ち滅ぼし
互いを傷つけあい 癒しあった
誰にも止められない
時代は変化し
地上に住まう者達も変化し続ける
留まる事を選ぶものも 進み続ける事を選ぶものも
終りを迎えるものも 新しき始まりを迎えるものも
変化は留まる事を知らず
その変化は次第にはじまりの三族をも飲み込む
始まりの三族は気付いていた
時とともに薄れゆく記憶と記録
そして血と力
自らの衰退を感じ取るからこそ選択する
<竜>は長き寿命と力を保つゆえかその数を減らし
そこに自らの種族の限界を悟る
故に在り方を変え生き延びる手段を講じた
そして己が姿が恐怖を抱かせるならばと
容易き侵入を拒む地の奥深くへとその姿を隠し
穏やかな時の流れに身をまかせ
緩やかなる変革の道を選んだ
<魔>は様々な形持つものに分かれるも
果ては各々の形持つ者達がそれぞれの理を持つにいたり
それゆえか同族での諍いが絶えず
大いなる力を保ちつつも数を減らすに至る
なればと百八の監視者を定め世界に千々に散らばり
種に存続と滅びを齎した
監視者は後に王と呼び名を変えた
<人>は何も持たなかったが故か
他の二族の持ち得ない力を持った
それは先を見通す目
数を増やしたが故か薄れゆく血と力
だがそれでも大いなる力を保ちながら
変わること無く自らの住まう大地を治め続けた
見通した未来に何が待つのか
一族の行く末を知るからこそ静かに時を待つ
先の未来に訪れるものが何なのか
それは誰も知らぬもの
未来は現在を生きる者達が紡ぐもの
それ故に先の物語は誰にも語る事は出来ぬ
ただ語ることのできるのは
<竜>は種の存続を願うべく在り方を変え 時折姿を現すに留め
<魔>は個々の意思で世界に広がり 時に気まぐれの裁定を下した
<人>は自らの最期を知るからこそ 静かに時を待ち目を閉じた
流れる時の先に訪れる未来
今はまだ語る時ではない
ただ語れるのは
先の未来を紡ぐのは
始まりを紡いだこの三族ではなく
世界を席巻した人間
そして物語は次なる時代へと紡がれる