錬金術師
*
穴の中にテーブルが見えた・・・・。
「おい、目を開けろって。」
「ん?レコードは見つけただろ?」
「いやもうそれは終わってるし。なにボケてるんだよ。ほら周りみてみろよ。」
自分と南は狭い小部屋の隅に寝そべっていた。
「汚らしい部屋だな。」
窓もないと顔をしかめる南と向かい合って、ぼろっちいテーブル。
「でもさ、ほら、ソーセージとパンとコーヒー。」
起き上がってテーブルを見ると軽食が用意されている。
「ファーストフードみたいな ・・紙パックに入ってる。」
食べれるのか?これ?南がつまみ上げたソーセージをかじろうとして、ひょいっと避けられる。
「なんでも、得体のしれないものを食べようとするな。」
「得体のしれないって、ただのソーセージじゃん。」
何が入っているかわかったもんじゃないだろ、お前は椅子に座って大人しくしてろとか言われて、食べ物を部屋の隅へ押しやる。
二人でしばらくぼうっとしていて、部屋を眺めまわしたけれど特に変なものは見当たらなかった。ただドアが一つしかなくて、南と二人で引っ張ってみてもドアが開かないってことだけ。
「閉じ込められたのかなぁ?俺たち」
その割には恐ろしく危機感がなかった。自分たち以外は誰もいないせいか、自分たちしかいないから危ないのか?
「南、あのパンとソーセージ、」
「食べさせないよ。」
「やっぱりか。」
「やっぱりだよ。」
「暇だな。」
「暇だな。」
しばらく待って見た。何も変わらない。ドアをもう一度開けてみるべきか?それともいっそ寝るべきか?
しかしバンっと乱暴な音とともにドアは開いた。入ってきたのは男が一人。なんというべきか・・・小部屋にぴったりというべき小汚らしさで、着ているコートにもやたら染みが付いているし、ゴミ箱から拾ってきたのかと思うほどボロイ。ひどいな。
男は入ってきたものの、自分と南は無反応にやりすごした。ともかく汚いとまず感じたもののいちいち初対面の相手にそんな言葉をぶつけるほど不躾でもない。
男は自分と南を見つけて、さも意外そうに眼を見開くと、案外人がよさそうににやにやと笑ってみせた。だめだ。いくら人がよさそうでも自分には好きになれない。
「君たち何してるの?こんなところで?」
男が私たちを交互にみて、なぜこの場に知らない人間がいるのかさっぱりわからないという顔をしてみせた。それだけで男は自分たちがここにいることとは無関係で、無害なのだろうとはわかる。
「おれたちは気づいたらここにいたんです。ここどこだかわかりますか?」
南が極めて順当な質問を投げかけると、男はわかるよ、わかる、みたいにやたら頷きながら南の肩に手をのせた。
「そうだな。俺も君たちくらいの年のころには自分がどこにいるのかよく分からなくなっていたものさ。気づいたらあっちこっちに飛ばされて。あの頃はそれが本当にやっかいだと思っていたものだけど。いや、しかしだよ、若者。そんな風にふらふらしていられるのも若さの特権だ。今の内にいろんなものをみて、いろんなことを体験しておかないとな。でないと、おれみたいに。」
男は肩から提げているバッグがずり落ちるのかしきりにバッグを気にしながら話していたのだが、結局話の途中で気を取られて中身をぶちまけた。
自分は南と違って優しいから中身を拾ってやる。しかし手を伸ばして驚いた。バッグから出てきた石ころは金色の・・・まさか本物の金の塊なのではないだろうか?
その他には、やっぱり汚いタオルとか絵具のチューブみたいなやつとか、コンパスとか、がらくたみたいなものばかりだったのに、金だけやたらと大きいし目を引いた。
「お嬢ちゃん、ありがとうね。ちょうど今から納品してくるところだったものだから。」
納品?この中にどこかに収めるような品物があるのか?
「ああ、俺は錬金術師をやっているからね。お嬢ちゃんくらいの年の子じゃあ、あんまり知らない仕事かな?」
なにしろ仕事が半端じゃないからねぇとか、なんとか当たり前のようにしゃべる男に引いた。なにいってるんだ?この人・・・。
「名前は少し聞いたことがありますけど、・・・えっと本当に錬金術って言いましたか?」
「ああ、そうだよ。そうか、お嬢ちゃんは錬金術を聞いたことがあるか。偉いねぇ。若いうちからいろんな仕事を知ってるっていうのは、まったく素晴らしい。」
勤勉な子なのだね、とか、この男がべらべらとしゃべっているのは本当にどうでもいいんだ。南は無言で男の様子を見ている。最悪、この男がどうしようもない奴だったら自分を連れて逃げだす気だ。南が自分の右手をそっと握ってきたからわかった。
「いえ、でもおれたち錬金術なんて今でも仕事にしている人がいるなんて聞いたことないんですけど。」
南は男に対して自分も聞きたかったことを無難に質問して見せる。
「あっはっは。そうか君たちは。ファンタジーとか、なんとかそんなのを想像しているんだね。まったく、本当にそんな仕事だったらどんなにいいいか。」
快活にみえた男はよくよくその表情を見るとひどく疲れがその顔にも表れている。
「そうだよねぇ。若い子たちに錬金術なんて言っても、そんなのしか連想しないもんなぁ。俺もそうだった。しかしね、実際の錬金術の現場の過酷なこと、だよ。君たち将来いくら金に困ったからと言って絶対にこの仕事は選ばない方がいいぜ。だいたいそうなんだ…、金目当てになりふり構わず仕事を探すような大人になったらろくな職はない。俺のやってる仕事なんてなぁ、日々の生活と引き換えに寿命を切り売りしているようなもんなんだ。」
南も自分もいやに真面目になってきた男の話を振り切ってここを出て行くこともできなかった。気のりはしないが、最後まで聞くしかあるまい、南もそんな顔をしている。
「はぁ、錬金術なんて聞こえのいい名前を語ってはいるけれど、俺のやってる仕事なんて金を引き延ばしているだけさ。俺にいわせりゃ、まがい物だよ。あんなのは。しかもこの仕事を受け持つ人間は皆早死するんだ。魔術のせいだなんて言う奴もいるけどね。
理由がわかったってあいつらが俺たちに教えるもんか。この間くたばったじいさんは水銀がどうのって言ってたけど、何が理由でもこの際、あの連中にとっちゃ些細なことだよ。どうせやばい仕事はその辺のろくでなしにでもさせておけばいいって思っているんだからな。魔術のせいだろうと、水銀だろうと、結局自分たちが手を汚さない限り構った事じゃないさ。」
男は吐き捨てるように、そこまで話し込んでため息をついた。
「すまなかったね。君たちを引きとめてまで聞かせるような話じゃないよ。くだらない愚痴に付き合わせた。」
「いえ、そんなこと・・・・。」
「君たちはまだ十分若い。今からなんだってできるさ。自分ではそう思っていなくったって、な。俺みたいにならないでくれ。」
南も自分もこの男になんて声をかければいいのか、どんな言葉で慰められるのか、わからなくて困惑した。
「・・・きっとあなたが作ったその金はどこかで役に立ちますよ。」
南がぽつりといったのに、男は笑った。
「君たちは本当にいい子たちだ。将来のことを考えてみろ、すごい人間になれるぞ。さてな、俺もそろそろ急がないと、店の親父が時間にうるさくてねぇ。」
「気を付けてくださいね。落さないように。」
自分が拾った布切れを男は大事そうに受け取って
「そこから出るといい。君たちと話せてよかった。気をつけてな。」
片腕を上げると歩き出す。
「おっと、忘れるところだった。お嬢ちゃん。」
呼びとめられて、振り返った手に紙袋を握らされる。
「お嬢ちゃんは大事なものをなくさない人間だ。わかるだろう?」
手にした紙袋に入っているものはなんだろう?さっきテーブルの上にあったソーセージとパンが思い浮かぶ。いや、でもそれは部屋の片隅に。