記憶の旅
南と自分は流されて、砂場の上に投げ出されていた。
「ここはどこだ?」
南と辺りをきょろきょろと見渡すと、近くには小さなバンガローとターコイズ色の水面。
「ここバリだ。」
「バリ?」
なんでまたそんな場所に?という南の怪訝な顔に、はっとした。
「そうだ!この間本で読んでいいなぁと思ったんだよ!バリ旅行。ここ、その写真にそっくりだ。」
「ってことは朱音の夢の続きなんだな。」
「たぶんね。なんだか、時間がゆっくりしててさ。好きな本を読んだり、隣のバンガローには南がいて・・・」
「そうか、いつか来れたらいいな。」
「・・・・」
「どうした?朱音?」
口に出して驚いた。自分は、将来バリに行きたくて、当然のように南と一緒に旅行したいと思っていたのだ。
「まぁともかくここだったら、しばらく過ごすことになっても嫌な気はしないな。朱音もそう思わないか?」
「…帰る。ここにはいられないから。」
これ以上は考えたくなかった。すぐにここから離れなければ。何も考えていないような南にすらいらついた。
「おい、帰るって、どうやって?」
「南にはこれ以上話せない。話すつもりもないからな。」
「ちょっと待てよ!俺を置いていくなって!」
南の声が遠ざかってゆくのを感じて安心する。自分の体が何かに連れ去られるように移動していった。体に伝わるかすかな振動は、自分が記憶している何かに似ている…。
朱音side
たばこくさい。ここは父の車の助手席だ。音楽が流れている。これは…“太陽がいっぱい”だ。
「あら?起きたの?夢を見ていたでしょう。」
寝言を言ってたわよ、母親の声が聞こえる。
「お母さん、今ね。南と一緒に旅してるんだよ。」
後ろを振り返るといくらか若返ったような母親が乗っていた。隣で運転しているのは父で、いつも通り家族でそろって仕事に回っているのだ。
「あら、この間までゆうきくん、ゆうきくんっていってたくせに。南くんとはたいして仲良くないでしょ?」
「いつの話してるんだよ。ゆうきくんはとっくに転校しちゃったしさ。それに最後の方はそんなに仲良くもなかったんだよ。」
「そうなの。今度お母さんにも紹介してよ。まだ家に呼んだことはなかったでしょ?」
「…そうだね。そのうちね。」
「もう新しい彼氏ができたのか?」
「お父さん、たばこ吸うのやめてよ。それに彼氏とかじゃないんだって。」
しぶしぶ父がたばこを消すのを見ながら、自分が何か忘れているような気がした。けれども、それでいいのだろう。しばらく目をつぶって、音楽を聞きながら窓の外を見つめた。
懐かしくて居心地がよくて気分がよかった。
「南とはそんなに仲良くなかったけどさ。今はそうでもないんだ。意外に優しいんだよ、南は。」
「それはよかったわね。」
「うん。本当によかった。」
「ちょっとねるね。」
たばこの匂いが遠のいていく。鼻孔にかすかな水のにおいを感じる。これは何の水だろう?どこかで嗅いだ事のある…。
「そうか、ここはプールだ。」
自分にとって最も懐かしいプール。昔通っていたスイミングスクールの屋内プールに、自分は一人浮かんでいた。