20話 コロシアムとクイン
-----ぐちゃり、と肉の潰れる音が静まり返ったコロシアムに響く。
すでにクインの対戦相手はその原型を留めておらず、唯一無事だった頭部も先程潰されたため元の種族が何だったのかを知るのは不可能だろう。
先程のシード戦であるドラグノア戦が血を滾らせる熱い戦いだとすれば、クイン戦は血を凍らせる恐怖の戦いだった。
俺の動体視力でようやく追える程の速さで動き対戦相手の背後へ回ると、その膨れた尻尾の先についている毒針を突き刺し相手を動けなくする。全身を弛緩させる強力な麻痺毒はそのまま放って置いても刺した相手を死に至らしめる。
通常ならそこで試合終了となるはずだったが、バニーガールが勝利を宣言しようとした瞬間背筋を凍らせるような殺気がコロシアム全体を包み込んだ。
その殺気に当てられたバニーガールは気絶。
その後にクインによる解体ショーが始まったというわけだ。
握りつぶした頭部を掲げ、ケタケタと笑っているクインを改めて観察してみる。
種族はプレデタービー、その女王。
部下達よりも一回りほど大きく、人間の成人男性ほどの身長がある。
黄金に輝く髪に黒のストライプが入ったそれをセミロングほどに伸ばし、整った顔立ちに蜂と変わらない黒一色の複眼。
鼻や口などの各パーツは小さく感情を感じさせないその眼もあり、冷たい印象を抱かせる美貌だ。
人間と同じような肌をしているが、その顎と耳の間からはアント族と似た様な大顎が生えている。
その身体は黄色と黒の縞模様をしたキチン質の甲殻が肩から先、背中から脇腹、腰から下にかけて覆っている。
特徴的なのはその腰で、異常とも思えるほどに細い。
その腰部分---正確には腹柄という---から先には尻尾(ここが本当の腹部)があり、産卵管と毒針を兼ねた複合構造の針がある。
これが数千の部下を従えるプレデタービーの女王。
その実力も魔王軍幹部と言う名に恥じない実力の持ち主だ。
特にスピードには眼を見張るものがある。
さっきから俺の膝の上に座っているシアが、爛々とした目でクインを見つめているのが嫌な予感しかしないが・・・。
けんかを売りに行かなければ良いが・・・。
これで今大会出場者全員を見ることが出来た。
俺個人の予想だが、優勝はドラグノアで決まりだろう。
クインも強いが、ドラグノアとは相性が悪すぎる。
スピードではクインが上だろうが、クインの攻撃の殆どがドラゴーネであるドラグノアの甲殻を貫けない。
唯一ダメージを与えられる針ですらも、ドラグノアの状態異常耐性の高さゆえに『刺した』以外の効果が与えられず、逆に刺す事によって止まった所を返り討ちにされるのが関の山だろう。
何故、数を最大の武器とするプレデタービーのクインがこの大会に参加したのかが良く分からない。
ドラグノアに勝つ奥の手があるのか、または他の目的があるのか?
このあたりは考えても仕方が無いか。
今考えなければいけないことは、オーゼ対クインの事。
本人には言いにくいが、勝ち目は・・・。
「しょ、勝者、クイン選手!」
先程とは別のバニーガールが出てきて勝利宣言を行う。
怯えているのは仕方が無いか。
その宣言が終わりクインがコロシアムから去った後、会場からは安堵のため息が漏れる。
これが本日最後の試合で良かった。
この雰囲気では試合が続いたとしても盛り上がりに欠けただろうからな。
「では、帰ろうか。オーゼと話をしないとな」
「ふむ・・・露天で買い食いも必要じゃな」
「それも、まぁ、楽しみの一つではあるんだがね。・・・じゃあ、今日の夕食は露天で買って宿で食うか?」
「賛成じゃ!」
帰る前にコロシアム係員に金貨を握らせ、先程のクインの対戦相手の血を手に入れておいた。
オーゼのためにも毒に対する備えは必須だ。
俺達は帰りに露天で肉類と魚介の串焼き、パンに根菜類と魚の切り身を炒めて甘辛いソースを塗って挟んだ惣菜パン、豆スープ、ライチに似た果物を購入し宿へと帰宅した。
ちなみにオーゼの分は屋台に頼んで宿まで届けてもらっている。
ケンタウロス族全般に言えることだが、食べる量が尋常ではなく多いため手で持てるくらいの量では全然足りないのだ。
宿の食堂を借りて露天飯を広げていると、オーゼが帰ってきた。
ホロウを警護に回しているため別行動が可能だが、試合が終わった後は出来るだけ早く宿に戻るように言っているのだ。
どうやらコロシアムのほうで汗と汚れは落としてきたらしい。
ふんわりと香油の良い香りがした。
「おや、美味しそうだね。自分の分もあったりするのかな?」
「ああ、届けてもらう事になっている。もう少し待っててくれ」
「・・・冗談だったのだけれどね、そう言う事なら好意に甘えさせてもらおうか。あ、店主、蜂蜜酒を1壷、あとは塩漬けキャベツの千切りを2キロほどお願いするよ」
これだ。
基本的には菜食なのでそれほど高い物ではないのだが、量が常にキロ単位なのだ。
俺が知っているキャベツよりも、この世界のキャベツは一回りデカイ上に固いので基本的に生で食べる事はない。
煮たり蒸したりして柔らかくして食べるのが基本になっている。
塩漬けで食べるのは、あくまでも冬などの野菜が取り辛い時期の保存食としてだけだ。それですら、茹でるのが普通だ。
その固い塩漬けキャベツを2キロ、1玉丸々食べるのだからその食事量の多さが窺える。しかもこの2キロの塩漬けキャベツは、アルコール類のおつまみにしか過ぎない。
食事はまた別なのだった。
「まいど~、ご注文の品おとどけにあがりやした~」
「ああ、こっちだ。このテーブルに置いてくれ」
そうして届いた屋台物は6人用テーブルの3分の2を占める。
そこへ蜂蜜酒と塩漬けキャベツが届き、テーブルは全て食料で埋まってしまった。
「さて、では頂こうか」
「すごい量じゃな。食いきれるのかの?」
「いつも食べている量だからね、キミ達オルカ族も結構食べると聞いているよ?」
「さすがにこんな量は食わぬわ。まぁ、原種に近い奴等は体格もデカイからのう、量としてはこれくらい食うじゃろうが、体格比として考えればお主のほうが異常じゃろ」
「ふふ、そうだね。自分達ケンタウロスはエネルギーの消費効率が悪いのかもしれないね」
それぞれ食べたいものをどんどんかき込んでいく。オーゼは壷に直接口をつけて蜂蜜酒をゴクゴクと飲んでいた。普通は木のコップへ注いで飲むものなんだがな。
「プハッ!店主、クラムエールを1つ壷で頼むよ」
3リットルほどは入ろうかという壷をあっという間に飲み干すと、オーゼは次の酒を頼んだ。
その合間にキャベツを口に運び、バリバリと噛み砕いている。俺も一口貰って食べてみたが、キャベツの芯を千切りにしたかのような固さだった。
これを3口も食べれば、顎が痛くなる事請け合いだ。
「このキャベツは歯応えが美味しいね、そう思わないかい?」
「固すぎるところを除けば美味しいな」
「そうかの?そんなに固いとは思わぬが」
「シアはその鋭い牙を人間と同じ歯として考えるな。その牙とシアの咬合力が合わされば、大概の動物の骨ごと噛み砕くだろう?」
「それもそうじゃな」
あっさり認めたシアは串焼きを頬張ると串ごと噛み砕く。木ではなく骨を削って作られている串だから良い様なものの、あまり褒められた食い方ではない。
そんなやり取りの最中でもオーゼはキャベツを食べ続け、すでに半分以下になっていた。
食うの早過ぎだろう。
「ああ、そうそう」
「なんだ?」
「キミの意見を聞きたかったんだよ。クインと自分との試合、その勝率はどれくらいだと思うかな?」
食事中に聞いてくるか。
明るい話題になることは無いから、せめて食後にしたかったんだがな。
「あ~、うん。そうだな。確かオーゼには奥の手があったはずだよな?それ次第じゃないか?」
「ふふ、気を使わなくても大丈夫だよ。奥の手なんて考えずに今の状況で言って欲しい」
今のオーゼの実力か。今日の試合で見たのがオーゼの実力、いや全力では無かったとしても……。
「0だ。今の状態じゃ何があっても勝てない」
「やっぱりね。参考までに聞いておきたいんだけど、キミやシア君が戦ったとしたらどうだい?」
「毒対策さえしていれば勝てる」
「さすがに魔王様を倒した勇者なだけはあるのだね。キミが強いのは分かるんだけど、シア君が強いのは不思議だね。オルカ族は陸上ではそこまで強くなかったはずだけど?」
「ああ、それはだな……昨日オーゼにやったのと同じ方法だ」
なるほど、とオーゼは頷きながらまたキャベツを頬張りむぐむぐと咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「では、自分も明日一日ヤリ続ければ強くなれるのかい?」
「ブハッ!……唐突だな、魔力の上昇はそんなすぐに効果を発揮しない」
「だけど、自分は昨日の今日である程度の魔力が上昇しているよ?」
「昨日の分の魔力上昇は、あくまでオーゼの使われていなかった分を活性化させるために使われただけだ。俺の魔力を直接上乗せすれば大変な事になる」
「大変なことか、魔力酔いとかかい?」
オーゼの発言に、シアが蜂蜜入りリンゴジュースを飲んでいたコップをスッと差し出す。
「このコップに蓋をして、ドンドン水を詰めていくとどうなるかの?」
「え?それは……蓋の隙間から溢れてしまうんじゃないか?」
「ふむ、注いだ水は零れないし溢れない、入るだけじゃとすると?」
「……コップが割れる?」
「そうじゃな、内側から破裂するように壊れるじゃろうな。で、じゃな。ナオエの魔力をそのまま注ぐと同じ事がワシ等の身体で再現されるのじゃ」
おぉ、オーゼが引いてるな。
「だ、大丈夫なのかい?え?あれ?でも上昇するって事は注がれているわけで……大丈夫なのかい?」
「落ち着け、調整しているから大丈夫だ。あとな、魔力上昇自体は可能だが先程のシアの説明通り一度に大幅上昇は無理だ。長い年月をかければ可能ではあるがね」
「長い年月というと、少しづつ増やしていく感じになるのかな?」
「ああ、俺の魔力を相手の魔力に少しづつ馴染ませていくんだよ。魔力を受け渡す魔術があるだろう?あれの永続版だと思ってくれれば良い。ただし、許容量を超えると身体が耐えられないから相手の魔力を拡張させながら流し込むのを繰り返す必要がある。そのままだとまた元に戻ってしまうから、拡張させた状態で安定するように継続的に続ける必要があるんだよ」
「え~っと、つまりどういうことなんだい?」
「つまりじゃな、魔力を増やしたかったらナオエに長時間抱かれるのを長期間繰り返す必要があるというわけじゃな」
短時間での大幅パワーアップなど、夢のまた夢、世の中そんなに甘くない。
「そうか、明後日の試合までに強くなるのは無理という事だね」
「出来るぞ?」
「「え?」」
俺とオーゼが同時に声を上げる。
コトを行う俺自身でも、そんな短時間で魔力増幅なんぞさせれないのだが。
「この前完成した異次元封印結界を使えばよい。じゃが魔力の上昇を目的にすれば肉体回復はしないほうが良いじゃろう。元に戻ってしまうからの。これを今日から明日まで使い続ければ15日ほどは時間が取れる。その間し続ければそれなりには魔力が上がるんじゃないかの?」
「ああ、あれか。だが良いのか?オーゼにだって心の準備というものが」
「構わないよ?食べ終わったらさっそく始めようじゃないか」
何というか、随分と軽い。
「不思議かい?まぁ、なんというか、自分達ケンタウロス族は好色な種族でね。自分もここまで抵抗無いとは思わなかったよ」
ハハ、と笑いながら告げるオーゼの目には暗い感情が一切無い。
本心か?
「いや、本当だよ?今日だって試合中に昨日の事を思い出してしまって足が震えて大変だったからね」
そう言うとオーゼは手にしていたエールをグッと飲み干し、シアに向かって微笑むと
「今度はシア君とも一緒にしてみたいのだが、良いよね?」
そう、発言した。




