16話 シアとオーゼ
「勝者!ケンタウロス族オーゼ!」
アナウンサーのハーピーが宣言すると、コロシアム内の観客達から地面を揺らすほどの大音声が響いた。
この広大なコロシアムに声を響かせるため、ハーピーは拡声魔術のかかった専用部屋での実況を行っているようだ。
オーゼを助けてから4日が過ぎ、今日は栄えある魔王決定戦の初日。
このコロシアムは3階構造になっており、外周約500メートル、収容人数3万人の巨大施設となっている。
その巨大建築物が震えるほどの大歓声。
実際にこのコロシアムは満員御礼であり、立ち見ならぬ飛び見まで出ている始末だ。
その第4試合、大観衆の前に素顔を晒しているオーゼは出場すると同時にこの人気だ。
整った顔というのは人、人外、魔族どれにとっても人気らしい。
というか、俺の隣に座っている人型のカナブンはオーゼの顔を見てどう感じるのだろう・・・。
さっきの試合に出てたオーガやらリザードマンには、ここまで騒いでいなかったじゃないか。
この世界の美的概念は良く分からないな。
ちなみに、俺達が座っているのは3階部分の西側・・・出場者の出入り口の真上だ。
出場者はこの入り口から出てコロシアム中央へ向かい、また試合を終えるとここへ戻っていく。
「なんじゃ、意外と強いではないか。あのケンタウロスは」
フードとマントで全身を覆ったシアが、俺の膝の上からこちらに振り返って話しかけてくる。
俺の格好も似たり寄ったりで互いに表情などは見えづらいが、それでもシアが不思議そうな顔をしているのが想像できた。
バランスが悪かったのか少しづつお尻を動かし、座り直すシア。
座るのに邪魔な尻尾は、股から前に向かって垂らしそのまま俺の膝に腰掛けている。
こんな状況になっているのは、あまりにも大会が盛況すぎて席が1つしか取れなかったためだ。
「そうだな、相手のクラゲ頭も結構強かったのに寄せ付けなかったのは驚いた。あの重装甲でランス突撃中に相手の攻撃を盾で弾くというのはケンタウロスならではか」
「ふむ、しかしこれほど強いならどうして以前はあの程度の連中に苦戦しておったのだろうな?」
「場所と武器の所為だろうな。いくら強いとは言ってもケンタウロスは騎兵なんだよ。いくら整備された道でも少し道から外れれば走り回れない森の中、上空を攻撃するには重過ぎるランスと不利な条件がかさなっていたのが原因だろう」
「そういうものかの?苦手な地形など克服すれば良いだけではないか?」
「水棲のオルカ族なのに陸上で過ごしても平気、10メートルとはいえ空を飛べる規格外が言うと説得力がちがうなー」
そんな話を続けている間にも試合はどんどん進んでいく。
さすがに魔王を決める大会だけあって実力者が揃っているため見ごたえがある。
一応観客席には数十人単位で力を合わせた結界が張ってあるらしいが、時々それをぶち抜いて観客に被害が出ているが帰る者は皆無だ。
「ナオエは誰が優勝すると思うのじゃ?」
「シード枠の幹部連中の試合をまだ見ていないから何とも言えないが、有力なのはケンタウロスのオーゼ、バンダーハウル、ナイトウォーカーくらいか。とは言え本命は幹部連中だろうな」
「幹部と言うと、昔戦ったドラグノアのことかの?」
「他にも戦ったヤツはいるが、今回の大会に出場しているのはそのドラグノアとプレデタービーの女王だな」
この前オーゼが襲われていた時にいた蜂型の魔族とカマキリ、あれはプレデタービーの女王が送った刺客だろう。
予想と言うよりも確信に近い。
何故なら他の参加者に、あのレベルの虫型の部下を操れそうなヤツがいない。
虫型の魔族や人外は、その行動理念において種族毎の特性を重視する者が多い。
力や金だけでは従わない事が多く、完全な閉鎖社会を作っている場合もある。
問題は、オーゼ位の実力なら幹部連中には敵わないはずなのに何故妨害したかと言う事だ。
まぁ、今はそんな事を考えても仕方が無い。
すでに大会は始まっているのだ。
オーゼが助けを求めてこなかった時点で、俺に出来る事は無くなっている。
後は見守るのみだ。
そんな事を考えているうちに本日の試合が全て終了する。
シード組である幹部連中は明日からの出場になっているため、今日はもう見るものも無い。
今日はもう宿に帰るとしよう。
とは言え、宿で出る食事などは基本的にパンと野菜のごった煮、何の肉か分からない丸焼きだったりするので食事はどこかで食べて帰ることにしよう。
その事をシアに伝えると、嬉しそうに頷いたのだった。
「満足したか?」
「うむ!美味かったのう!」
俺達が入ったのは、サレムでも一番の高級料理店『エビに逆エビ固め』という料理屋だった。
新鮮な海産物を中心に提供している店で、店名の通りエビが自慢との事だったため一通り注文してみたのだが、これがまた美味かった。
特にカリムロブスターという体長1メートル程のエビが絶品で、プリップリの食感に歯を立てた際の繊維を噛み切る歯ごたえが堪らなかった。
何よりその大きさのため量が半端ではなく、エビだけで腹いっぱいになるという貴重な体験をする事が出来たのが嬉しい。
シアなどは3匹も平らげていた。
勿論値段も凄かったが・・・シアが喜んでくれるなら幾らでも出そうではないか!
しかし、料理人がカニ型の人外だったのが引っかかるな・・・同じ甲殻類でもカニ系の食材を置いていなかったのだ。
エビと仲が悪いとか?
まぁ、深く考えないでおこう。
その後もお祭り騒ぎの街中を、露天を冷やかしながら宿までの道程を進んでいく。
露天が続く一角にを過ぎた薄暗い路地に人だかりが出来ているのが見える。
「んむ?なにやら騒いでおるの。喧嘩か!」
「口元を砂糖で汚しながら目を輝かせるんじゃない」
先程買った揚げ菓子を頬張っていたシアの口元をハンカチで拭うと、シアに連れられて騒ぎの元へ向かう。
さすがに人外や魔族の街だけあり、デカイやつが多く前へ行かないと見えそうも無い。
人垣を掻き分けつつ進むと、人垣の中心にはオーゼがナンパされていた。
「闘技場で戦う姿を見て惚れましたっす!付き合ってください!」
「ギュ、ギュチチ!ギュギュギュギャ」
おぉ、サル顔の人外とカナブンにナンパ・・・というより告白されてる。
というか、あのカナブン何言ってるのか分からん。
まさか、コロシアムで俺の隣にいたやつじゃないだろうな。
「あ、いや、すまない。自分はキミ達を知らないのだ。いきなり付き合ってと言われても困る」
「ではお友達からお願いしまっす!」
「ギュギュチ、ギューギュギ」
「あ、いや、その、う~~。・・・あっ」
その様子を見ていた俺を、オーゼが見つける。
フードとマントを付けているので分からない筈・・・と思いきや、シアがフードを外してまた砂糖菓子を食べていた。
「・・・待ってたよ!いつまで待たせるつもりだったんだい?さ、早く行こうじゃないか」
「へ?まさか、俺を巻き込」
「さあ!行こうか!」
そう言うとオーゼはシアを抱き上げ馬の胴体に乗せると俺の腕を取り、野次馬を掻き分けながら逃げるようにその場を移動した。
その際周りの野次馬から俺に向けてとんでもない量の殺気が飛んできていたが・・・。
そのまま引っ張られながら移動する事数分、人通りの無い裏道に連れ込まれた。
「確かに手助けするとは言ったが、これはどうなんだ?」
「すまないね、困っていたもので思わず・・・ね?」
「良いではないかナオエ、ワシは楽しかったぞ!」
オーゼの背に乗っているシアがすごく良い笑顔で笑っている。
普段何かに乗るということの少ないシアには良い余興になったようだ。
尻尾のせいで普通の馬などには乗れないという理由だが。
「シアが楽しかったなら良いか・・・。オーゼさん、大会の出場選手は専用の宿舎があるんだろう?何故あんなところに居たんだ?露天で買い食いか?」
「ああ、それなんだが実は本当にキミ達を探していたんだよ」
「俺達を?」
「ああ、キミ達を・・・と言うよりはキミをだね」
オーゼはそう言うとシアを背中から下ろす。
そのまま俺に目を向けると、前足を器用に折りたたみ膝をついた。
「裏切りの勇者ナオエ殿。我がケンタウロス族をお救い下さい」




