”とんねる”の場合
とある夏の日
放課後の教室
むしむしとうだる暑さ
家路につくのまだ早かろうと、子供らはせめての涼をと怪談話を始めます
語られますはいずれ劣らぬ禍話
世に怪談本やらが溢れる昨今、子供とも思えぬおぞましいお話のあれやこれやが不気味な泡と浮かんでは消え
さて充分に場も冷えて、空の朱も幽闇へと追われつつあるその頃に
もう次が潮時かと、子供らも暗に目線を交わした後に
仕舞いの仔が口にした何処でも聞こえる陳腐な決まり文句
「この話はねぇ、ホントにあったお話なのサ。」
そろそろ飽いた子供らは、微苦笑で〆の話を迎えます。
■ ■ 山の・・・ゥンそう。すぐそこのね、廃れたあちらの山道のほう。ソゥソゥ。アノ道の先の先にとんねるがあるのって知ってるかい?
アァ、知らない?やっぱり?
僕らの足じゃ少しばかり遠いものねぇ。
ウン、そのとんねるでのお話サ。
まだその道が通ってた頃の話だヨ
そのとんねるは短くってサ
昼間は中に灯を点していないんだって
暗くなった夜だけ電気を通すのサ
でも古いとんねるだから電気回路も古びていてネ
くらぁくなって、電気が通っても
電灯に灯が入るのに時間がかかるのサ
周りに街灯もありゃしない真っくらくらの山の夜だからネ
あたりの闇に呑まれて、とんねるの中は禍モノの口と紛うばかりだって話だヨ
そんな灯が点って、夜闇を払うまでの僅かな時間
その数分に、車でとんねるをくぐるとネ
ベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチベチ
ウン、窓もドアもなく、まるで大雨の中みたいにネ
ナニかを叩きつけてくるような音に襲われるんだってサ
可笑しいよネェ
とんねるの中で大雨なんてサ
まっくらやみの中、ようようとんねるを抜けてみると・・・
車の表にびぃっしりと
あかぁぃ手形がついてたんだって
オ仕舞イ
そう締め括った仔に拍手
有りがち有りがちと皆が言い、そろそろお開きともなろう空気の中で
一拍遅れて声が立つ
「ソレってさァ。もし車でなかったらドウなったんだろねェ?」
その声で皆が同じ様を思い浮かべて大笑い
真っ赤な紅葉を体中に咲かせた滑稽ものが浮かんだと見え
沈んだ空気、忍び這い寄る夜の気配を払うがごとくに嗤います
強がり、空元気を多分に含んだその嗤いの後
この言葉が漏れるはまぁ必然
「今度僕らで行ってみようか」
数日後
親を誤魔化し、準備を重ねてまずは昼の間に山の上へ
物見遊山とはしゃぎまわり、見慣れた町を見慣れぬ風に見下ろして
暗がりの気配に山が沈み始める頃
ようよう家路に着く子供達
件のとんねる
行きは冒険心を煽るだけのものだった
夜闇の中で廃れ寂れた様に妖気が宿る
山ハ異界ゾ
寄ルデナイ
爺婆の戯言と切り捨てていた箴言が身にしみる
大きく開いた口の様
下顎から背もまばらな草草どもが乱杭歯とも見紛う様よ
上顎からは垂れ下がる蔓蔦どもが餓涎の如く
躊躇い果てて怯えを浮かべる子供達
とは言えど、これもまた子供の性か
負けず嫌いの強がりモノが道を踏む
怯えを恥と、竦む仲間に引き攣った嘲笑を残し
腐れ果てた棍棒に似て、最早脆い常識を
あたかも勇者の剣の様で振りかざし
魔物の口に走りこむ
たちまち聞こえる拍手の嵐
は一瞬に消え
闇の中から続いて漏れくる
引き千切り、毟り盗る音
肉を千切り、骨をこじり、血を撒き散らす音
生きたまま身を毟られるイキモノの声
誰もが気づく
アァ・・・叩きにきたんじゃない
毟りにきたんだ
誰一人凍ったように動くこともなく
腰抜かすことすら許されず
耳塞ぐことなぞ思いもよらず
生き地獄の様を聞かされ続け
永い永い地獄の終わり
ようようとんねるに
まばらに死んだ灯の残り火が点り来る
まっくらやみの底の底
山の異界のそのまた異界
禍モノの口の顕現の時がようよう終る
最後にケモノの口に似た、なまぐさぁい臭いが温い風に乗って漂う
オレンヂの灯りの下
あかぁいあかぁあぁい
くっちゃくちゃの ■ ■ の山が
オ仕舞イ