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アコ様の秘密のメモ帳  作者: エシナ
ACT1 - A pianist's birth unknown episode.
13/26

第5話 - 伝説の初任給 【前編】

 昨日はシュリに執務室へと強制送還された後、長身族と筋肉に対する恨みつらみを放出しているうちに疲労でダウンしてしまったので、今日は起床して朝食を頂いた後、わたしは細々と荷物整理を開始していた。

 荷物とは言っても、何もない状態でこちらの世界へ来たうえにお金も無かったので、城へ来た最初の日にシュリに買って貰ったものが殆ど。

 荷物運搬を手伝ってくれたシュリに「荷物ってこれだけかよ」と突っ込まれるほどに、その量は少なかった。

 何せお買い物カゴ程度の大きさの麻袋ひとつで足りてしまう程度なのである。

 そういえば衣類なんかも、元の世界から着てきた服と騎士棟女中の制服と、夜着くらいしか持っていない。

 お給料が入ったら服くらい買おうか。

 そんなことを考えながら私室のクローゼットへと衣類をしまい込むと、簡単すぎる荷物整理が終わってしまったので、今度は執務室へと向かった。

 布をかぶったままのピアノを撫でながら隣を通り過ぎて、わたしは室内に備え付けられた空の書棚と向かい合う。

 これから、わたしの持てる知識を総動員してこの書棚を埋めていかなければならない訳だけれど。

 その前に何かと道具が必要だ。

 筆記用具とか五線譜とか……五線譜なんて売ってる訳も無いしどうしようか。

 仁王立ちでその前へと立ったまま、うんうんと考え込む。


 執務室の扉をノックする音が聞こえたのは、そんな時だった。

「ハイどうぞー」

「失礼します」

 入室を許可すると、静かに扉を開く音がして聞き覚えのある声の主が入ってくる。

 最近と言わずお世話になりっ放しの、ジークベルトさんだ。

 おはようございます、と、お互いに挨拶を交わす。

 まだ目許の隈が消えていないのが気掛かりだけれど、また昨日のような精神攻撃をされても敵わないので内心に留めておいた。

「今日はアコさんにこれを」

 そう言って、彼は一枚の小さなカードを差し出してくる。

 元の世界によくある、お買い物の会員カードやらポイントカードくらいの大きさ。銀色の本体の表面に不思議な模様や読むことの出来ない文字が描かれているそれは、厚みはそこそこあって、力を加えればたわむけれども折れない程度には硬い。

 首を傾げながら受け取ったカードを、わたしは様々な角度からまじまじと観察した。

「城内の公庫を利用する際の認可証です。女中業務の給金が管理されていますので、入用の際にはその認可証を提示して引き落としを行ってください。こちらが、今回支給された給金の明細になります」

 説明をしながらジークベルトさんが差し出してきた小さな封筒を、わたしは震える両手でそっと受け取る。

 こ、これはもしかして。

 あれか。伝説の。


 初 任 給 …… ! !


 おおお、おお……と、思わず変な声が漏れる。

 封筒を開けてみても良いか訪ねると、微笑しながら承諾してくれたので、開封して中に入っていた小さな紙を見た。

 少し高級そうな紙質のそれには、わたしの名前、業務担当していた部署(こちらの世界の公用文字で“騎士棟女中”と書かれている)、支給月(“花鳥の月”と書かれている)、支給金額だけが記されている。

 この世界の物価などから推測するに、元の世界で例えれば日中に毎日6時間から8時間のアルバイトをこなした程度の、いわばそこそこの金額だった。

 基準は判らないけれど、住み込みなうえごはんも出てくる環境にしてはなかなか良い金額な気がする。

 お給料を貰ったことといえば、去年のクリスマスに大学の友人の家業(お菓子屋さん)でリア充達を呪いながらケーキを売る短期のアルバイトしか経験が無かったから、素直に嬉しい。

 公庫とは銀行のようなもので、受け取ったカードは銀行のキャッシュカードのようなものだと認識しながら、この世界に来てしまってからもう1ヶ月も経つんだなぁ……なんて、しみじみと感慨に耽った。


「それから、ひとつ確認を。今後アコさんが業務を行ううえで必要になってくるものなどがあればこちらで準備したいと考えていますが、どのようなものが入用でしょうか」

「うーん、そうですねぇ……」

 顎に手を当ててぐるりと部屋を見回し、先程まで考えていたことを口にする。

「まずとにかく紙とペンに尽きるかと。五線譜、なんて無いですよね?」

「ごせん……?」

「やっぱり無いですよね。じゃあ、何かこう、一枚の書面を複製できるような環境ってありませんか?」

「印刷器具でしたら行政棟にありますので、後程ご案内しましょう。貴重品のため専用のものをご用意することは難しいですが……」

「いえ、充分です!」

 印刷環境さえあれば、少なくともひたすら五線を書いていく苦行からは開放されるので安心だ。

「筆記具に関しては、こちらで準備させて頂いても?」

「えっと、それなんですが。自分で準備させて貰っても構いませんか」

 これから書棚を埋め尽くしていくであろう沢山の本。愛用になるであろう道具達。出来ることならそれらは自分の足で探して、自分の目で見て揃えていきたい。それが、音楽家として活動をしていくにあたってのわたしの希望だった。

 その方が自分の手に馴染むものに出逢えるだろうし、例えば曲の総譜スコアひとつを記すにしても、その曲のイメージに合ったものを使いたい。それを選ぶのは、わたしにしか出来ないことのひとつだと思うのだ。

 ついでに、初任給が入ったからには買わなければならないものがある。

 要するに買い物をしに行きたい。

 拘りと言ってしまえば聞こえが良い、ただの我侭であるそれらの意図を伝えると、ジークベルトさんは少しだけ考え込んでから口を開いた。

「では、そのように。但し、アコさんが城下へ赴く際には護衛を付けさせて頂きます」

 ごえい……って、護衛ですか。

 こげなしがないメガネメイド音楽家もどきに、そんな大袈裟な。

「……これは自覚し、理解して頂きたいのですが。貴方は現状、唯一無二である音楽家という存在なのです。その立場は国内でも最高位の要人に相当します。そのような方に護衛も付けず城下を歩かせることなど、今後は出来ないでしょう」

 ジークベルトさんは、言い聞かせるかのようにそう言った。

 護衛なんてそんな謎な、という内心の思いがわたしの顔に出ていたんだろう。

 今更ながら、ピアノに釣られて大変なお仕事を引き受けてしまったのだということを理解する。ピアノが無ければ生きていけないので知識提供は本望なのだけれど、庶民体質なので要人扱いされるのがどうにもむず痒いというか、抵抗があった。

 まあ、世界背景を考えれば護衛くらいは仕方が無い、のかも知れない。

 女中時代のお遣いで何度か単独で城下へ降りているので、城下に護衛を付けるほどの危険があるとも思えないけれど。

 荷物持ちだと思えばいいか、と、わたしは結論付ける。

「わかりました」

 わたしが頷くと、ジークベルトさんは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 彼がそう思うべきことでも無いので、わたしは笑って首を横に振る。

「今日赴くのであれば、親衛隊で手の空いている者に護衛を依頼することにしましょう。次回からは、急な用向きでもない限り、可能であれば外出の前日にでも私に声を掛けてください」

「はい。お願いします」

 ではこちらへ、と促すジークベルトさん。

 わたしは慌てて外出用の巾着(メルさんのお手製!)を準備して公庫の認可証を入れ、彼の後に続いた。






 騎士棟へ赴く前にと、わたしは行政棟にある印刷室へと案内して貰う。

 ジークベルトさんは、魔力で稼動しているという印刷器具の使い方を丁寧に説明してくれた。

 と言っても、原稿を石版に乗せて取っ手を取り付け、ぽんぽんとハンコのように押していくだけ。原稿を乗せただけでスキャナーみたいに鈍く光って印刷面の形を変えていく石版の様子は、なかなか感動的だった。

 開発依頼を出したのがリーゼ様で、開発したのがサリアさんだという辺りが本能的な何かに引っ掛かったけれど。

 深くは考えない。考えてはいけない。




 それから、わたしは騎士棟の一角へと案内された。

 両開きの茜色の扉があるその部屋は親衛隊員達の執務室なのだと、ジークベルトさんが教えてくれる。

 彼がノックをすると、中から入室を促す声が聞こえてきた。扉越しなのでくぐもっていたけれど、聞き覚えのある声だ。

 室内はそこそこ広く、親衛隊員の数の分の机が、やはりコの字型に並んでいる。

 奥に三つ並んだ机、その真ん中に、聞き覚えのある声の主……シュリは座っていた。

 室内にいたのはシュリともうひとり、初めて見る黒鳶色の髪の若い騎士さんだけだったので、わたしは若い騎士さんに会釈をする。

 それからシュリを見ると、彼は難しい顔をして睨んでいた書類から視線を外してこちらを見た。

 親衛隊員は行政にも携わると聞いてはいたけれど、こうして彼が机に向かっているところなど初めて見るので、何だか新鮮な気分になる。

 普段見掛ける仕事中の姿といえば、一般騎士の訓練指導の時か、アルノルトさんに付き添って歩いている時か、ジークベルトさんと何か喋りながらツーショットで歩いている時か。兎に角、アクティブなのだ。

「ジークからこっちに来るなんて珍しいな。どうした?」

「アコさんが備品の購入に城下へ出るので、親衛隊の方で護衛をお願い出来ませんか」

 ふむ、と言って考え込むシュリ隊長に、ご采配をお願いしますという意味を込めてぺこりと頭を下げておく。

「俺かソイツなら同行出来そうだ。俺が」

「あ!」

 わたしは思わず声を上げてシュリの言葉を遮った。

 シュリもジークベルトさんもついでに若い騎士さんも、きょとんとした顔でこちらを見る。

 何だよ、と訝しげに視線で訴えてくるシュリ。何となく後ろめたくなって、わたしは彼から視線を外した。

 きっと俺が行くって言ってくれるつもりだったんだろう。

 普段であれば非常に有り難い。

 けれど、ちょっと。今回は駄目だ。


「あ、あの。出来ればシュリじゃない人がいいな~……」

「…………」


 沈黙が痛い。

 ついでに、じわじわと神経を侵食してくる静かな怒りの気配が恐ろしくて、シュリの方を見ることが出来ない。

「……グレン」

「ひっ!? は、はい!?」

 隊長殿に低ぅい声で呼ばれた黒鳶色の髪の若い騎士さんが、悲鳴にも似た声で返事をしながらびくりと肩をそびやかした。

「お前、行って来い」

「……!!?」

「返事」

「は……」

「へ・ん・じ・っつってんだろ」

「は、はいっ……!!?」

 必死で声を絞り出す若い騎士さんは、もはや恐怖のあまり涙目になっている。

 それもそうだろう。今の隊長殿は、呪詛を呟くかのような低ぅい声と全身から放出する殺気にも似たその気配だけで、殺人を犯せそうなほどの勢いなのだ。

 厚意を無下にしてしまった訳なので、怒られても仕方ないなとは思っていたけれど……まさかこれほどとは。それに、何も罪なき部下らしき人にまでとばっちりを喰らわせなくても。

 そうは思いながらも、あまりの恐怖に口を挟むことは出来ない。

 視線を逸らしているわたしですらこれなのだ。怒気と殺気を孕んだ視線に直接晒されているであろう若い騎士さんは、きっと、生きた心地がしていないだろう。

 ごめんなさい。

 一応、心の中で謝っておく。

「で、では、グレン。お願いします」

 流石に付き合いが長いせいか、動揺しながらも正常に動けるらしいジークベルトさんがそう促す。

 視線を合わせることが出来ないまま、わたし達は若い騎士さんを伴って退室した。


 ぱたん。

 扉が閉じられても、未だに背中にシュリの視線が刺さっているような気がする。

 びしばしと見られていた。何でだ。そんなに癪に障ったのか……

 わたし達は無言で廊下を進んで、親衛隊員の執務室が見えなくなった辺りでようやく肺に溜め込んでいた息を吐き出した。

「ふー、死ぬかと思った……」

「それはこっちの台詞ですが……」

 額に浮いた冷や汗を拭いながら呟くと、若い騎士さんからきちんと突っ込みが入る。わたしの身代わりで瀕死だろうに、なかなかノリが良い人のようだ。

「そ、それにしても同行拒否したくらいであんなに怒らなくても良いのにね。逆に面倒が無くて良いでしょうに」

 フォローのつもりでそう言うと、若い騎士さんが信じられないものを見るような視線を向けてくる。

 本気で言ってるのかと。そう顔に書いてある勢いで。

 ……割と本気だ。

 自分でも感じが悪かったとは思うけれど、シュリがあそこまで不機嫌を露にするなんて思っていなかったし、理由も判らない。いや厚意を無下にしたのが理由なのだろうけれど……

 そんな訳で首を傾げていると、若い騎士さんに溜息と共に視線を逸らされた。

 ついでに前を歩くジークベルトさんも微かに苦笑しているのが判る。

 ……本当に、何なのだろう。




-*-*-*-*-*-*-




 城内の公庫は、行政棟と司法棟の間くらいにある、なだらかな下り通路を降りた場所。

 大きな扉の前には衛兵の騎士さんが立っていて、扉の内側、広い室内に設けられたカウンターの奥の壁一面に数えきれない程の鍵が引っ掛けられているという、なかなか壮観な所だった。

 ちなみに、内部へは衛兵さんに認可証を提示しなければ入ることは出来ない。

 そのためお金を下ろす間、認可証を持参していなかったグレンさんには公庫の前で待っていて貰うことになってしまった。

 城内勤務しているからには何度も利用しているのだろうに、顔パスで入室すら出来ない辺り、徹底した警備だと思う。

 お金を受け取るための手続きは、さほど難しいことは無かった。

 専用の小さな申請書に金額を記入して認可証と一緒に受付の人に渡すと、記入した分のお金を受け取ることが出来る。

 個人個人に専用の金庫が用意されていて、カウンター奥の壁に引っ掛けられている鍵が、それぞれの金庫の鍵。認可証に記載されているらしい認証番号と合う鍵を使って金庫を開け、その中から渡してくれるのだ。

 現金と一緒に小さな紙も渡され、それには金庫の中身の残金と発行日が記載されている。

 認可証がキャッシュカードのようなものだと認識していたので、使い方も似たような機械的なものを想像していたけれど。予想以上のアナログさに、なかなか新鮮な気分を味わうことが出来た。






「いやはや、城下で買い物するくらいで特に危ないことも無いだろうに、苦労を掛けますなぁ」

 何軒かの雑貨屋さんの位置が記されている簡単な手書き地図を見ながら、わたしは隣を歩く人物へと声を掛ける。

 公庫で自分の初任給から幾らかのお金を引き落として、仕事道具の購入資金をジークベルトさんから受け取ったわたしは、若い騎士……グレンさんとふたりで城下へと降りていた。

 シュリが着ているものと似た雰囲気の騎士服に身を包み、腰に長剣を穿いたグレンさんは、つい最近の親衛隊員選抜で、成人して間もなく末席として親衛隊入りを果たした成長株なのだとか。

 整いながらも親しみ易そうな愛嬌のある顔立ちをしているので、おばちゃん女中を中心に人気がありそうだなぁ……なんて。隣を歩く彼の顔を見上げながらちらりと考える。

「護衛は問題ありませんけどね……」

 その親しみ易そうな顔に浮かない色を浮かべた彼は、溜息を吐きながら肩を落とした。

「俺は帰ってからの方が恐ろしいですよ」

「あはは、は……」

 尤もなぼやきに、乾いた笑いしか出てこない。

 帰ったら、彼は謎の殺気を漂わせるシュリと一緒に仕事をしなければならないのだ。護衛で襲撃やら何やらを受ける以上の命の危機に違いない。

 シュリの怒りの真相は謎のままだけれど、何にせよ怒らせたのはわたしだ。グレンさんに迷惑を掛けてしまったことは、本当に申し訳ないと思っている。

「ご、ごめんよ」

「いえ……」

 彼はどこか遠くを見て哀愁を漂わせた。もしかしたら帰城した時の万が一に備えて、これまでの人生を振り返っているのかも知れない。


「それにしても、何で護衛が隊長じゃ駄目だったんですか?」

「いやー、今回ばかりはちょっと、個人的にやむにやまれぬ事情があった訳なのよ」

 若者らしく率直に聞いてきたグレンさんは、わたしの回答に不思議そうに首を傾げた。

 彼はその至極個人的な事情のためにとばっちりを受けてしまった被害者なので、知る権利があるだろうと。

 そう思ったので、少しだけ気恥ずかしいけれど、わたしは事情を説明する。

「わたしが住んでた所には、初任給を貰ったらお世話になった親族に何か贈り物をするっていう風習みたいなものがあってね。幸いなことに女中の時のお給料が貰えたから、ここで特にお世話になった人たちに何か贈りたくて。今日はそれを選ぶのも兼ねてるの」

 初任給といえば家族に贈り物。

 少なくともわたしはそういうものだと認識しているし、稼げるようになったら必ずおばあちゃんに何か贈り物をしようって。ずっとそう思っていた。

 もうおばあちゃんに贈り物をすることは出来ないけれど、代わりという訳でもないけれど、せめてこっちの世界でお世話になった人たちに心ばかりのお礼をしたい。

 特にシュリはお世話になった人の筆頭なので、それなりに時間を掛けて選びたかった。

 なるほど、と、グレンさんは理解を示す相槌を打つものの、僅かに首を傾げる。

「理由は判りましたけど、それなら尚更本人が居た方が選び易いんじゃ?」

「えー、嫌だよ」

 わたしは即答した。

「嫌って……」

「確かに本人に選んで貰うのもアリだろうけど、シュリに関しては気にすんなとか言って断られそうだし。こういうのは、何を贈ったら喜んで貰えるかなーって考えながら選ぶのが醍醐味なの。それに」

 そういうものですか、とぼやきながら、グレンさんが続きを促す。

「贈る人のことを考えながら選ぶのに、考えている本人が目の前に居たら、何ていうか、その……て、照れ臭いじゃない?」

 説明するのも照れ臭くて、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 それにしても、我ながら本当に超個人的な事情である。

「……まあ、そういうことなら」

 だというのに、グレンさんはわたしの事情を呑み込んでくれた。

 そんな理由でごめんよ、と、わたしはもう一度彼に謝罪する。


「けど、戻ったらちゃんと隊長に説明してくださいよ。誤解で嫉妬されたままじゃ、たまったもんじゃないですから」

「え? 嫉妬?」

「え? ……って、嫉妬でしょうあれは。自分が同行拒否されて、俺が行くことになった訳ですから」

「……シュリはグレンさんと一緒にお出掛けしたかったと?」

 言うと、グレンさんはもの凄く可哀想なものを見るような目でわたしを見た。

 シュリが実はジークベルトさんではなくグレンさん派だった訳じゃないのなら、一体何に嫉妬したというのだろう。

 それなら、謎の怒りについてもふたりの時間を邪魔されたことに対するものということで納得も出来るのに。

「本当に判らないんですね……」

「うむ」


「隊長は、自分が貴女の護衛をしたかったんですよ」


 ……何故?

 確かに普段からして気に掛けてくれているのは判るけれど、買い物の護衛くらい、他の人に任せても良いでしょうに。

 シュリが、暇そうに見えて実はそうでもないことくらい判っているのだ。

 そこまで、わたしを拾ったことに対する責任感が強いってことだろうか。

「保護者の座が危ぶまれるとでも思ってる、とか?」

「何でそうなりますか」

 グレンさんは呆れ果てたかのように溜息を吐き出した。

 あ、何だか凄く馬鹿にされているような気がする。そんな顔をしている。

「馬鹿にすんな!」

「してませんよ。呆れ果てているだけです」

「ほとんど同義じゃないの。表情に出ている! 苛っとする!」

「言い掛かりですか。悔しかったら何で隊長が怒ったのか正解を述べてみたらどうです」

「グレンさんとの時間を邪魔されたからじゃないの! この仲良しめ!」

「だから何でそうなりますか。隊長からすればどちらかというと邪魔してるの俺ですからね?」

「だからそれこそ何でそうなるの。危機感なんか持たなくたって、年下じゃわたしの保護者になれないでしょうに!」

「えっ……?」

 売り言葉に買い言葉でわたしが吹っ掛けた口論に乗っていたグレンさんが、突然、勢いを弱めた。

 彼は歩む足すら止めて、しきりに瞬きをしながらわたしの顔を見る。


「年、上……?」


 理由はその一言に集約されていた。

 昨日からもう、見る目の養われていない後輩ばかりのようで困ってしまいますネ。

 というか、こっちの世界に来てからこんなんばっかりですネ。

 言っておくけれど、わたしがち……小さい・幼いのではなく、周囲がでっかい・老けているだけなのだ。そうに違いない。みんな、そのことをきちんと理解すべきだ。


「わたしが19歳以外の何に見えると?」

「………………いえ」

「判れば宜しい。ところでグレン君、鼻わりばしと脛バットと逆モヒカンだったらどれがいいかね?」

「えっ……と、意味がよく……」

「あぁ、この世界にはバットって調理用のやつしか無いんだっけ。あれじゃ威力が低いからイマイチだなぁ。わたしのオススメは逆モヒカンだよ。精神的にしか痛くないし。毛はまた生えてくるし。若いんだから毛根も元気でしょう?」

「……済みません。勘弁してください」

「何で謝罪が出てくるの? 何か悪いことでもしたのかな? お姉さんに教えてごらん?」


 優しく、優し~く話し掛けているのに、グレン君の冷や汗がどんどん増えていく。

 後ろめたいことでもあるんでしょうかね。あるんでしょうね。

 だがこの程度の尋問でわたしの心の傷は癒されない。

 ボロを出した瞬間に成敗してくれるわ、ホホ。




 結果として。

 しぶとくボロは出さなかったものの、わたしの精神を深く傷つけた代償は、グレン君パシリ券20枚ということで決着した。

 逆モヒカンがオススメなのに、少し残念。

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