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アコ様の秘密のメモ帳  作者: エシナ
ACT1 - A pianist's birth unknown episode.
1/26

第1話 - 奥さん、事件です 【前編】

 突然ですが、奥さん、事件です。


 事件は、わたしの目の前で起きている。

 いや、むしろ、もはや巻き込まれていると言うか、一番の被害を受けているのがわたしだと言っても過言じゃなかった。



 遡ること数分前。

 大学の友人達と、楽曲の課題練習と称して半ば遊び気分の合宿をした帰りのこと。

 わたしを含めて4人の集団は、閑散とした公共バスの一番後ろの長い席と、ひとつ前の2人掛けの席を陣取って、女子らしくとりとめのない雑談に花を咲かせていた。

 古臭いバスが走るのは山道で、ぐねぐねとうねるヘアピンカーブの坂道。申し訳程度のガードレールが敷かれた道路の下は崖で、くすんだ窓から見下ろすと、沢みたいなものが流れてる。

 山道だとこういう場所は珍しくもないんだろうけれど、普段は滅多に目にすることのないささやかな光景に、なかなか綺麗なもんだなぁ……なんて。ゆったり走行とはいえカーブの激しさに車酔いを訴え始めた友達の背中を擦りながら、感慨に耽ったりなんてしていた。

 そんな時だった。遠くから、もの凄くエンジンをふかす車の音が聞こえてきたのは。

 爆発するような音に、耳が痛くなる。

 山道によく出没するっていう走り屋さんっていう輩か。わたしと同じように不快そうに顔を顰めたり、耳を押さえたりしていた友人達が、音と一緒に凄いスピードで正面から迫ってきた白い車を見た。

 その瞬間まではきっと、あたしも、友人達も、不快に思いながらも滅多に見られない未知の人種との遭遇に、好奇心が膨らんでいたと思う。

 けれど、次の瞬間には、状況も心境も一変していた。


 時速何キロ出していたのか判らないスピードで、バスの横をすり抜けて行く白い車。

 対向車も何も居ないような状況だったら、きっとカーブを曲がりきって、そのまま走り去って行ったんだろうけど……生憎の急カーブなうえ、対向車は車体の長いバスだ。

 ぶつかる、って。バスの運転手さんもそう思ったんだろう。

 バスの運転手さんは、定年間近みたいな皺を刻んだ落ち着いた顔をしてるくせに、想像も出来ないような手さばきでハンドルを右に切った。

 むしろ、年季の為せる業だったのかも知れない。

 衝突するとしたら一番後ろの右寄りに座っていたわたし達の辺りだった筈で、怪我じゃ済まなかったと思う。だから、運転席から対向車側の切り立った壁に突っ込むようにして、身体を張ってまでわたし達を守ってくれた運転手さんは、賞賛されるべきだ。

 白い暴走車は驚いたのか少しふらつきながらも、バスにも壁にも衝突することなく坂道を下って行く。

 友人達も驚いたし悲鳴も上げたけれど、大した怪我もなくて幸いなことだった。


 問題はわたしだ。

 わたしが座っていたのは、一番後ろの席の一番左端。要するに、乗降口の一番近くで、前の座席が無いのでとっさに捕まりようもなく。

 ハンドルを切ってガードレールにぶつかった衝撃で壊れて開いてしまった後ろの乗降口から、わたしの身体は、ガードレールを飛び越して崖側へと放り出されていた。


 バスの車体が、目を見開いて悲痛な面持ちでわたしを見ている友人達が、ずいぶんゆっくりと遠ざかっていく。

 ああ、バスごと落ちなくて良かったね。

 運転手さんも無事そうだったけど、怪我してたみたいだから心配。

 あの暴走車は……ナンバー覚えたから、今度見掛けたらあの開ききったマフラーに限界まで角砂糖詰め込んでやる。



 ――内心でそんな誓いを立てながら落下して、今に至るという訳なんです、奥さん。


 崖下は砂利と、ささやかな沢だった。

 結構高い位置から落ちてるけれど、運良く沢に落ちたら、もしかしたら助かるかな。

 助かったとしても……果たして、この両腕は無事でいられるだろうか。


 わたしの名前は秋月亜己アキヅキ・アコ

 音大の2年生で、専攻はピアノ。

 こんな紹介をするといつも可哀想な目で見られるから、一緒にバスに乗ってた友達くらいにしか言っていないけれど。物心つく前に両親が亡くなったわたしは、唯一の肉親でピアニストだったおばあちゃんに、ピアノを教わりながら育てられた。

 そのおばあちゃんも、大学に入ってすぐの頃に亡くなって。

 わたしに残されたのは、少しの財産と、おばあちゃんから教わった沢山のことだけ。

 要するに、正真正銘、天涯孤独の身というやつだ。

 だから、教わった沢山のことを表現できるこの両腕は、わたしの唯一で一番の宝物。

 もうすぐコンクールのための校内選考の時期で、そのために合宿までして練習したのに……こんな事になるなんて。


 死にたくないなぁ。

 どんどん背中に迫ってくる地面の気配を感じながら、心底そう思う。

 もっと突き詰めたい曲もたくさんあった。

 おばあちゃんみたいなピアニストになるのが夢だった。


 きらり、一瞬だけ空中で輝いて見えた水滴は、わたしの涙だったかも知れない。

 わたしはゆっくりと目を閉じて……そのまま、意識を手放した。




-*-*-*-*-*-*-




 ぺちぺち。

 控え目に、わたしの頬を何かが叩く。

 おぼろげな意識の中でそう認識して、わたしは、ゆっくりと瞼を開いた。

「お、何だ。生きてんじゃねぇか」

 すぐ近くから声が降ってくる。

 仰向けになっているらしいわたしの視界に映りこむ、鮮やかな緋色。ぼんやりし過ぎていて、それが何なのかは判らなかった。

 ……まさか。

 だるい腕を持ち上げて、目元に触れる。

 腕が動くっていうことは、腕は無事っていうことか。そして、わたしは助かったのか。

 内心でそのことに酷く安心すると共に、目元の存在が無いことに気付いた。

「……めがね」

 お礼も何もなく目覚めて第一声がそれっていうのは、自分でも酷く滑稽に思える。

 けれど、わたしは酷い近眼で、めがねが無いと日常生活もままならない。人生の先も見えない。両腕の次の次くらいには、大切なものだ。

 呟きが聞こえていたのか。ぼんやりとした緋色が微かに動いて、わたしの目元にそれを掛け直してくれる。落ちた時に無くなったりしていなくて良かった。

 これでようやく視界がはっきりして、緋色の正体が判る。

 緋色は、人の髪。よく日焼けしていて野性的な魅力のある青年が、わたしを覗き込んでいた。

 明らかに日本人とは違う彫りの深さと精悍さに少し驚く。

「生きてて良かったなぁ。死んでたら面倒くせぇから、そのまま川に流しちまおうかと思ってたけど」

 にかっと冗談っぽく笑って、青年が言った。

 そうか、運良く沢に落ちて助かったんだ。身体がずぶ濡れだから、そのまま少し流されたんだろう。

 ということは、目の前の赤毛の青年Aは、森の人か何かってことか。


 …………

 ……

 ……そんなばかな。


 ばっちりと覚醒して、わたしは勢い良く身体を起こした。

 わたしの石頭が顎に衝突しそうになった青年Aが「うぉっ」なんて声を上げながら焦って避けたけれど、そんなこと構っていられない。

 身体ごと首を巡らせて周囲を確認する。

 憎いくらい青くて広い空に、沢なんて規模じゃない、明らかな川。そのすぐ傍……広い河道かどうらしき場所で、挙動不審なわたしの動向を根気良く見守る、外国の方らしき赤毛の青年A。

 砂利の地面も、紅葉し始めていた群生する木々も、うねったヘアピンカーブの道路も。

 落ちた場所の名残なんて欠片もない、ずり落ちそうなめがねを隔てた視界に映る風景。

 ……落ち着け、落ち着くんだ亜己。

 命はあるし腕も無事。OK把握、幸運だったね!

 次に確認すべきは現状だ。

 わたしはくるりと青年Aの方を向いて、ずり落ちそうなめがねを直して正座する。

 オレンジ色の綺麗な目と視線が合って、その持ち主である青年Aは、何か言いたそうなわたしを前に、不良座りのまま促すように首を傾げた。

 精悍なくせしてその所作がちょっと可愛い、なんて思ったけれど、それは頭の隅に追いやる。

 まさか流されるまま海を渡って国外へ行ってしまいました、なんて事は有り得ないだろうし、青年Aはわたしが理解できる言葉を喋っていた。国内の何処かではある筈だ。

「取り乱して申し訳ありませんでした。助けていただいて、ありがとうございます」

「おう、気にすんな。俺はたまたま通り掛かっただけだ。運が良かったんだな」

「あの、それで……重ね重ねお手数をお掛けして申し訳ないのですが。ここは一体何処でしょうか」

「アルス・ノーヴァ城下の外れの川原だな」


 ……何処だって?


 これまでの人生で培った、豊富とは言えない知識という知識を総動員してその地名を探すけれど、わたしの脳の回答は「該当する項目は見付かりません」の一点張り。

 少なくとも国境を越えてる? 不法入国だなんて冗談じゃない。

「それって何処の国でしょうかね」

「アルス・ノーヴァが国名だろ? 知らないのか? お前こそ何処から来たんだよ」

「日本です」

「は?」

「日本。ニッポン。ジャパーン! サムライ、ニンジャ、クノイチ!! マニアックそうな顔してるし知ってますよね!?」

「おっ前、初対面の相手に大概失礼だな……知らねぇよ」

 いよいよ青年Aの襟首を掴んでまくし立てるわたしに、それでも彼は答えてくれた。

 そんな答えなんて、欲しくなかったけれど。

 やばい、泣きそうだ。

 青年の襟首を掴んだまま、わたしは俯く。

 狼狽した様子の青年は、濡れたわたしの頭をそっと撫でてくれた。

「俺が休暇中に使ってる小屋が近くにあるから。地図でも見りゃあ、落ち着いて場所確認できるだろ。とりあえずそのまんまじゃ何だし、来いよ。な?」

 震えながら小さく頷けば、青年はぽんぽんと安心させるように頭の手を動かした。少しだけ、肩の力が抜ける。

 わたしは彼に促されるまま立ち上がって、ふらふらと後ろを付いて行った。




-*-*-*-*-*-*-




 青年の言うところの小屋は、本当にすぐ近くにあった。

 木造で小さく、中は六畳くらいの広さ。けれど、生活に必要そうなひととおりの物は揃っているようで……壁の各所に吊るされているそのどれもが馴染みの無いもので、一層の不安が募る。

 青年はベッドの上に放られていた羊皮紙のような古い紙を拾い上げると、丸い木製テーブルの傍らの椅子を勧めてくれた。

 背もたれの無いそれにゆっくりと腰を降ろす。

 と、頭の上に何か柔らかいものを放られた。

 タオルだ。フェイスタオルくらいの大きさの。

「見てて居たたまれなくなるから、とりあえずそれ被ってろ」

 気遣いにお礼を言ってから、テーブルの上に広げられた羊皮紙を覗き込む。

 見慣れない形の地形。描いた国が違うからとか、そういう問題ではないようで。母国らしき島国の姿らしきものは何処にも無かった。

「これは、この国の地図ですか?」

「世界地図だ」

 もう嫌な予感しかしなかったけれど、短いその答えに肩を落とす。

「……無いのか? どういうこった」

 青年の目が訝しげに眇められた。

 どういうこった、なんて、わたしの方が聞きたい。そもそもこんな彫りの深い人と言葉が通じている時点で、色々とおかしいのに。

 けれどこの人は、見知らぬわたしに親切にしてくれている。どう思われるかは置いておくとして、ひとまず、自分の現状をありのままに話してみようか。

 ちらりと被せられたタオルの隙間から伺い見れば、彼は何事か考え込むような仕草をしながらわたしを見ている。

 きゅ、っと、わたしは膝の上に置いた拳に力を込めた。

「あの。わたしの現状を、ありのままお話しします。とりあえず、聞いて貰えませんか」

「……話してみろ」

 青年はテーブルを挟んでわたしの正面……ベッドの上に腰掛けて、改めてわたしを見据える。

 ひとつひとつ。自分自身も確認するように、わたしは現状を言葉にして提示した。


 友人達とバスに乗っていて、思わぬ事故に遭遇してしまったこと。

 その際にわたしはバスから放り出されて、崖の下へと転落したこと。

 落下中に意識を失って、意識を取り戻したら先程のような状況であったこと。


 短いけれど、それが真実で、そうとしか伝えようが無い。

 話し終えて再び彼の様子を伺うと……彼は何処か遠くを眺めるような……あからさまに可哀想なものを見る目でわたしを見ていた。

「失敬な。頭なんて打ってないわよ。多分……」

「あ、ああ、そうか……あれだ、バスってのは何だ」

「沢山の人を乗せて走る自動車」

「ジドウシャ? 馬車じゃなくてか」

「馬車なんて地球のどこ探してもあんまり走ってないわよ」

「……チキュウ?」

「あーもう、何なの! 本当もう嫌! 地球って言ったら母星のことに決まってるでしょ! 太陽系の惑星!! 人間とか宇宙人とか色々なもんが住んでるの!!」

 興奮するわたしを前に困ったように後頭部を掻いて、青年は肩を竦める。

 わたしは歪んだ表情を隠すように、両手で顔を覆って俯いた。

「……わたし、嘘なんて言ってない」

 隠したつもりだったけれど、吐き出したその声の震えは伝わってしまっていただろう。

「しっかし、あれだな。お前の話聞いてると、別の国ってより……別の世界にでも来ちまったみたいだな?」

 確かにその通りで、わたしも、少し前からその結論に行き着いていた。

 けれど、そんなの認めたくない。

 そう思って必死に、青年の言葉の中からわたしの記憶のどの部分でも良いから、一致する言葉が出てきてくれることを期待していたのに……彼は、期待には応えてくれなかった。

 ふっ、と、息を吐き出す音が聞こえる。

 取り乱すわたしに、彼は呆れただろうか。

「お前、どうしたい?」

 間近から声が聞こえた気がして、わたしは顔を覆っていた手をそっと外した。予想よりも近くに真摯な彼の顔が寄せられていて、少し驚く。

「一応、観察眼はあるからな。お前が俺を憚ろうって訳じゃないのは判るつもりだ。

 別の世界から来たなんて聞いたことも無いが、お前が来たってんなら可能性が無い訳じゃないんだろう。だったら、帰る方法も然り。だが、方法は判らねえ。手掛かりもだ。

 そんな状況で、お前はどうする? 帰る方法を探すか? それとも諦めて何処かに身を寄せるか? 後者なら俺は口添えくらいはしてやれるが、前者なら、悪ぃが付き合ってやることは出来ねぇ」

 真剣に、わたしのことを考えてくれているのが判る声。表情。

 ぼろぼろの顔が恥ずかしくなって、わたしは慌ててめがねを外してレンズに付いてしまった涙をタオルで拭い、ついでに顔の目元も拭う。

 青年が落ち着いて話してくれているお陰で、わたしも随分、落ち着いてきた。

 めがねを掛け直しながらじっくりと考えてみる。


 来てしまったものは、もうどうしようもない。

 死にたくないって思った。生きてた。それはやっぱり喜ぶべきことだ。

 帰る方法が判らない以上は下手に動けないけれど、ゆっくりでも良いから、出来れば探しに行きたい。

 先刻見せて貰った世界地図で、この国の位置は確認した。国土は世界地図で見ておよそ四分の一ほど。世界がどのくらいの面積なのかは判らないけれど、自分の世界と同等であると仮定して、巨大過ぎて国内を探し回るだけでも一苦労。

 そのうえ、この国が、世界がどんな場所なのか、わたしには今のところ全く判らない。

 判ったのは、目の前のこの青年が良い人だってことくらいだ。

 必要なのは、まず情報と。

 探しに行くにしても何にしても、先立つもの……お金だ。

 恐らくわたしは無一文状態というやつだろう。

 まさかいきなりお金をたかる訳にもいかない。

 頼るとしたら、そう――働き口。

 働きながら情報収集。それがやるべきことで、唯一、出来ることのように思う。


 考え込むこと十数秒。

 目の前の綺麗なオレンジを覗き返して、わたしは、決意を口にする。

「先生」

「せ……? おう」


「とりあえず、自活できるようになりたいです」


 面食らったのか、テーブルに肘をついてわたしを覗き込んでいた青年の顔が、支えていた手からずり落ちた。

 身を引いてベッドに座り直して、彼は表情を崩す。

「肝が据われば切り替えが早いもんだな」

「うじうじ引き摺るの、性に合わないんで。で、働き口、何とかなりませんか? 出来れば住み込みとかで」

「そうだな……」

 青年は考え込むように視線を巡らせて……ややあって思い当たったのだろう。表情を明るくして、わたしに向き直った。

「城で、騎士棟付きのメイドを募集してた。身元不明でも俺が口添えしたら何とかなるだろ。そんくらいなら手伝ってやれそうだ」

 騎士。メイド。何かとファンタジーな単語を拾い上げながら、わたしは深々と頭を下げる。

 いやメイドは自分の世界にも居たか……まさかあの手の制服を着ることになるのだろうか。文句は言っていられないけれど。

「本当、色々お世話になって申し訳ないです」

「何も判らん状態だろうからな。これも何かの縁だし気にすんなよ」

 ありがた過ぎる言葉。青年はそう言いながら立ち上がって、あ、と、何かに気付いたかのようにわたしへと向き直った。


「シュリだ。お前は?」

「え?」

「名前だよ」

 思わず聞き返してしまって、申し訳なく思う。そういえばこれだけお世話になって、名乗ってすらいなかった。

「秋月亜己です」

「アキヅキ?」

「えっと……亜己。名前は、亜己」

「アコか。呼び易くて良かった」

 最初の時みたいに口角を持ち上げて、青年は……シュリさんは笑う。少年っぽいその笑顔が、少しだけ、わたしの心をざわつかせた。


「ま、とりあえずお前着替えろよ。明日にはここ出て城に戻るから、その変な服乾かしとけ。ここには俺の服しかねぇから」

 言われて外を見ると、すっかり夕刻。今日はもう休むということか。

 それにしても変な服って。チュニックに、スカートに……一般的な女子の服だと思うんだけれど。世界が違えば服装も違うのは、まあ当然か。シュリさんも何と言うか、簡素だけれど、友達の好きなRPGゲームの登場人物みたいな服装をしているし。

 シュリさんは棚からシャツを一枚取り出して、テーブルの上に放り投げた。これを着ろということか。

 丈はおしりまですっぽり隠れるほどあるけれど、襟元が開いていて色々見えそうだ。留めれば何とかなるか……体格差が憎い。

「あー、不用意に別の世界から来たとか言うなよ。身元不明ってことにして上手く立ち回れ。お前、年の割には何かと達観してるみたいだから、何とかなんだろ。

 あと、身元不明でも召し抱えて貰えるとは思うが、それなりの保護者か後見人が要るんだ。お前の場合未成年だから、とりあえず俺が保護者ってことでいいな」

「何かとありがとうございます」

 何か片付け的な作業をしながら、シュリさんは色々と必要なことを説明してくれた。

 言い方が色々引っ掛かるけれど、実年齢より若く見られるのはいつものこと。冬生まれなので一応あと三ヶ月ほどで成人とはいえ、未成年には変わりない。

 と。そんなことを考えていると、簡単過ぎる片付けが終わったのか、シュリさんがベッドに腰を降ろし直した。

 手に持った大きなシャツと彼を、思わず交互に見る。

「あの」

「何だ?」

「せめて後ろを向くとか、そのくらいの配慮は必要ではないかと」

 わたしはこれから着替えるのだ。いくら何でも男性の目の前で生着替えはちょっと。

「あー、悪ぃ。お前マセてんのな。いくらお子様でも気ぃ回さな過ぎたわ」

 あっけらかんと笑うシュリさんの姿に、わたしの中の本能が、何かを確信する。

 これは、あれだ。しかし発動する前に、色々確認しなければなるまい。

 シャツをテーブルの上に放り出し、ゆらりと立ち上がって、わたしは彼を見る。


「この世界で成人は何歳ですか」

「18だな」

「……わたしが、何歳に見えますか」

「……12位だろ?」


 少し空いた間に、それでも実際考えているのより上に答えてくれていることが判る。

 カクン、と。

 立ったまま、糸の切れた操り人形みたいにだらりと項垂れたわたしに、シュリさんは首を傾げて困惑した視線を向けてきた。


 秋月亜己、19歳。

 音大の2年生、専攻はピアノ。

 自分で言いたくなんてないけど、童顔でめがねっ子。声も高めで少し子供っぽい。

 ……身長は149cm。

 せめて150cm欲しかったなんていうささやかな願望は、同じ悩みを抱える人にしか判るまい。

 そしてそれらが災いして、元の世界でも中学生にしか見えないとかちょっと遅い時間に歩いてると補導されるとか、散々言われたし経験した。

 けれど、人の最大のコンプレックスに対して、言うに事欠いて12歳?


 制裁決定。


 わたしの髪や服の水分を吸って重たくなったタオルを外し、ちょっとどっきりした気持ちごと、全力でシュリさんに叩き返す。

 べしゃっ、と小気味の良い音を立てて、タオルは狙い通り彼の顔面にクリーンヒットした。

 困惑したらしい彼は「そんな怒んなくてもあっち向いてるって」なぁんて言いかけて、言葉を飲み込む。わたしの殺気に気付いたんだろう。流石、ファンタジーな世界の住人デスネ。

 わたしは殺気をたぎらせたまま彼の目の前に進み出て、ガッ、と両手で彼の頭を鷲掴みにした。

「後見人でお願いします」

「あ?」

「後見人でお願いしますっつってんのよ!! 秋月亜己! 年は19! ヨロシクネ!!」

「じゅうく……はぁ!?」

 ホホ、随分と素っ頓狂な声を上げやがる。

 わたしはぎりぎりと両手に力を込めて、見開かれた彼のオレンジの瞳に自分の視線を据えて間近から殺気を送り込み続けた。めがねを掛けた状態のわたしに、眼力で勝てると思うな。いいか、先に視線を逸らした方が負けだ。

「おっま……それは流石に嘘だろ!」

「嘘ならもっとましなの吐くわよ! ちなみにあと三ヶ月でハタチよ!」

「ハタ……ってお前俺とタメかよ!? その脳内設定は無理あるだろ!」

「タメだと!? ホッホホ、もう敬語も敬称も使ってなどやらぬわ! というか脳内設定なものか!! 身長のある奴にわたしの気持ちが判るかああああぁぁーーー!!」

 ガンッ、と頭突きする勢いで顔を近づけてやると、いたたまれなくなったのかシュリは視線を逸らす。

 眼力勝負はわたしの勝ちのようだが、その白々しい顔。絶対に信じてないわね。

 こうなったら、最終兵器を投入するしかあるまい。

 大概の奴はこれで納得してオチる。

 わたしは彼が逃げないように、彼の膝の上に片足を乗っけて勢い良くチュニックを脱ぎ捨てた。

 シュリはぎょっとして身を引こうとする。その顔は鮮やかな髪に負けないくらい真っ赤だ。

 それもそうだろう。チュニックの下は裸……では流石になくて、ちゃんと下着の上からキャミソールを着ているけれど、それでも判る筈だ。

 縦に伸びなかったぶん育った、このFカップの胸がッ!!

 シュリの胸倉を掴んでぐいっと目の前に晒してやる。普段は一般人相手にここまではしないけれど、ここでこの男が信じてくれなかったら、今後この世界でのわたしの沽券に関わる。喰らうがいい!

「これを見てもまだわたしが12歳だと申すのか! 実物よ! パットなんて入っちゃいないわよ! 触ってみなさいよこん畜生!!」

「わっ、わ、判った! 信じる! 信じるから服を着ろおおおおぉぉ~~~!!」


 必死で逃げようとするシュリの悲鳴が、闇の落ち始めた空へと吸い込まれていく。

 こうしてわたしは、保護者ではなく後見人として、彼を獲得することに成功した。

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