表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

羊の三題噺。

【三題噺】忘れないこと。

作者: シュレディンガーの羊


翔の口癖が好きだった。


「いつか、一緒にドライブしたいね」


それだけが夢だった。




翔は苺のアイスクリームが好き。

だから、おやつにそれが出ると僕をほうっていってしまう。

キラキラしたその瞳が嫌いになれないから、それでもいいけど、本当は、苺のアイスクリームに負けてるみたいでちょっと切ない。


「ただいまっ」


それでも、走って僕の所にが帰ってくる翔が好き。

一緒に遊んでくれる翔が好き。




翔が小学生になった。

黒いランドセルを誇らしげに背負って、僕の前で回ってみせる。


「聞いてよ。ぼく、学校でたくさんの友達が出来たんだ」


そう笑って、翔は友達の家へ遊びに行ってしまった。

もう前のようには、僕と遊んでくれない。

それでも、僕に沢山話しかけてくれる翔が好き。




翔と顔を合わせずに、もう6年が経った。

気づけば、いつの間にか、翔の主語が「ぼく」から「俺」になっていた。


「母さん、俺の携帯どこにあるか分かる?」

「えー、居間にあったでしょ」

「あ、本当だ。あった、あった」


翔はもう僕を忘れてしまった。

苺のアイスクリームはまだ好きだけど、僕のことは忘れてしまった。




まわりにひしめく物はなんだろう。

歯ブラシ。

紙屑。

壊れた傘。

短い鉛筆。

みんな一緒に押し込められた。

そして、久しぶりに見た翔はスーツを着ていた。

翔が僕等を指差して問う。


「母さん、このゴミ袋何ー?」

「ん?あぁ、それ会社に行く途中に捨てて来てくれない?」

「りょーかい、燃えるゴミだよな」


こちらを見た翔と一瞬だけ、目が合った気がした。

気がしただけだった。

翔と僕等は一緒に家を出た。

もう、帰って来れないのが分かった。




久しぶりの外は雨が降っていた。

袋越しに見た翔は、黒い傘を差していて、大人になっていて。

そして、僕等は雨のゴミ捨て場に投げ出された。

小さな衝撃ひとつが、僕と翔のお別れだった。

翔は一度も振り返らなかった。

僕はそんな翔の後ろ姿をずっと見送った。

それさえ見えなくなって、翔はまだ苺のアイスクリームが好きなのかなと思う。


「淋しいですね」


右隣りの壊れた傘が言った。

翔のお気に入りだった黄色の傘。


「悲しいですね」


左隣りの短い鉛筆が言った。

翔に初めて使われた2Bの鉛筆。


「そうだね」


僕はそう返事をした。

翔の一番のお気に入りだった赤いミニカーはそう答えた。




雨が袋の中に染み込んで、僕をなぞる。

翔は黒い傘を差して、入社祝いの万年筆を持って、僕を忘れてしまった。

あの日の翔はもういないの?

何処にもいないの?

苺のアイスクリームは、どうなっただろうか。

それだけが気になった。




「あら。何を買って来たと思えば、苺のアイスクリームじゃない。懐かしいわ」

「なんか急に食べたくなってさ」

「あんた、小さい頃はやたら好きだったじゃない」

「何言ってんの、母さん」

「?」


「俺は今だって好きだよ。忘れたりなんかしてない」


三題噺として書きました。

赤いミニカー、傘、苺のアイスクリーム。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ