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七月

 いつものように西のテラスで、整髪しているときのこと。

 いつものように王様の横には、王冠を預かる大臣の姿がありましたが、その彼の元へ使いのものがやってきました。

 大臣は使いからの一筆を確認すると、真っ白な眉毛を一瞬歪めました。それを見た王様は何も聞かず、すっと片手を上げました。


「よい。火急の用であろう。下がってよいぞ」

「しかし……」

「案ずるな、私室の前にもテラスの下にも、充分兵を引いておる。そなたは良いから、く行け」


 鏡越しに視線を送ると、大臣は深く一礼して、テラスを後にしました。


 眩しい日差しの下、遠く青空に、小鳥のさえずる声が聞こえます。

 ざざ、と風が緑を揺らし、そこで王様は初めて、床屋と二人きりになってしまったことに気が付きました。


 しょきしょきと音を立て、鋏が軽やかに踊ります。

 銀の櫛がさらさらと髪を梳かします。


 いつも通り、いつも通りのことなのに、どうしてこんなにどきどきしなくてはならないのでしょう。


 王様はこほんとひとつ咳をすると、どさっと深く座り直し、口をへの字に固く結んで、おもむろに瞼を閉じました。こんな場合は、眠ってしまえばいいのです。その間に、散髪など終わってしまうことでしょう。王様は高く弾む心臓の音を聞きながら、微かに睫毛を震わせました。


 頬を、涼やかな風が撫でていきます。

 瞼の向こうで、重なり合う葉裏から木漏れ日が注いでいるのが感じられます。

 そうして背後では、大きな手が優しく髪を整えています。

 あまりの心地よさに王様は、いつしかとろとろと本当に眠たくなっていきました。


「王様。……王様? お休みになられたのですか?」


 遠くに床屋の声が聞こえましたが、王様はそのまま瞼を閉じていました。


「……王様?」


 瞼の内からでもわかりました。その影でも、気配でも。

 床屋が、王様の顔を深く、間近に覗きこんでいます。

 どきん、どきん、心臓が激しく王様の胸を叩きました。床屋の顔がますます近くなり、王様はぎゅっと瞼を固く閉じました。


 けれど吐息が重なりそうになったそのとき、すっと気配が離れました。

 しばらくの沈黙が続き、王様が目を開けようとした頃に、ぽつりと、床屋が呟きました。


「王様、私の夢を聞いてくださいますか? 馬鹿げた、決して叶わぬ夢です」


 王様は何も言わず、目を閉じたまま、夏の風が髪を遊ばせるに任せました。


「私の夢は、小さな田舎町で、床屋を開業することです。今よりずっと、小さな店です。


私の店にはひっきりなしにお客様がいらっしゃいます。みんな、馴染みの仲間たちです。


私は朝早くから日が沈むまで働きます。そうして私の隣には、いつも、貴方がいるのです」


 眠っているはずの王様の耳が、ぴくん!と大きく揺れました。


「貴方は私を叱ったり、拗ねたり、怒ったり、……ああ、これではいつも不機嫌みたいですね。


でも、王様。そんな時でもいつも貴方は、心では笑っているのです」


 床屋はくすくす笑いましたが、ふいにしっとりした声で、ちいさく、ちいさく囁きました。


「私の夢の中では貴方は、そのお耳を隠す必要もなく、皆の前で自然に振舞っています。誰一人として、貴方のお耳を笑うものはいません。


そうして私たちは、二人の家に帰るのです。私達はそこで、一緒にシチューを食べるのです」


 床屋の言うとおりでした。その夢はとても馬鹿げていて、決して叶うことがありません。


 なのにどうしてでしょう、王様の目尻には、星のようにちいさな雫が、一粒、きらりと光っていました。

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