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ぐらり。
世界がまわり思わず俯く。頭を締め付けられる鋭い痛みに、唇を噛みしめ耐える。
そんな私に頭上からパラパラと何かが降ってきて、びくりと体が跳ねた。下げたままの視線の先に、甘い匂いとともに瑠璃色の花弁が散らばっていく。
この国で聖なる木と呼ばれる瑠璃木犀。十字のような四枚の花弁の小花は肉厚で、葉の根本に房になって咲く。そのむせ返るほどの芳香の強さに、さらに世界がゆらゆらと歪む。
「あら、そこにいたの? 気がつかなかったわ。ほら、さっさと掃きなさいよ」
二階の窓から聞こえてくる声は、笑いを堪えたものだった。
背後から不機嫌そうな足音が近づく。
「まだ終わんないの? ほんっと愚図ね、あんた」
「……申し訳ありません」
冷たく吐き捨てて、バタバタと足音を立て去っていく背中に向かって頭を下げる。
ああ、早く薬を手に入れないと。
このままでは身体がもたないわ。
王都を追われ、この南の辺境モルナ領に送られてから二十日あまり。望まぬ新しい生活には、未だ慣れない。
すべてはあの日、突然、我が家に王立中央学園の警備隊が押し入ったあの瞬間からはじまった。
*
父も兄も不在の中、訳もわからず連行されたのは学園の大聖堂。そこで告げられたのは、カルカロフ王国第一王子オズワルド殿下の婚約者マルティナ・ホワイト様が、階段から突き落とされ意識が戻らない。そして、目撃者によると犯人は銀髪――私と同じ髪色の女子生徒であると。
まさか、私が犯人だと疑われているの?
私は、この一年学園には通えていないのに。
殿下の隣には、何故か勝ち誇ったように腕を組んでいる令嬢の姿があった。
『彼女だわ! 私、目撃しましたの。銀色の髪の女子生徒がマルティナ様の背中を押したのを……!』
彼女は、私を指差し大きな声で叫んだ。その髪はくすんだ灰色に近いけれど、照明の加減で銀色にも見える。そして、目元に涙を浮かべて殿下にしなだれかかった。
『大丈夫かい、ドリス。……シェリル・マリーニ。貴様の身分は剥奪する。そして、南方辺境伯領の修道院行きを命じる』
殿下が冷酷に言い放った。
ドリス嬢の肩を抱き寄せ一瞬目と目を合わせた二人が、ニヤリと笑った気がした。
『そ、そんな、待ってください。私、一年前から休学して……っ』
『連行しろ!』
私の言葉は遮られ、警備隊に取り囲まれてしまう。
私の背後から『やったのはドリス嬢だろ?』『しっ。聞こえるぞ』そんな囁きが聞こえた。けれど、殿下に意見など出来ないのだろう。誰も、私を助けてはくれなかった。
何故こんなことになってしまったの? 私は、何もしていないのに。お父様、お兄様、助けて……!
こうして私は、申し開きの機会も与えられず、着の身着のまま馬車へと放り込まれてしまったのだ。
*
馬車に揺られ五日。辿り着いたのは白い漆喰の修道院。年嵩の院長様は、罪人としてやって来た私を優しく微笑んで迎え入れてくださった。
優しそうな方。ここならば、粗末に扱われたりしないはず。大丈夫、大丈夫よ。きっと、お父様たちが私の無実を証明してくれるわ。
手仕事と祈りの中で、馬車旅で落ちた体力も少しずつ回復していく。そんな穏やかな日々が終わりを告げたのは、実家への手紙をしたため、巡回の郵便馬車に託した翌日のこと。
『貴様がシェリルか?』
明るい茶色の髪を揺らした男性に突然肩を掴まれた。ミシリと嫌な音がする。逃がさないとばかりに力を込める彼の目尻には、深い皺が幾重にも刻まれていた。
『第一王子殿下の婚約者様、殺害未遂で送られてきた悪女なのだろう。その性根、私が叩き直してやる。さあ、行くぞ』
『お待ちください。彼女は私どもが預かるのが、神の思し召し。それを、連れ去るなど許されません』
有無を言わせず私を引きずる男性の前に立ち塞がったのは、院長様だ。
『極悪人を辺境伯家の執事である私が直々に教育してやろうと言っているのだ。感謝してもいいんだぞ、院長』
止める院長様の肩を押した彼は、そのまま私を連れ去ったのだった。
辺境伯邸に連れていかれた私は、『罪人のシェリルだ。おまえたち、よく面倒みてやるんだぞ』と告げた執事バルトの言葉を受けた悪意に満ちた笑顔を浮かべる使用人たちの中に放り込まれた。
*
ここでの生活は想像以上に過酷だった。
執事のバルトから与えられたのは日当たりが悪く、常にすきま風が吹き込む部屋。朝は、日の出前に起き、夜は日付が変わるまで仕事に追われた。
屋敷の掃除を担当すればわざと足元に水を撒かれ、庭の掃除を担当すれば上から瑠璃木犀の花弁が降ってきた。そうやって何度も邪魔をされる。
やっとの思いで口にできる食事は、冷えきった具のないスープと何日も放置され固くなったパンのみ。
それから、今日まで休日は一度たりともない。
震える手で懐から茶色い小瓶を取り出す。残っている丸薬はあと十粒ほど。本来は一粒を一日三回飲まなければならない薬。新しく手に入れるのが難しい今、一日一粒でやり過ごしている。
この小瓶が空になったら私は――。
脳裏をよぎるのは、幼い頃に亡くなったお母様の姿。激しい目眩と頭痛に苦しみ、最期は呼吸することすら困難となって息を引きとった。
お母様が発症したのは、成人されてから。けれど私は、幼い頃から病に苦しめられてきた。
お父様、お兄様。手紙は受け取ったでしょうか? 心配をかけてごめんなさい。
早く会いたい。
身動ぎするたびにギシギシと軋む寝台の上で、身体を抱きしめ強く目を閉じた。
*
無情にも空になってしまった小瓶を、粗末な机に置いた。
「これで、最後だわ」
薬もついに底をつき、目眩や頭痛は激しさを増す。歪んで波打つ世界、歩くたびに襲われるズキリと鋭い痛み。
――せめて、街の診療所に行けたなら。
「バルト様、どうかお休みをいただけませんか?」
「罪人が休みを願い出るなど、生意気な。自分の立場を理解していないのか!」
「お願いします。半日でもいいので、どうか……」
立っていることも辛くて思わず床に膝をつく。そのまま祈るように言葉を繰り返した。
「この通りです。薬を、病気で、薬を飲まないと私は……」
「病弱を装って仕事をサボる魂胆か? どこまでも――」
「ちょっと、バルトさん。いくら罪人だからって流石に酷いですよ!」
通りがかった三つ編みのメイド――名前は確かゾーイさんが声を上げたその時、廊下の奥から低い声が響いた。
「……騒がしいぞ、何事だ? バルト」
振り返るとがっしりとした体格の男性の姿があった。冷々とした青い瞳が私を見下ろす。
「も、申し訳ありません。ラスマン様。新人のメイドが怠け者なので少し注意をしておりました」
「そうか。……バルト、来月の視察の資料だが一部、頁が抜けている」
「直ぐにお探しします。おまえたち、早く仕事に戻りなさい」
彼らが立ち去ろうとしたその時、ラスマン様がふと足を止め視線をこちらへと向ける。感情のない青い瞳は、私を一瞥すると関心がないのかすぐに逸らされた。
あの方がモルナ領を治める辺境伯チェスター・ラスマン様。貴族の男性にしては珍しい短く刈られた髪は漆黒。逞しい体格も相まって貴族というよりもまるで武人だ。
「役に立てなくてごめんね。診療所までの道のり教えてあげるから、夜、こっそり行っておいで。あそこの先生はいつでも、誰でも受け入れてくれる」
「でも、勝手にお屋敷を抜け出すなんて……」
「そんな真っ青な顔して無理しちゃ駄目だよ。薬が必要なんでしょ? アンタの分の仕事、私も手伝うから。ね?」
このお屋敷に来てから、はじめての優しさだった。
幼い頃から病弱だった私に、家族が当たり前に与えてくれていた優しさが、こんなにも温かいものなのだと知った。
学園での謂れのない断罪、バルトたちの理不尽な扱いに摩りきれてしまっていた心が、私を心配してくれる人がいることに震えた。
「ありがとうございます。ゾーイさん」
*
お屋敷が眠りにつきはじめる頃。
裏口からこっそりと抜け出すと、この国で聖なる木と呼ばれる瑠璃木犀の花が瑠璃色の光を放っている庭を進む。すると、西門の手前に庭師の老人が切り株に腰かけていた。
「ゾーイに聞いておる。門の鍵は開けておくから早くお行き。気をつけるんじゃぞ」
「ありがとうございます」
ゾーイさんに教えられた診療所までの道のりは徒歩で三十分ほどとのことだったが、真っ暗な中、ふらつく足では倍近い時間がかかってしまった。
寝静まった街で、一軒だけ窓からオレンジ色のランプ灯りが漏れる家。教えられた診療所だ。
木製の扉を叩き、中から「どうぞ」と扉が開かれる。室内には、消毒薬と薬草の匂いが漂う
「こんばんは。おや、はじめての方ですね」
温かみのある亜麻色の髪に鮮やかなエメラルドの瞳をしたその人は、白衣を羽織っている。
「私はシェリルと申します。夜分に申し訳ありません」
「構いませんよ、シェリルさん。ずいぶん顔色が悪いですね。さ、こちらに」
「失礼します」
案内された診察台に手をついた瞬間、視界が揺れる。激しい目眩に襲われ倒れ込むように横になった。途端に、全身が鉛を巻き付けたみたいに重い。
「僕は、ウォーレン。見ての通りここの医者です」
白衣の袖を軽く捲ったウォーレン先生の落ち着いた佇まいや、仕草と声には、どことなく気品が滲んでいる。
「それで、シェリルさん。こちらに来たのは診察ですか? それともお薬をお探しですか?」
「……薬を、手持ちの薬が尽きてしまって」
震える手で、草臥れた黒いお仕着せのポケットから茶色の小瓶を取り出し、先生に掲げて見せた。その瓶を受け取った先生の表情が、わずかに曇った。
「これは――頭痛や目眩を抑えるための抑制剤の薬瓶ですね。……しかもかなり強力なものだ。シェリルさん。その症状、最初は微熱を出すことからでしたか?」
「ええ、幼い頃から身体が弱くてよく熱を出して寝込んでいました。学園に入学してからは、症状が悪化してしまって……」
「学園とは王都の?」
「……はい。二年前に入学したのですが、誰かに押さえつけられるような激しい頭の痛みや、立っていられないほどの目眩に襲われ、昨年からは休学を」
「ああ。やはり、あの学園には瑠璃木犀の並木道が――」
ぼそりと呟き何か考え込むウォーレン先生に、私は声を掛ける。
「先生?」
「シェリルさん、あなたを苦しめているのは、毒素です」
毒? 毒素?
先生は私の病の原因を知っているの? 王都――いいえ、国中の名だたる名医の誰ひとりとして原因がわからなかったのに? 何故?
あまりの衝撃に、私は診察台の上で言葉を失い、先生のエメラルド色の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
「瑠璃木犀。あの木が年に四度、花をつけるのはご存知ですね? そして、その開花時期の数日間だけ神秘的な光を放つ――あの輝きこそが毒素なのです。この国の人間が聖なる木と崇めているのは、毒を撒き散らす悪魔の木なのです」
……そんな。この国のあらゆる場所で咲くあの花が毒を?
にわかには信じられなかった。
学園、王城、そして辺境伯のお屋敷にさえも。あの瑠璃色の花は至るところに溢れている。
――この国に逃げ場などないということ?
「隣国では知られていることですが、この国はあの木を崇める風習が強い。それに、耐性がある民が多いのか毒素に冒される者も稀なのです。結果的にこの事実を知る者が少ないのでしょう」
「母も、同じ症状で亡くなりました。ずっと怖かった。原因もわからず治療法もなく。私もいつか同じように……」
私が消え入りそうな声でこぼすと、先生は唇を噛みしめ首を振った。
「シェリルさん、お母様と同じ道は辿らせません。――ですが、申し訳ありません。ここにはあなたが服用していた薬より効果の弱い抑制剤しかないのです」
「そ、うですか」
国の中心であり、あらゆる物資が揃う王都とは違って、この街で手に入る薬には限りがある。
「……これまで、病に苦しめられ、ずっと耐えてこられたのですね」
先生の言葉に、胸の奥がツンと痛んだ。母を亡くし、病に怯えてきたあの苦しかった日々をわかってもらえた気がした。
「そんなあなたが、何故この地へ? もし差し支えなければ、事情を伺えませんか?」
「私は……オズワルド殿下の婚約者様を突き落としたと断罪され、辺境伯領の修道院送りになったのです。ずっと休学していたのに、聞き入れてすらもらえずに――」
言葉にした瞬間、涙が私の視界を歪めた。
突然罪を着せられこの地に送られてから、日々を生きることで精一杯だった。
学園にさえ行けなかった私に、どうやって人を突き落とせたというの?
「修道院で静かに日々を過ごしていたら、辺境伯家の執事に無理矢理連れ去られ、メイドとして働かされ……っ」
罵倒や嫌がらせ、体の不調に耐えるのに必死で心を動かす余裕すらなかった。
私が何をしたというの? 私は、ただ生きていたい。それだけなのに。
「……実家に、マリーニ伯爵家に手紙は出しました。でも、無事に届いたのかすらわからないの。……っ、う……っ。お父様、お兄様……っ」
堪えきれずに嗚咽が漏れる。一度堰を切った感情はもう止まらない。
そんな私の頭にふいに大きな手のひらが置かれた。先生があやすようにゆっくりと何度も私の髪を撫でる。
「……よく頑張りましたね。もういい。もう、これ以上理不尽に耐える必要はありません。シェリルさん、あなたは何も悪くないのだから」
そのぬくもりはあまりにも優しくて、私は両手で顔を覆ってただ泣き続けた。
*
「……お屋敷に戻らなければ」
そう呟いたシェリルさんは、寝台の縁に手をかけ身体を起こそうとする。月の輝きが溶け込んだような銀色の髪が、さらりと肩から滑り落ちた。ひとしきり泣き続けた彼女の目元は、赤く腫れぼったい。その奥にある菫色の瞳は、どこまでも儚く揺れていた。
……執事に対する恐怖が、彼女を突き動かしているのだろうか。
「何を言っているんですか! そんな状態のあなたを帰すことはできません」
「ですが……」
「シェリルさん、今のあなたは命の危機に晒されている。辺境伯邸には僕からしばらく療養させると報せます。だから、自分の体のことだけを考えてください」
細い両肩を手で押さえてなんとか彼女を押し留めた。
しばらくして疲労と安堵から眠りに落ちたシェリルさんの肩まで上掛けを引き上げる。
マリーニ伯爵家といえば、国王陛下の信頼も厚い。そんな家の令嬢が何故、こんな不遇な扱いを受けているのだ。
見過ごすことはできない。
壁際の机に向かい、二通の手紙をしたためた。一通は彼女の実家であるマリーニ家へ。そして、もう一通は隣国に住む瑠璃木犀の毒に詳しい古くからの知人へ。
僕は迷うことなくペンを走らせた。
――ウォーレン・ミラー。
それが僕の名だった。侯爵家の三男として中央学園を卒業後、最高学術院へと進み医学の道を志していた。
三年前。十五歳だったあの傲慢な第一王子――オズワルドが禁忌とされる薬物の調達を命じてきたのだ……。
僕はそれを拒絶したが、あの男の逆鱗に触れ根も葉もない悪評を流されてしまった。侯爵家へとその累が及ぶのを避けるために、自ら勘当を願い出て隣国グリフィスへと逃れた。
そこで僕は、この国の医師が誰も知らない瑠璃木犀の毒素と、その毒素を中和させる琥珀星花の存在を知った。
一年後、僕は目立たぬようこの辺境伯領で小さな診療所を開いた。
実際に毒素に冒された患者を目の当たりにするのは、シェリルさんが初めてだ。
この国の医師たちに知識がない以上、彼女の症状も長らく原因不明で片付けられてきたのだろう。
風土の影響か、民族特有の耐性か、症状を発症する者が少なかったこと。瑠璃木犀を聖なる木と崇めてきたこと。グリフィスとの交流は物流が基本であり、文化や知識の交流が少なかったこと。
それらが積み重なり、毒素についての知識は誰も、おそらく国王ですら知らない。
隣国で出会った知人に治療薬の手配を頼む旨の書面を綴り、ペンを置いた。
彼女を救うためにできることを、すべて――。
*
窓の外から聞こえる朗らかな小鳥のさえずりで目が覚めた。清潔なシーツの肌触りのぬくもり、開け放たれた窓から吹き抜ける柔らかな風は、すきま風とは違う。
ウォーレン先生が、「しばらく診療所で療養させる」とお屋敷に伝えてきたと教えてくれた。
「だから、安心してください」
そう言って微笑む先生の眼差しがどこまでも優しくて、私の不安は包み込まれてしまう。
「……どうしてこれほど良くしてくださるのですか?」
私は力の入らない腕で、ゆっくりと身体を起こした。ふらつく肩を先生の大きな手が優しく支えてくれる。
「病に苦しむ患者を見捨てるなんてできません。それに、もうひとつ理由があります。――僕も、昔オズワルド殿下によって王都を追われ家名を捨てたんです。だから、君のことが他人事とは思えない」
至近距離にあるエメラルドの瞳が、悲しげに揺れ離れていった。
先生も、私と同じだった――。
家族や居場所を理不尽に奪われ、傷ついた過去があるのだわ。
「……先生」
呼ぶ声は震えてしまう。
「さあ、まずは朝食にしましょう」
先生が差し出した腕に両手を添えて、診察室の奥にある居間へと一歩ずつ移動した。
目の前に置かれたのは、湯気を立てるパン粥だった。ミルクとハーブで柔らかく煮込まれていて、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……あたたかい。こんなに美味しい食事、久しぶりです」
一口ごとにぬくもりが身体の隅々まで染み渡るよう。
「全部食べられましたね。よかった」
先生は優しく目を細める。空になった食器を片付けると、食卓の上に一冊の古びた植物図鑑を広げた。
「これからの話をしましょう。シェリルさんの病を治すには、琥珀星花という植物が必要です」
琥珀星花。聞いたことのない名前に首を傾げる私に先生は、植物図鑑を開いて指差してみせる。そこには、天を仰ぐ星に似た琥珀色の宝石みたいな花が描かれている。
「この植物は瑠璃木犀の毒素を養分にして育ちます。そして毒素が中和されると、花弁の上に透明な雫となって現れる。まるで、星が涙を溜めているかのように。その雫こそが君を救う治療薬となるのです」
毒を薬に変える花。
指を伸ばし図鑑に描かれているその花弁をそっとなぞる。
「綺麗……。この花が、私を救ってくれるのですね」
私の呟きに先生は力強く頷いた。そして、伸ばした私の指先の上に、ウォーレン先生の大きな手が重ねられた。
すらりとした指は、それでもごつごつとした節がある男の人の手だった。私よりもずっと温かくて、その体温が伝わるとともに胸の奥がじんわりと解けていく。
じわりと伝わる熱が、私の顔まで赤くする。たまらず俯いた私に気づいているのかいないのか、先生は優しく言葉を続けた。
「隣国での手続きなどもあり数日かかると思いますが、まもなく治療薬が届きます。それまで無理はせず過ごしましょう」
ウォーレン先生の言葉は、失っていた希望の灯火のようだった。
お読みいただきありがとうございます。
第2話は明日(23日)18時過ぎに更新予定です。




