第9話 恒星の跡
最初に気づいたのは、影だった。
地平線の向こうに、
黒い縁取りのような線がある。
自然の谷にしては、輪郭が丸すぎる。
黒川は立ち止まる。
「……進路、あっち」
短く言う。
航田がすぐ反応する。
「了解。いや、何です?地形変化ですか?」
歩くたびに、影は大きくなる。
そして。
視界が、途切れた。
地面が、なくなっている。
直径、数キロはある。
巨大な円筒状の穴。
底が見えない。
縁は滑らかに溶け、
ガラスのように光っている。
棚橋が言葉を失う。
「……これ、隕石じゃないですよね」
理央が即座に計測する。
「衝突痕ではありません。
衝撃波パターンが存在しない」
航田が穴の縁を覗き込む。
「真っ直ぐすぎません?」
黒川は縁の断面を見る。
層が、均一に溶けている。
削ったのではない。
焼き抜いた。
理央の声が少し低くなる。
「この規模の地殻を溶融させるには、
地球の年間総発電量の数百倍のエネルギーが必要です」
航田が笑う。
乾いた笑い。
「数百倍って……」
理央は続ける。
「もし一瞬で行われたなら、
桁がさらに上がります」
棚橋が穴から一歩下がる。
落ち着きがない。
「人類には無理ですね」
黒川は即答する。
「無理です」
理央が静かに言う。
「恒星出力を直接制御できる文明なら、
理論上は可能です」
航田が息を止める。
「タイプII……?」
理央は否定も肯定もしない。
「エネルギー規模だけ見れば、
惑星文明ではありません」
黒川は穴を見つめる。
これが攻撃か。
採掘か。
実験か。
あるいは。
ただの“作業”。
棚橋が小さく言う。
「……俺ら、踏み場間違えてません?」
誰も笑わない。
穴の内壁に、螺旋状の模様が走っている。
均一。
一定間隔。
自然ではありえない精度。
だが、証拠もない。
黒川は言う。
「原因は保留」
航田が早口になる。
「保留って、これ保留でいいやつですか?」
「証拠がない」
黒川は短く返す。
理央が補足する。
「現時点では“未知の高エネルギー現象”と分類します」
棚橋がぽつりと言う。
「これが“ついで”だったら嫌ですね」
「ついで?」
航田が聞く。
「作業の、ついで」
沈黙。
もしこの穴が、
文明の本気ではなく、
副産物だったら。
黒川は縁の近くに転がる塊に気づく。
穴の縁に沿って、
いくつか散らばっている。
小さな、黒い塊。
焼結したような表面。
拾う。
重い。
叩く。
鈍い反発。
理央が測定する。
「未知組成。
既存データベース不一致」
航田が言う。
「……ゴミじゃないですよね?」
黒川は答えない。
穴を見て、塊を見る。
人類には不可能な規模の加工。
その縁に落ちている、小さな塊。
それが偶然の鉱物なのか、
副産物なのか。
分からない。
だが。
黒川は言う。
「持ち帰る」
理央が一瞬だけ目を細める。
「巨大構造の残渣である可能性があります」
黒川は頷く。
「それでも」
穴の底は見えない。
この星は何もないはずだった。
だが。
何もない星に、
恒星規模の痕跡がある。
人類はまだタイプI未満。
それでも。
落ちている塊ひとつで、
世界は変わるかもしれない。
黒川は塊をケースに収めた。
巨大な穴の縁で、
人類は、
誰かの“余りもの”を拾っていた




