第8話 何もない星
作業区域を広げていく。
灰色の地面は、どこまで行っても同じ色だった。
濃淡はあるが、意味のある差ではない。
砂もない。
小石もない。
転がるものが何一つない。
まるで、
一度すべてを溶かして、
均して、
冷ましたような表面だった。
外は完全な真空だ。
音はない。
だが宇宙服の中は静かではない。
呼吸音。
循環ポンプの低い振動。
ときおり入る、通信のわずかなノイズ。
外が無音であるほど、
内側の音が強調される。
「足跡、残らないですね」
物資担当の棚橋余が言う。
黒川は足元を見る。
重力は地球より軽い。
だが跳ねるほどではない。
踏みしめれば、確かな反力が返ってくる。
「硬いですね」
「ええ」
黒川は短く答える。
操船担当の航田が、地平線を見ている。
「地形、単純すぎませんか」
「単純って?」
棚橋が聞き返す。
「変化が少なすぎる。
自然の地形なら、もう少し“乱れ”がある」
航田の説明はいつも少し抽象的だ。
理央が補足する。
「侵食の跡とか、
堆積の偏りとか。
この星、そういうのが薄いです」
通信担当の理央は、計測データを重ねている。
「既存データとも一致しません。
均質すぎます」
黒川は歩みを止めた。
地面に、細い線が走っている。
自然の割れ目にも見える。
だが、途中で途切れていない。
迷いがない。
「……引いたみたいですね」
棚橋が言う。
誰も笑わない。
黒川はしゃがむ。
線の幅を測る。
一定。
傾斜も、ほぼ一定。
「人工物っぽいですね」
理央が言いかけて、口を閉じる。
通信は開いている。
軽々しく断定はしない。
黒川はすぐには触らない。
初めての場所だ。
判断材料は、まだ足りない。
周囲を見る。
同じ線は他にない。
だが遠くに、
光の加減で並行しているようにも見える。
錯覚かもしれない。
「動きました?」
棚橋が小さく言う。
黒川は視線を固定する。
動いていない。
スーツ表示を確認。
重力値、0.92。
わずかに揺れる。
0.93。
戻る。
誤差範囲。
「見間違いです」
黒川はそう言う。
だが断定はしない。
工具を取り出す。
狙いを定め、
線の端に力をかける。
振動が手に伝わる。
音はない。
乾いた感触。
地面が割れる。
粉にはならない。
崩れもしない。
一塊のまま、
割れただけだった。
棚橋が息を呑む。
「綺麗に割れますね」
黒川は破断面を見る。
整っている。
だが、同じ形ではない。
人工的な加工面ではない。
しかし、偶然にしては整いすぎている。
航田が言う。
「自然の結晶構造ですかね」
理央が即座に否定する。
「結晶なら方向性が出ます。
これは……均一すぎる」
黒川は破片を裏返す。
内部も灰色。
層がない。
混ざり気がない。
「軽い」
地球の岩より、わずかに軽い。
「何もない星、ですよね?」
棚橋が言う。
理央が答える。
「“何も観測されていない星”です」
その言い方に、誰も突っ込まない。
遠くで、もう一本、線が光った気がした。
気のせいかもしれない。
黒川は破片をいくつか選ぶ。
量は決めない。
後で判断できるようにする。
「偶然です」
黒川は言う。
だが、
全員が同じことを思っていた。
この星は、
何もない。
はずだ。
だが。
何もないにしては、
整いすぎている。
そしてその感触は、
ただの岩より、
少しだけ“素直”だった。




