第44話 出口は外じゃない
「逃げる準備をする」
黒川の一言で、全員が動き出す。
止まっていた空気が、流れる。
充が推進ログを開く。
「ノズル二番、28%」
下がっている。
ゆっくり。
確実に。
「他は」
黒川。
「一番、三番、正常」
「推進は出るな」
「出ます」
充は即答する。
だが。
「効率は落ちます」
分かっている。
全員。
ここから出るには、コストがいる。
棚橋が言う。
「推進剤」
「まだ余裕あります」
理央が補足する。
「ただし」
画面を出す。
「外部構造の周期と干渉しています」
0.02Hz。
五十秒。
船の推進出力。
わずかに揺れている。
同期している。
「逃げる方向に噴いても」
航田が言う。
「吸われる可能性あります」
主語はない。
だが。
十分だ。
黒川が言う。
「切るか」
充が即座に反応する。
「推進を?」
「構造との同期」
理央が首を振る。
「切れません」
短い。
「切ると乱れます」
既に見た。
オシナオスン。
同じ挙動。
「じゃあ」
棚橋が言う。
「合わせたまま逃げる?」
航田が静かに言う。
「それしかない」
氷室が壁に触れる。
手袋越し。
感触は一定。
だが。
「……流れてる」
「何が」
黒川。
「応力」
氷室は言う。
「この壁、固定じゃない」
全員が見る。
「ゆっくり動いてる」
理央がすぐログを見る。
「外部応力分布」
更新される。
波のように広がる。
50秒周期。
「構造自体が動いてる」
充が言う。
「じゃあ」
棚橋。
「出口も動く?」
理央が止まる。
「……出口」
その言葉が残る。
航田が前を見る。
巨大な壁。
どこまでも続く。
継ぎ目なし。
均一。
だが。
「均一じゃない」
小さく言う。
黒川が見る。
「どこが」
航田は指を動かす。
空間をなぞる。
「ここ」
何もない場所。
だが。
「流れが違う」
理央が即座に観測を重ねる。
「応力分布、局所差」
0.0001。
誤差。
だが。
連続している。
線になる。
氷室が言う。
「境界ですね」
「境界?」
棚橋。
「部材の」
氷室は言う。
「人間なら」
全員が見る。
「ここで区切る」
黒川が近づく。
画面を見る。
線はない。
だが。
違う。
「テスラみたいだな」
黒川が言う。
棚橋が反応する。
「一体成形のやつですか」
「ああ」
黒川は言う。
「全部一体で作る」
「じゃあ壊れたら」
棚橋。
「総とっかえですね」
誰も笑わない。
黒川が続ける。
「でもな」
短く。
「現場は切る」
沈黙。
氷室が頷く。
「逃げ道、作ります」
理央が言う。
「ここ、他と違います」
応力の流れ。
わずかな歪み。
50秒ごとに強くなる。
「周期で変わる」
航田が言う。
「開くタイミングがある」
黒川が決める。
「合わせる」
充が言う。
「推進、同期維持」
理央。
「外部周期、トラッキング」
氷室。
「応力最大点、待つ」
棚橋が小さく言う。
「出口は」
少し考える。
「外じゃないんですね」
黒川が答える。
「構造の都合だ」
船は動かない。
だが。
周囲が動く。
壁が呼吸する。
0.02Hz。
五十秒。
その周期の中で。
一瞬。
応力が緩む場所がある。
理央が言う。
「来ます」
全員が止まる。
数値が揃う。
50秒。
49。
48。
航田が操縦桿を握る。
「合わせます」
黒川。
「やれ」
氷室。
「アンカー解除準備」
充。
「出力、同期維持」
棚橋が呟く。
「それ、いるの?」
誰も答えない。
だが。
全員分かっている。
今だけは。
必要だ。
理央が言う。
「……今」
壁の一部。
ほんのわずか。
応力が消える。
ゼロに近い。
境界が、消える。
航田が操作する。
微推力。
ほんのわずか。
船が滑る。
壁に向かって。
衝突しない。
押されない。
「……入る」
誰かが言う。
船体が。
壁に。
触れる。
抵抗がない。
黒い面が、歪む。
柔らかくなる。
吸い込まれるように。
船が。
半分。
沈む。
充が叫ぶ。
「推進、吸われます!」
黒川。
「止めるな」
航田。
「維持します」
理央。
「周期、維持!」
氷室。
「外壁、応力ゼロ!」
棚橋。
「……通れる」
船が。
壁の中に入る。
音はない。
衝撃もない。
ただ。
位置が変わる。
次の瞬間。
抜ける。
反対側。
空間。
暗い。
広い。
同じ構造。
だが。
違う。
理央が言う。
「外です」
黒川が首を振る。
「違う」
短く。
「別の内側だ」
沈黙。
航田が前を見る。
壁。
また続く。
どこまでも。
棚橋が小さく言う。
「これ」
「出口じゃない」
誰も否定しない。
理央の画面。
更新。
・進行率:16%
上がっている。
黒川が言う。
「……いい」
全員を見る。
「まだ中だ」
船は抜けた。
だが。
出ていない。
巨大構造体は。
まだ続いている。
そして。
彼らは。
その中を。
移動している。




