第39話 未定義
装置は、安定している。
0.02Hz。
五十秒。
リングは滑らかに回る。
乱れはない。
第ニ周期も維持。
全て、正常。
理央が言う。
「周期、完全一致です」
充が言う。
「出力も戻っています」
航田が言う。
「揺れも安定してます」
氷室が内部から言う。
「機械としては、完璧ですね」
黒川が言う。
「そうですね」
短い。
それで十分だった。
だが。
理央が止まる。
「……おかしい」
誰もすぐには反応しない。
理央は画面を拡大する。
エネルギー流束。
流路。
矢印。
その一部が。
分かれている。
「分岐しています」
理央が言う。
充が聞く。
「どこに」
理央が答える。
「こちらです」
画面に、細い線。
主流から外れた流れ。
ほんのわずか。
誤差レベル。
だが。
確実に存在する。
航田が言う。
「戻り流?」
理央が首を振る。
「違います」
「新しい流れです」
氷室が内部から言う。
「こっちでも見えます」
ライトを当てる。
流路の一部。
わずかに光る。
主流とは違う方向。
氷室が言う。
「枝分かれしてます」
充が計算する。
「エネルギー量」
数値が出る。
小さい。
だが。
ゼロではない。
「0.0003%」
誰も言わない。
だが全員が思い出している。
オシナオスンの上限。
黒川が言う。
「原因は」
理央が答える。
「不明です」
正直だ。
「装置は正常です」
「周期も一致」
「流路も安定」
「でも、この分岐だけ説明できません」
航田が言う。
「……なんか」
少し考える。
「向いてません?」
「何が」
充が聞く。
航田は窓の外を見る。
黒い壁。
その奥。
そして。
船の位置。
「こっち」
理央がすぐに重ねる。
流束ベクトル。
方向。
一致。
主流ではない。
分岐流。
その先。
船。
沈黙。
氷室が言う。
「黒川さん」
「はい」
「これ」
少し考える。
「測ってますよね」
黒川は答えない。
理央が言う。
「可能性はあります」
充が言う。
「センサー?」
理央が言う。
「それに近い」
航田が言う。
「でも、なんで今」
理央が答える。
「分かりません」
「ただ」
そして言う。
「部品を入れた後です」
棚橋が小さく言う。
「直したから?」
誰も否定しない。
理央がログを整理する。
新しい行が増える。
・流束分岐:発生
・方向:船体位置
そして。
もう一行。
理央の声が少し低くなる。
「……分類できません」
黒川が聞く。
「何が」
理央が答える。
「この流れ」
「既存の構造に含まれていません」
充が言う。
「つまり」
理央が言う。
「未定義です」
船内が静かになる。
装置は正常。
周期も正常。
だが。
一部だけ。
説明できない。
航田が小さく言う。
「見られてる感じ」
誰も笑わない。
理由はない。
だが。
否定もできない。
黒川が言う。
「対応は」
理央が答える。
「ありません」
正しい。
未定義には、手順がない。
氷室が内部から言う。
「続けますか」
黒川は少しだけ考える。
短い。
そして言う。
「続けます」
装置は動いている。
完全に。
正しく。
だが。
その中に。
一つだけ。
意味の分からない流れがある。
宇宙の片隅。
巨大文明の設備。
その中で。
人類は今。
定義されていない存在として。
そこにいる。
そして。
どこかで。
評価が。
静かに。
始まっていた。




