第27話 擦過
揺れは、静かに終わった。
だが。
「……当たった」
航田が小さく言う。
衝撃は大きくない。
爆発もない。
だが船体のどこかを、確かに擦った。
低い振動が一度だけ走る。
ゴン。
それだけ。
宇宙では、その「それだけ」が重い。
警告灯が一つだけ点いた。
赤ではない。
橙。
充が画面を開く。
「……推進系」
静かな声。
「どうだ」
黒川。
「ノズル二番、推力低下」
「どのくらい」
「……35%」
船内が静かになる。
電気推進は冗長系がある。
だが。
効率は落ちる。
推進剤消費も増える。
帰りはない。
だが。
航行は、まだ長い。
黒川が言う。
「まず落ち着こう」
声は低い。
焦りを押さえ込む声だ。
「作業分担」
いつもの言い方。
それだけで、空気が整う。
「船体確認」
氷室が手を上げる。
「外、見ます」
即答。
現場の男だ。
「内部構造」
「俺」
黒川。
「推進系」
「……やります」
充。
「観測」
理央。
「医療」
「はい」
のどか。
「物資」
棚橋が言う。
「……俺、何見れば」
黒川が答える。
「全部」
棚橋は頷く。
それでいい。
外部カメラが開く。
映像が出る。
氷室が言う。
「……擦ってます」
船体外装。
装甲プレートが一枚。
削れている。
大穴ではない。
だが。
細い溝。
まるで。
ナイフでなぞったような。
「材質?」
理央。
「……分かりません」
氷室が言う。
「岩じゃない」
そのとき。
理央が、別の画面を見る。
「……待って」
全員が振り向く。
「外部地形」
窓の外。
さっきまで見えていた多面体構造。
あの黒い塊。
だが。
今見えているのは。
違う。
平面。
巨大な壁。
滑らかな面。
さっきの構造が、どこにもない。
「……おかしい」
理央が言う。
「外から見た形と一致しません」
航田が窓を見る。
目を細める。
「回転してる?」
「違う」
理央。
「形が変わってる」
黒川が言う。
「どういう意味だ」
理央はゆっくり答える。
「外から見えていた構造」
間。
「……覆われていた可能性」
氷室が呟く。
「隠されてた?」
誰も答えない。
充が突然言う。
「推進装置」
全員が振り向く。
「……変です」
「何が」
「ノズル二番」
画面を拡大する。
推力低下。
35%。
だが。
損傷ログがない。
衝突ログもない。
代わりに。
「出力、吸われてる」
「どこに」
充は首を振る。
「分かりません」
そのとき。
理央が静かに言う。
「周期」
0.02Hz。
50秒。
船体振動ログ。
そして。
外部構造。
同じ。
揺れている。
氷室が外壁カメラを動かす。
装甲プレート。
削れた溝。
その奥。
黒い面。
金属でもない。
岩でもない。
まるで。
内部構造。
棚橋が小さく言う。
「……それ」
誰も振り向かない。
棚橋は続ける。
「最初から、外殻だったんじゃないですか」
静寂。
つまり。
あの黒い多面体は。
本体ではない。
殻。
そして今。
彼らは。
殻の内側にいる。
船は静かだ。
だが。
揺れは続いている。
50秒。
呼吸。
構造。
同期。
そして。
推進装置が。
何かに。
触れている。
黒川が言う。
「いい」
低い声。
「まず船を直す」
保全の男の言葉。
未知文明でも。
宇宙でも。
やることは同じ。
「直せるかどうかを見る」
そして。
その後で。
「外を見る」
窓の外。
滑らかな壁。
無限に続く構造。
星ではない。
岩でもない。
惑星でもない。
それは。
何かの。
内部だった。




