第26話 止まらないという判断
「相対速度、まだ速いです」
理央の声は平坦だ。
数字も平坦だ。
だが、距離は平坦ではない。
前方の“影”は、もう天体の輪郭を持っている。
球体ではない。
歪んだ塊。
光を吸う、黒い多面体。
自然の岩ではない。
削られた形でもない。
組まれた、ようにも見える。
「減速率、足りません」
充が言う。
炉出力、9%。
冷却温度、上昇。
長時間は持たない。
「推進剤消費、許容内です」
棚橋が数字を確認する。
許容内。
便利な言葉だ。
だが、余裕は薄い。
航田は計算している。
距離。
質量推定。
重力偏差。
そして。
揺れ。
0.02Hz。
影の周囲で、空間が揺れている。
止まるには、もう少し減速が必要だ。
だが。
揺れが強まっている。
「止まると、揺れの中心に入ります」
航田が言う。
主語はない。
だが意味はある。
黒川が聞く。
「危険か」
「……分からない」
正直だ。
「でも」
航田は続ける。
「通過すると、二度と戻れない」
推進剤は有限。
逆加速は高コスト。
今を逃せば、終わり。
理央が言う。
「重力偏差、周期安定」
50秒。
揺れる。
まるで。
待っているように。
氷室が低く言う。
「入るか、外れるか」
二択だ。
止まるか。
抜けるか。
航田は、数字ではなく。
流れを見ている。
揺れは不安定ではない。
乱れていない。
規則的だ。
制御されているようにも見える。
「……落ちます」
誰も動かない。
「不時着?」
棚橋が聞く。
航田は首を振る。
「違います」
間。
「選択です」
「減速止めます」
充が顔を上げる。
「止める?」
「止める」
航田の声は小さい。
だが揺れない。
「完全停止はしません」
「どうする」
黒川が聞く。
「揺れに合わせます」
理央が息を止める。
「位相同期?」
「多分」
主語はない。
だが方向はある。
「推進出力、揺れ周期に合わせて微調整」
充がすぐ理解する。
「炉出力、微振動制御可能です」
「やれますか」
黒川。
「やります」
充。
揺れ、0.02Hz。
50秒周期。
推進出力を、ほんのわずかに変える。
加速、止める。
逆噴射も止める。
ただ。
合わせる。
船の速度は、完全には落ちない。
だが。
相対速度が、揺れと同じリズムで上下する。
近づく。
離れる。
近づく。
離れる。
影が、わずかに回転する。
表面に、線が走っている。
螺旋。
あの星の穴と、同じ構造。
理央が言う。
「外部構造、応答しています」
航田は静かに言う。
「入れます」
落ちるのではない。
招かれる。
最後の距離。
「姿勢、固定」
氷室が言う。
「外壁応力、監視」
棚橋が呟く。
「それ、いるの?」
誰も答えない。
船は、影の縁をかすめる。
衝撃はない。
引き込まれる感覚もない。
ただ。
重さが、変わる。
内側から押されるような。
そして。
静止。
完全停止ではない。
だが。
相対速度、ゼロ近傍。
揺れと一致。
同じ周期で、呼吸する。
充が息を吐く。
「出力、安定」
理央。
「同期、完了」
黒川が言う。
「止まったか」
航田は首を振る。
「止まってません」
間。
「合わせただけです」
不時着ではない。
事故ではない。
落下でもない。
選んだ。
揺れに合わせて、入った。
影の内部は暗い。
だが。
拒絶はない。
歓迎もない。
ただ。
そこにある。
船は、静かに揺れている。
50秒。
呼吸のように。
未知の構造と。
同じリズムで




