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人類保全  作者: wwaabb
24/49

第25話 減速は音がしない

「逆噴射、入ります」


航田の声は小さい。


だが船内に響く。


電気推進は爆発しない。


轟音もない。


ただ、計器の数字がゆっくり動くだけだ。


出力配分が変わる。


推進系へ、電力が多めに回る。


充が炉のログを見る。


「出力、5%上げます」


「冷却は」


黒川が聞く。


「余裕、あります」


“余裕”。


その言葉は便利だ。


だが宇宙では、余裕は薄い。


減速は、加速より神経を使う。


間違えれば、通り過ぎる。


もっと間違えれば、落ちる。


三日前に決めた方向。


“重い”と感じた先。


そこに、何かがある。


理央が言う。


「重力偏差、増加。0.0006」


倍だ。


誤差では済まなくなってきた。


航田は操縦桿に触れる。


ほんのわずか、修正。


「自動補正、強めます」


「やりすぎるな」


黒川が言う。


「分かってます」


分かっている。


分かっているが、怖い。


数字が揃い始めるときが一番怖い。


バラバラなら偶然だ。


揃い始めると、意味が生まれる。


窓の外。


星の密度が、ほんの少しだけ変わる。


奥行きが歪む。


航田はそれを見る。


言葉にはしない。


“重い”。


あの感覚は、間違っていなかった。


棚橋が小さく言う。


「減速って、こんな静かなんですね」


氷室が答える。


「現場は静かな方が怖い」


外壁点検の経験が滲む声。


静かな異常は、気づきにくい。


気づいたときには遅い。


理央が新しいログを開く。


「反射、はっきりしました」


全員が見る。


前方に、暗い影。


光を吸うような形。


天体サイズではない。


だが、星でもない。


「人工……?」


誰も断定しない。


航田が言う。


「減速、もう少し」


充が炉出力をさらに上げる。


7%。


冷却水温、上昇。


「長くは持ちません」


「分かってます」


そのとき。


理央の声が、わずかに変わる。


「……同期」


「何が」


黒川が聞く。


「0.02Hz」


船内が一瞬、静まる。


保管庫の周期。


オシナオスンの周期。


「外部重力偏差、同じ周期で揺れています」


航田は画面を見る。


確かに。


微小だが、揺れている。


“重い”の正体は。


ただの質量ではない。


揺れている。


呼吸するように。


50秒。


ゆっくり。


一定。


充が呟く。


「炉出力と位相、近いです」


黒川が言う。


「供給、維持」


増やさない。


減らさない。


余計なことはしない。


今は。


減速は続く。


推進剤が、わずかに減る。


速度が、ゆっくり落ちる。


影が、大きくなる。


氷室が低く言う。


「止まれますか」


航田は答えない。


計算している。


距離。


相対速度。


揺れの周期。


“重い”方向は正しかった。


だが。


それは歓迎か、罠か。


まだ分からない。


船は静かに、速度を落とす。


誰も叫ばない。


誰も走らない。


ただ数字だけが、ゆっくり変わる。


宇宙は、音がない。


だから。


緊張は、内側で鳴る。


影まで、あと数時間。


止まれるか。


それとも。


落ちるか。


静かなまま、答えに近づいていく。

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