第24話 主語のない進路
ブリッジは暗い。
人工照明は落としてある。
前方スクリーンには、星が散っている。
動いているのは、船だけだ。
航田智は、椅子に深く座っている。
両手は操縦桿に触れていない。
触れない。
触れなくても、船は進む。
自動航行。
だが完全自動ではない。
微調整は、人の役目だ。
航田は、ずっと見ている。
数字ではない。
“流れ”だ。
航路ベクトル。
重力井戸の歪み。
遠方の微小な偏差。
言葉にすると途端に嘘っぽくなる。
だから言わない。
言えない。
「何か、ある?」
黒川が入ってくる。
航田は少し考える。
「……あります」
「何が」
「少し」
黒川は近づく。
表示を覗く。
数値は正常。
誤差範囲。
許容内。
「どこが」
航田は指で空間をなぞる。
スクリーンの、右上。
「ここ」
「星?」
「じゃない」
「じゃあ」
「……重い」
黒川は黙る。
航田の説明はいつもこうだ。
主語がない。
でも、外さない。
理央がログを開く。
「重力分布に微小偏り。0.0003G未満」
充が言う。
「誤差では?」
航田は首を振る。
「誤差、じゃない感じ」
“感じ”。
言ってしまって、少しだけ顔が曇る。
感じ、は嫌いだ。
根拠にならない。
何度も言われた。
「何が言いたいの?」
言いたいことはある。
でも、順番がない。
頭の中では全部繋がっている。
口に出すと、切れる。
黒川は言う。
「進路修正、いる?」
航田はすぐ答えない。
スクリーンを見続ける。
星の並び。
奥行き。
ほんのわずかな、光の歪み。
「……まだ、いらない」
黒川は頷く。
「監視強化」
「はい」
航田は小さく息を吐く。
助かった。
即断を迫られなかった。
航行は続く。
静かだ。
何も起きていない。
だが。
“重い”。
航田は、その言葉を頭の中で転がす。
重力井戸があるわけではない。
天体は表示されていない。
観測にも引っかからない。
なのに。
進路の“流れ”が、ほんの少しだけ曲がる。
船は自動補正している。
人が気づかない程度に。
だが。
彼は気づく。
理由は説明できない。
でも、外したことは少ない。
それだけが、彼の自信だ。
小さいが。
確かな。
「次の目標天体、候補出してます」
理央が言う。
「重力偏差方向の先に、未登録の反射」
航田は顔を上げる。
「反射?」
「スペクトルが薄い。自然か人工か不明」
黒川が言う。
「距離は」
「三日」
充が小さく言う。
「三日なら、燃料余裕あります」
棚橋が笑う。
「在庫増やす前に寄ります?」
誰も笑わない。
航田はスクリーンを見つめる。
“重い”方向。
そこだ。
多分。
彼は言う。
「……行った方が、いい」
全員が見る。
主語はない。
理由も薄い。
だが。
彼の判断は、今まで外していない。
黒川は短く言う。
「進路、変更」
「了解」
航田の手が、初めて操縦桿に触れる。
微調整。
ほんの数度。
船の鼻先が、わずかに動く。
星の並びが変わる。
宇宙は、変わらない。
だが。
進む方向は、変わった。
航田は、少しだけ安心する。
言えなかったことを、拾ってもらえた。
主語がなくても。
船は、理解してくれる。
人も、少しだけ。
三日後。
“重い”の正体に、近づく。
それが星か。
それとも。
落ちるか。
まだ分からない。




