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人類保全  作者: wwaabb
22/49

第23話 それいるの?

「交換時期です」


充が淡々と言う。


居住区奥、循環系ユニットの前。


小型の流量制御バルブ。


定期交換サイクル、到達。


摩耗率は17%。


設計上の交換基準は20%。


「まだいけますよね?」


棚橋が即座に言う。


黒川は計測ログを見る。


「規定では交換」


充は工具を手に取る。


「安全側に倒します」


棚橋が口を挟む。


「安全側って、まだ全然減ってないじゃないですか」


「数値上は余裕あります」


理央が補足する。


「でも想定は想定です」


棚橋はバルブを見つめる。


「これ、捨てます?」


「廃棄リストへ」


充が答える。


棚橋の眉がわずかに動く。


宇宙船の物資庫は限られている。


重量は燃料。


体積は命。


“余分”は敵。


それは理屈だ。


棚橋も分かっている。


だが。


「まだ使えるのに」


口に出る。


黒川は言う。


「保管コストは?」


「重量0.8キロ」


「場所は?」


「小ケース一つ」


充が言う。


「それが百個あったら?」


棚橋は黙る。


でも言う。


「百個あったら安心です」


航田が小さく笑う。


「安心の総量、増えますね」


「笑い事じゃないですよ」


棚橋は真顔だ。


棚橋は昔の倉庫を思い出す。


“在庫圧縮”。


“回転率向上”。


“滞留品ゼロ”。


棚の奥に追いやられた箱。


誰も触らない部品。


「それ、いるの?」


何度も言われた。


ある日。


ラインが止まった。


代替品が届かない。


仕様変更で、旧型部品が必要になった。


在庫ゼロ。


倉庫の隅に、一本だけ残っていた。


棚橋が捨てずに置いていたやつ。


役に立った。


誰も褒めなかった。


でも。


止まらなかった。


それだけで、よかった。


「黒川さん」


棚橋が言う。


「このバルブ、保管枠に入れていいですか」


黒川は少し考える。


「理由は」


「規定は20%。今17%。想定内。だけど」


棚橋は続ける。


「次の星、何あるか分からない」


充が言う。


「何もないかもしれない」


「何かあるかもしれない」


棚橋は即答する。


理央が静かに言う。


「在庫は確率の話ですね」


「え?」


「使う確率と、持つコスト」


航田が補足する。


「未来の不確実性を、物で埋める」


棚橋は頷く。


「そうです」


充が言う。


「電力も同じです。余裕は欲しい。でも増やせない」


黒川はバルブを手に取る。


軽い。


確かに、まだ使える。


宇宙は、次に何を出してくるか分からない。


だが。


重量は増える。


積み上がれば、確実に効く。


黒川は言う。


「保管一個まで」


棚橋の顔が少し緩む。


「一個?」


「同種は一個。理由をログに残す」


棚橋は即答する。


「残します」


充が小さく言う。


「増やさないでくださいね」


「増やしません」


棚橋はバルブを丁寧にケースへ入れる。


ラベルを貼る。


“予備・未摩耗17%”。


丁寧すぎる字。


作業が終わる。


交換完了。


循環系正常。


異常なし。


棚橋は物資庫の扉を閉める。


小さな箱が一つ増えた。


宇宙船の総重量は、わずかに増えた。


誤差だ。


でも、確実だ。


航田が言う。


「それ、使う日来ますかね」


棚橋は少し考える。


「来ないかもしれない」


「じゃあ」


「でも、来たとき困らない」


黒川が言う。


「それが在庫です」


宇宙は、予測できない。


文明の痕跡。


同期する振動。


押すと変わる石。


全部、想定外だった。


想定外は、来る。


そのとき。


手元に何があるか。


棚橋は物資庫をもう一度確認する。


「それいるの?」


と聞かれた物が、並んでいる。


彼にとっては。


全部、いる。


船は静かに進む。


重量、わずかに増。


不確実性、わずかに減。


どちらが正しいかは、まだ分からない。


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