第22話 外側
船外ハッチが閉まる。
警告灯が消える。
真空。
音がなくなる。
氷室凍也は、船の外壁に立っている。
固定アンカーを二重確認。
手順通り。
毎回同じ。
何も起きない。
それが正しい。
視界の先には、星も、光も、ただ黒。
船体外板の微細な歪みをスキャンする。
異常なし。
いつも通り。
「……仕事、あるだけマシか」
誰にも聞こえない。
学生の頃は、答えがあった。
問題集。
公式。
模範解答。
式を当てはめれば、点数は出た。
努力すれば、報われる可能性があった。
少なくとも、構造は見えていた。
氷室は思い出す。
教室の蛍光灯。
黒板のチョーク。
「ここ、出るぞ」
出た。
取れた。
それで良かった。
社会に出た。
答えはなかった。
評価基準も曖昧。
正解は後から変わる。
「もっと主体性を」
「もっと柔軟に」
「前例にとらわれるな」
何が正解なのか、誰も言わない。
言わないくせに、間違えると怒る。
氷室はアンカーを増し締めする。
規定トルク。
逃げ道はない。
手順がある。
だから安心する。
「氷室さん、外壁温度どうです?」
通信越しに理央の声。
感情がない。
「安定」
短く返す。
理央は若い。
頭もいい。
数値も出す。
迷わない。
羨ましいか?
違う。
たぶん。
氷室は言う。
「学生の頃はさ」
通信は開いたまま。
理央が沈黙する。
「答えがあったんだよな」
「はい?」
「式があった。出せばよかった」
外壁を叩く。
コン、と小さな振動。
宇宙は返事をしない。
「社会に出たら、答え探すところからだ」
「……」
「その答えを出すのが大変なんだ」
少し間。
氷室は続ける。
「最近はさ、答えが教えてもらえないと怒るだろ」
理央は少し考えてから言う。
「怒るというより、不安なのでは」
氷室は笑う。
「不安か」
自分も不安だった。
ずっと。
選ばれなかった。
本気じゃなかった。
本気だったら違ったか?
分からない。
時代のせいにして、楽になる。
でも、本当は。
本気じゃなかったのかもしれない。
アンカーを三度目確認する。
完璧。
「今後の日本、心配になるぜ」
わざと軽く言う。
理央が静かに返す。
「氷室さんが外に出てくれるなら、少し安心です」
氷室は固まる。
評価されると、困る。
「手順通りやってるだけだ」
「それが難しいんです」
通信が切れる。
氷室は船体に手を置く。
冷たい。
この船は、壊れない前提ではない。
直せる前提だ。
学生の頃は、壊れない答案用紙だった。
社会は壊れる。
答えはない。
でも。
ここでは、手順がある。
確認がある。
逃げ道がある。
それで十分かもしれない。
宇宙は、答えをくれない。
だが、嘘もつかない。
センサーは正直だ。
歪みなし。
応力正常。
異常なし。
氷室は小さく言う。
「本番は、強いんだよな、俺」
誰も聞いていない。
だが、それでいい。
ハッチが開く。
船内に戻る。
船は、静かに進んでいる。
答えのない方向へ。




