第20話 五十秒のない夜
保管庫の振動は、続いている。
0.02Hz。
五十秒。
五十秒。
誰も口にしないが、全員が数えている。
黒川は整備ログを開いている。
異常なし。
異常がないことを確認する作業は、疲れる。
壊れていないものを見続けるのは、
壊れているものより難しい。
理央は周期を見ている。
位相。
振幅。
応答。
外部構造のログも並べる。
一致。
ずれ。
一致。
ずれ。
「……弱い」
また呟く。
証拠はある。
決定打はない。
積田充は電源波形を見つめている。
供給は維持。
0.00025%。
たったそれだけの数字に、
全神経を使っている。
少しでも上げれば、倍化。
少しでも下げれば、乱れ。
この狭さが、気に入らない。
「余裕がない」
誰にも聞こえない声。
氷室は手順書を改訂している。
“微小供給状態における監視強化”
文言を整える。
言い訳にならない文章にする。
失敗したとき、責任の所在が曖昧にならないように。
「……選ばれなかった世代は、
責任だけは明確にされる」
小さく言う。
棚橋が聞く。
「何か言いました?」
「いえ」
のどかは心拍ログを見る。
五十秒。
五十秒。
自分の心拍も、揃いかける。
深呼吸。
意識的にずらす。
「……整いすぎるのは、良くない」
自分に言う。
夜。
船内照明が落ちる。
人工重力は一定。
静かなはずの時間。
だが。
五十秒。
五十秒。
誰かが、無意識に足を鳴らす。
理央が、気づく。
航田だ。
一定の間隔。
「……やめてください」
「え?」
「無意識のテンポです」
航田が止める。
「すみません」
主語がない謝罪。
黒川が言う。
「一度、全員離れます」
保管庫から。
端末から。
五十秒から。
氷室がうなずく。
「交代制」
理央が少し戸惑う。
「観測は」
「ログは取れる」
黒川は短く言う。
「人間は、代えが利かない」
沈黙。
のどかが、ほんの少しだけ安心した顔をする。
数時間後。
保管庫の振動は、変わらない。
0.02Hz。
五十秒。
だが。
誰も数えていない。
理央は遠距離観測に切り替えている。
航田は星図を眺めている。
棚橋は物資の棚を整理している。
氷室は外壁点検の準備をしている。
充は電源の予備ラインを確認している。
黒川は、何もしていない。
ただ、椅子に座っている。
目を閉じる。
成功より、失敗を先に想像する。
供給を止めたらどうなる。
続けたらどうなる。
答えは出ない。
だから。
いまは、何もしない。
五十秒。
五十秒。
振動は続く。
だがその夜、
誰の心拍も揃わなかった。
それだけで、十分だった。




