第19話 切断の条件
五十秒。
保管庫の振動が刻む。
0.02Hz。
船の中は静かだ。
静かすぎる。
黒川は、点検表を閉じた。
異常なし。
異常がないのが、異常だ。
「医療ログ、安定です」
のどかが言う。
だが声は少し硬い。
「閾値内ですが、
全員に周期性が残っています」
理央が補足する。
「位相は保管庫と一致」
氷室が腕を組む。
「手順では想定外です」
航田が言う。
「想定外、多いですね最近」
誰も笑わない。
黒川は保管庫を見る。
閉じている。
ロックは正常。
供給は、0.00025%。
振動は安定。
心拍も安定。
“安定”している。
黒川は、逃げ道を探す。
常にそうしてきた。
壊れたときの戻り方。
止めたときの影響。
切ったときの反動。
「切断条件を整理します」
黒川が言う。
全員が見る。
「第一条件」
短く区切る。
「生体への明確な有害影響」
のどかが頷く。
「現時点では未確認」
「第二条件」
黒川は続ける。
「船体構造への不可逆変化」
氷室が言う。
「未発生です」
「第三条件」
黒川は保管庫を見る。
「外部構造の急激な変化」
理央が即答する。
「現時点では微小応答のみ」
棚橋が小さく言う。
「じゃあ、切れないっすね」
黒川は頷く。
「切れません」
航田が言う。
「でも、つながってる可能性は」
黒川は遮らない。
「可能性はあります」
それで十分だ。
そのとき。
保管庫の振動が、わずかに乱れる。
0.02Hzが揺れる。
0.04Hzが、増幅する。
理央が言う。
「供給を0.0003%に上げました」
充が答える。
「安定域を探ってます」
黒川は言う。
「戻してください」
充が一瞬止まる。
「……まだ安全域です」
黒川は静かに言う。
「安全域は、広げない」
充は戻す。
0.00025%。
振動が落ち着く。
理央が言う。
「外部ログ」
円筒穴の螺旋構造。
微小なエネルギー流束が、
同じ周期で揺れる。
氷室が低く言う。
「協調しています」
棚橋が言う。
「向こうも安定してる?」
理央は答える。
「少なくとも、崩壊はしていません」
沈黙。
もし彼らが供給を止めれば。
振動は暴れる。
倍化する。
人の心拍が乱れる。
外部構造がどうなるかは、
分からない。
黒川は、保管庫に近づく。
手を触れない。
ただ、見る。
「……これは」
少し間。
「保全です」
氷室が目を上げる。
黒川は続ける。
「目的は不明。
全体構造も不明。
だが、劣化兆候があり、
安定化手段が存在する」
理央が小さく言う。
「局所補修」
黒川は頷く。
「ただし」
声が低くなる。
「我々は依頼されていません」
棚橋が言う。
「勝手に直してるってことっすか」
氷室が言う。
「現場判断です」
少しだけ、口元が動く。
「氷河期世代の得意分野です」
航田が小声で言う。
「誰も頼んでないのに仕事してる」
「やめてください」
氷室は真顔だ。
のどかが言う。
「黒川さん」
「はい」
「周期が一瞬、ずれました」
全員の端末に、わずかな揺らぎ。
0.02Hzが、0.021に。
心拍も、微妙にずれる。
理央が言う。
「外部構造の位相が、先に変化しました」
黒川は即答する。
「供給維持」
充が頷く。
振動が、元に戻る。
0.02Hz。
五十秒。
揃う。
黒川は言う。
「切断はしません」
短く。
「ただし」
全員を見る。
「供給を増やさない」
氷室が頷く。
「拡張しない」
理央が補足する。
「観測のみ」
のどかが言う。
「生体優先」
充が言う。
「負荷監視強化」
棚橋が言う。
「余り物、まだ捨てない」
航田が言う。
「……たぶん、今は正しい」
主語はない。
だが、方向は合っている。
保管庫の中で、
何かが、五十秒ごとに整う。
星の穴の螺旋が、
わずかに呼吸する。
彼らは、
レベル2の端末に、
レベル1未満の文明として、
最低限の電力を供給している。
補修かもしれない。
違うかもしれない。
だが今は、
切らない。
まだ、
戻れるから。




