第18話 異常は人から
久慈のどかは、毎朝同じ順番でログを見る。
睡眠時間。
心拍変動。
呼吸数。
体温。
船の機械より、人の方が壊れやすい。
それが医療担当の常識だった。
「……ん?」
のどかは、理央のデータで止まる。
心拍は正常。
だが。
HRV(心拍変動)が、微妙に揃いすぎている。
健康すぎる。
「理央さん」
「はい」
理央は振り向かない。
「昨日より、変動幅が減っています」
「ストレス軽減かもしれません」
理央は淡々と答える。
「周期に慣れたのでは」
のどかは言う。
「周期?」
「保管庫の」
理央の指が止まる。
同じ時刻。
積田充のログ。
心拍が、五十秒周期で微妙に上がる。
0.02Hz。
振動と一致している。
のどかは画面を拡大する。
偶然かもしれない。
だが。
氷室のログも、わずかに揃う。
航田も。
棚橋も。
黒川は――
変化が小さい。
だが、ゼロではない。
のどかは保管庫を見る。
閉じている。
触っていない。
なのに。
「……全員、揃ってます」
小さく呟く。
昼。
黒川が巡回している。
のどかが呼び止める。
「黒川さん」
「はい」
「身体に、周期が出ています」
黒川は眉を動かさない。
「何の周期ですか」
「五十秒」
沈黙。
「偶然の可能性は」
「あります」
のどかは正直に言う。
「でも」
少し迷う。
「保管庫の振動と、同じです」
黒川は即答しない。
「症状は」
「症状というほどではありません」
のどかは言う。
「ただ、揃っています」
航田が横から言う。
「それ、まずいやつですか」
のどかは首を振る。
「分かりません」
その言葉が、一番怖い。
理央がデータを重ねる。
「……位相が一致しています」
充が顔を上げる。
「こっちが先か、向こうが先か」
理央は答えない。
のどかが言う。
「心拍は、外部刺激に同調することがあります」
「音楽とか?」
棚橋が言う。
「ええ」
のどかは頷く。
「低周波振動でも起こります」
全員が保管庫を見る。
閉じている。
音は聞こえない。
振動も感じない。
だが。
ログは揃っている。
氷室が言う。
「心理的影響では」
「説明できます」
のどかは言う。
「でも」
黒川を見る。
「黒川さんは、周期が小さいです」
黒川は短く言う。
「意識していません」
のどかは首を振る。
「むしろ、意識していない人ほど
揃います」
沈黙。
理央が小さく言う。
「……内部再編の影響が、
生体リズムに干渉している可能性」
航田が言う。
「それ、やばいんじゃ」
氷室が言う。
「手順外です」
だが声は低い。
そのとき。
保管庫の振動が、一瞬止まる。
0.02Hzが消える。
全員の端末の心拍ログが、わずかに乱れる。
のどかが息を呑む。
「……外れました」
数秒。
振動が再開する。
0.02Hz。
そして。
心拍も、戻る。
棚橋が言う。
「……向こうがリードしてる?」
理央は小さく言う。
「少なくとも、
無関係ではありません」
黒川は静かに言う。
「医療ログを優先します」
のどかが頷く。
「異常閾値を下げます」
氷室が言う。
「手順改訂ですね」
黒川が言う。
「人の安全が先です」
それは絶対だ。
だが。
五十秒ごとに揃う心拍。
閉じた保管庫。
星の螺旋構造。
レベル2の端末が、
レベル0.8の生体リズムに、
触れている可能性。
のどかは、全員のログを保存する。
凄いものは、
まず人から壊す。
それを防ぐのが、
自分の仕事だ。




