第17話 報告の遅れ
推進系は、安定している。
数値は揺れない。
出力波形も整っている。
燃料流量、正常。
積田充は、端末を閉じた。
もう一度、開く。
保管庫のログを呼び出す。
――内部温度 +0.3℃
――音響振動 0.02Hz
――倍周期成分 0.04Hz
そして。
新しい行が増えていた。
――電源系統微小負荷変動 +0.0002%
充は息を止める。
推進系から、直接電源は送っていない。
保管庫はパッシブ監視だ。
アクティブ給電はしていない。
していないはずだ。
ログを拡大する。
変動は小さい。
誤差と言えば、誤差。
だが。
周期が一致している。
0.02Hz。
五十秒。
五十秒ごとに、電源系のどこかが、わずかに吸われる。
「……」
言うべきか。
まだ小さい。
確認してからでいい。
まずは切り分けだ。
充は手動で出力フィルタを調整する。
負荷の揺らぎを吸収するように。
波形を平滑化する。
グラフが、静かになる。
「よし」
小さく呟く。
誰にも聞こえない。
理央が背後に立っていることに、気づかなかった。
「何を調整しましたか」
充の肩がわずかに跳ねる。
「……ノイズ除去です」
「どのノイズですか」
理央の声は平坦だ。
責めていない。
だが、逃げ道もない。
「電源の微小負荷変動」
理央の目が一瞬だけ動く。
「報告は」
「……誤差の範囲です」
理央は端末を出す。
保管庫ログと、電源ログを重ねる。
「一致しています」
0.02Hz。
0.04Hz。
そして電源負荷。
「……吸っています」
理央が言う。
充は黙る。
「隔離されています」
理央が続ける。
「物理的には」
充は低く言う。
「だから、平滑化しました」
「止めたのですか」
「抑えただけです」
沈黙。
理央は黒川を呼ばない。
まだ。
氷室が近づく。
「何かありましたか」
理央が答える前に、充が言う。
「小さい変動です」
氷室は頷く。
「小さいうちに潰すのは正しい」
正しい。
その言葉が、重い。
数分後。
保管庫の振動ログが、乱れる。
0.02Hzが揺れる。
0.04Hzが不安定になる。
そして。
0.08Hzが立つ。
理央の声が低くなる。
「倍化しています」
充の喉が鳴る。
「……そんなはずは」
電源は安定している。
負荷は平滑化している。
吸わせていない。
「抑えたからです」
理央が言う。
充が振り向く。
「何を」
「入力が減ったため、
内部再編速度が上がった可能性」
氷室が言う。
「負荷を遮断すると、
別経路を探す」
現場では、よくある。
配管を締めると、別の継ぎ目が割れる。
充の胸が冷える。
「……まだ仮説です」
理央が言う。
だが声は早い。
久慈のどかが言う。
「心拍、上がっています」
「誰の」
「積田さん」
充は息を吐く。
「大丈夫です」
のどかは言わない。
大丈夫と言う人ほど、大丈夫じゃない。
黒川が入ってくる。
「報告」
短い。
理央は一瞬、充を見る。
充が先に言う。
「電源系に微小な負荷変動がありました」
「処置は」
「平滑化しました」
黒川は数秒、充を見る。
責めない。
褒めない。
「結果は」
理央が言う。
「周期成分が倍化しました」
黒川は保管庫を見る。
「入力を遮断すると、加速する可能性」
理央が頷く。
「現時点では否定できません」
黒川は言う。
「平滑化を解除」
充の指が止まる。
「……解除?」
「吸わせたまま観測する」
黒川の声は変わらない。
「止める前に、仕組みを見る」
充はうなずく。
手動でフィルタを戻す。
波形がわずかに揺れる。
0.02Hz。
0.04Hz。
0.08Hz。
そして。
ゆっくりと、0.08Hzが消える。
倍化が止まる。
理央が小さく息を吐く。
「……安定」
氷室が言う。
「抑えると暴れる」
棚橋がぽつりと言う。
「子どもみたいっすね」
誰も笑わない。
黒川は充を見る。
「次からは」
短く言う。
「先に報告」
充は頷く。
言い訳はしない。
抱え込むのは癖だ。
直らない。
だが。
今は、共有する。
保管庫は、まだ閉じている。
誰も触っていない。
それでも。
五十秒ごとに、何かが整う。
今は、吸わせている。
わずかな電力。
わずかな履歴。
恒星規模かもしれない何かが、
船の電源の、0.0002%を使っている。
それが何かは、まだ分からない。
だが。
切れば暴れる。
流せば安定する。
レベル1の文明は、
レベル2の端末に、
わずかな電力を与えている。
まだ、片足だ。
まだ、戻れる。




