第16話 採用されない観測
理央は、三つのグラフを並べていた。
保管庫内部振動。
外壁応力変化。
そして、円筒穴内壁の微弱温度ログ。
それぞれ単体では、意味が薄い。
誤差。
環境ノイズ。
偶然。
そう分類できる。
理央は、重ねる。
時間軸を揃える。
0.02Hz。
0.04Hz。
波が、ずれる。
完全には一致しない。
だが。
完全に無関係とも言えない。
「……弱い」
理央は小さく呟く。
証拠として弱い。
採用されない。
黒川が入ってくる。
「進展は」
理央は、画面を消しかけて止める。
「……相関は確認できません」
正しい答え。
黒川は頷く。
「継続観測」
それだけ言って去る。
理央は、消しかけた画面を戻す。
採用されない観測は、
存在しないのと同じだ。
氷室が隣に立つ。
「何かありますか」
理央は少し迷う。
「……統計的有意差はありません」
氷室は頷く。
「では、まだ手順外です」
正しい。
正しいのに。
理央は言う。
「ただ」
氷室が見る。
「0.02Hzと0.04Hzの他に、
0.01Hzの揺らぎがあります」
「揺らぎ」
「ごく微小です」
理央は指で波形をなぞる。
「ですが、
円筒穴の螺旋構造の
幾何パターンと一致します」
氷室は黙る。
理解はしていない。
だが、理央の声が少しだけ変わったことは分かる。
航田が言う。
「つまり」
全員が見る。
航田は言葉を探す。
「向こうの形が、
こっちの振動に混ざってる……?」
主語がない。
だが、方向は合っている。
理央は小さく頷く。
「可能性としては」
棚橋が言う。
「混ざるって、どういうことっすか」
理央は答える。
「保管庫内部の振動に、
外部構造の周期成分が重畳している」
「……え」
棚橋が固まる。
「隔離してますよね」
「しています」
理央は言う。
「物理的には」
積田充は黙っていた。
自分のログは、まだ言っていない。
内部温度の微増。
報告していない。
理央の観測が採用されないなら、
自分のも採用されない。
そう思っている。
久慈のどかが、理央を見る。
「顔色、少し悪いです」
理央は即答する。
「正常です」
のどかは言わない。
“正常です”と言うとき、
大体は正常ではない。
黒川が戻ってくる。
「何の話ですか」
氷室が答える。
「周期成分の混在です」
黒川が理央を見る。
「証拠は」
理央は画面を出す。
一瞬だけ迷う。
出しても、評価されないかもしれない。
だが。
出さなければ、
存在しない。
「……弱いです」
理央は先に言う。
「ですが、保管庫内部振動の波形に、
外部螺旋構造の幾何周期が重なっています」
黒川は黙って見る。
数秒。
「再現性は」
「……まだ」
黒川は頷く。
「継続」
それだけ。
否定しない。
採用もしない。
保留。
理央は小さく息を吐く。
保留は、拒絶ではない。
そのとき。
保管庫の振動ログが、
一瞬だけ乱れる。
0.02Hz。
0.04Hz。
そして。
0.01Hzが、はっきりと立つ。
理央が息を止める。
「出ました」
黒川が見る。
「再現か」
「いえ」
理央は首を振る。
「外部螺旋構造の、
温度ログが先です」
沈黙。
「向こうが先に揺れました」
棚橋が言う。
「……あっちが押してる?」
誰も笑わない。
氷室が言う。
「手順外です」
だが声が低い。
黒川は保管庫を見る。
「切断は維持」
短く言う。
「ただし」
理央が顔を上げる。
黒川が続ける。
「向こうの周期を、
観測対象に追加する」
理央の指が止まる。
「……はい」
評価されたわけではない。
だが、無視もされなかった。
理央はグラフを保存する。
採用されない観測は、
今日、存在になった。
弱い。
だが。
消えなかった。
保管庫は、まだ閉じている。
誰も触っていない。
それでも。
振動は、増えている。
そして今。
揺らぎは、
内側からだけではない。




