第14話 隔離の意味
保管庫のロックは、三重になっている。
物理ロック。
電磁ロック。
アクセス権限。
オシナオスンは、その中にある。
黒川が決めた。
だから、誰も触っていない。
触れない。
触れないまま、航行は続く。
「隔離手順、確認しました」
氷室凍也が言う。
外作業用のチェックリストを、
船内でも持ち歩く癖がある。
「封印、三点。監視、パッシブ。
アクセスログ、物理的に切断済み」
黒川が頷く。
「問題ありません」
氷室はもう一度、扉を見る。
問題がないかを確認するためではない。
“問題があったときのために”見ている。
航行は順調だった。
推進系、正常。
姿勢制御、正常。
積田充は、ログを見ていた。
異常はない。
ないはずだ。
そのとき、端末の隅が一行だけ更新される。
――保管庫内部温度 +0.3℃
充の指が止まる。
一度だけ。
それ以上は変化しない。
(言うな)
(まだ言うな)
報告すれば、作業が増える。
確認が増える。
責任が増える。
ログを閉じる。
理央が言う。
「円筒穴の温度変化は、
センサー誤差の範囲内です」
黒川が聞く。
「相関は?」
「統計的有意差なし」
理央は一瞬だけ言葉を選ぶ。
「現時点では」
評価されない観測は、
無視される。
それが一番嫌いだ。
久慈のどかが、端末を見ながら言う。
「黒川さん」
全員が振り向く。
「心拍、少し上がってます」
「誰の」
「……全員です」
航田が苦笑する。
「いや、まあ」
氷室は笑わない。
「原因は」
「特定できません」
のどかは言う。
「睡眠は取れています」
身体は正常だ。
だから、余計に気持ちが悪い。
棚橋が保管庫を見る。
「……あれ、捨てないっすよね」
黒川は答えない。
棚橋は続ける。
「余り物でも、
価値あるかもしれないじゃないですか」
氷室が言う。
「価値があっても、
手順外のものは扱えません」
「手順って」
棚橋が言い返しかける。
航田が口を開く。
「それ、たぶん」
全員が見る。
航田は黙る。
言葉にすると、
誤解される。
理央の端末が鳴る。
ログ更新。
「……保管庫内部音響振動」
黒川が聞く。
「外部要因は?」
「なし」
理央は即答する。
「船体振動とも一致しません」
氷室が言う。
「内部?」
誰も答えない。
理央が続ける。
「周波数、0.02Hz」
棚橋が言う。
「遅いっすね」
理央は頷く。
「周期、約五十秒」
充の背中が冷える。
昨夜のテンポが、
指に残っている。
黒川は保管庫の前に立つ。
ロック、正常。
封印、破損なし。
氷室が言う。
「手順通りです」
黒川は開けない。
代わりに、
外部端子からパッシブスキャンを行う。
波形が出る。
小さい。
だが、一定だ。
五十秒。
五十秒ごとに、
何かが“揃う”みたいに。
理央が小さく言う。
「……増えました」
「何が」
「周波数が。
0.04Hz」
倍だ。
氷室が言う。
「変化しています」
黒川は答えない。
変化しているものに、
理由は後からつく。
先にやるのは、
止めるかどうかだ。
黒川は言う。
「今日は、誰も近づかない」
棚橋が言う。
「でも」
黒川は続ける。
「分からないものは、
分からないまま
つないだ状態にしない」
隔離は、
切断のための処置だ。
だが。
切れていない場合もある。
航行は順調だった。
推進系、正常。
姿勢制御、正常。
それでも。
五十秒ごとに、
保管庫の中で、
誰も触っていない履歴が、
増えていく。




