第13話 何も聞いていない朝
朝。
人工光がゆっくり明るくなる。
理央はいつも通りの時間に現れた。
髪は整っている。
目は冴えている。
完全に通常運転だ。
積田充は、先に席に座っていた。
コーヒーパックを開ける音が、やけに大きく聞こえる。
理央が隣に座る。
「おはようございます」
いつもの声。
いつものトーン。
充は一瞬だけ視線を上げる。
「……おはよう」
喉が乾く。
(普通だ)
(普通すぎる)
理央は端末を開きながら言う。
「昨夜、少しデータ取りました」
充の指が止まる。
「……そうなんだ」
「オシナオスン、再現性あります」
さらり。
「圧力の順序が重要みたいで」
充の脳内に、昨夜の声が再生される。
スターライト・フォルムチェンジ。
「……順序」
「はい。圧力→保持→微振動」
理央は真顔だ。
完全に研究モードだ。
充はコーヒーを飲む。
熱い。
無駄に熱い。
「……その、順序って」
「はい」
理央が振り向く。
目が合う。
(言うな)
(触れるな)
「……なんでもない」
理央は一瞬だけ首を傾げる。
「?」
充は視線を逸らす。
「……安定してるなら、いい」
理央はうなずいた。
「ええ。昨夜は少し手こずりましたけど」
充の心臓が跳ねる。
「でも、最終的に“型”が見えました」
“型”。
なるほど。
科学的な言い方だ。
掛け声じゃない。
型。
充は安心しかける。
そのとき。
理央がぽつりと言う。
「やっぱり、集中するとリズムが出ますね」
「……リズム」
「ええ。無意識に一定のテンポで押すと成功率が上がる」
充は固まる。
(リズム)
(テンポ)
(あれはリズムだったのか?)
理央は続ける。
「ログ上でも、周期が出ています」
充がゆっくり振り向く。
「周期?」
「はい。温度上昇のタイミングが、
一定の間隔で繰り返されています」
理央は端末を見せる。
グラフ。
なだらかな波形。
押圧ログのタイムスタンプと、
内部温度の上昇が重なっている。
「同期しています」
理央が言う。
「圧力履歴と、発熱のタイミングが」
充は息を止める。
そのとき。
遠くで棚橋の声がした。
「黒川さん! ログが三つあります!」
数秒後。
黒川の落ち着いた声。
「一つずつでいい」
理央の端末に、
外部観測データが追加される。
「……?」
理央が眉をひそめる。
「どうしました」
充が聞く。
理央はすぐには答えない。
「円筒穴の内壁」
短く言う。
「螺旋構造の一部に、
微弱な熱変化が記録されています」
充の喉が鳴る。
「……いつのデータ?」
「昨夜です」
沈黙。
「実験時刻と、ほぼ一致しています」
誰も押していないはずの距離。
船外。
数キロ先。
理央が続ける。
「誤差の可能性はあります」
だが。
そうは言っていない顔だった。
黒川が入ってくる。
理央が端末を向ける。
説明は短い。
黒川は最後まで聞く。
数秒、何も言わない。
それから。
ケースに入ったオシナオスンを見る。
「分からないものは」
黒川が言う。
「分からないまま、
つないだ状態にしない」
理央が頷く。
黒川はケースを持ち上げる。
「隔離します」
「え?」
棚橋が振り向く。
「触らない方がいいですか?」
「判断できません」
黒川は答える。
「だから、切ります」
保管庫の扉が閉じる。
船は静かだ。
充は天井を見る。
(聞かなかった)
(聞いてない)
コーヒーを飲み干す。
遠くで、保管庫のロック音がした。
昨夜、
何が起動していたのか。
まだ、
誰も聞いていない。




