20話 事実
タカシ
雨が降っていた。
しとしとと地面を叩く音が、妙に耳にこびりつく。空気は冷え、肌を刺すような湿り気がまとわりつく。
車のドアを閉めると、ミキさんが彩ちゃんと太った金髪の男の間に割って入った。春ちゃんと彩ちゃんを逃がすように、そっと肩を押す。
金髪の男が、その背中を指さした。
「アンタら、あの子たちの知り合いか?」
口調はぶっきらぼうで、機嫌が悪いのが丸わかりだった。
「ああ、そうだけど」
俺が答えると、男は舌打ちし、小さくボソリと漏らす
「行っちまったじゃねぇか」と不貞腐れる。
「車、傷ついちまったんだけどな。どうしてくれるよ。警察に連絡もできねぇし」
そう言って、男は腕を組む。ふと、隣のミキさんが一歩前に出た。
彼女の目が鋭く光る。
「は? あんたたち、あの子に何しようとしてたのよ?」
ミキさんの声には明確な敵意が滲んでいた。
「拉致しようとしてたの? それとも誘拐? 」
一気に空気が張り詰める。冷たい雨が落ちる音がやけに大きく響いた。
「警察呼ばれたら困るのは、アンタらのほうでしょうが!」
ミキさんが一喝する。
金髪の男がキョトンとする
「は?誘拐?なんで?」
もう1人の小柄な男がハッとした顔をする。首にタトゥーが入っている。
「おい。リュウ。これはマズイ。傍から見たらそう見えるかも」
「マサさん何言ってんの。俺たち…あっ!?」
言いかけた瞬間
ブッブーとクラクションがけたたましく鳴った。
全員一瞬で振り返る。
自分の車を中途半端な位置に停めたせいで、後続車の邪魔になっていた。後部座席に凪がいるはずだが……多分まだ寝てるが
。
「タカシ! 鍵!」
ミキさんが鋭く言う。
俺は咄嗟にポケットを探り、ミキさんに鍵を放る。
「あと任せるよ」
ミキさんは風のように車へ向かっていった。
ミキさんカッケェな。と思う。男前だ。
今度アネゴって呼んでみよう。
アネゴはアネゴらしからぬ程愛想良く後続車に謝罪し、俺の車に乗り込む。
ぶつけないでくれよ。と、何かに祈りたくなる。
そのやり取りの間に2人は状況を理解したようだ。
弁明を始めた。
で、今
俺は更衣室で説明をしようとしたら、集中砲火を浴びた。
裏切り者とか薄情者とか「人の心は?」とか女性が結託するとホント怖い。言いたい放題だ。
——30代男性だって、悪口を言われれば傷つくのだ。
「……くそ、なんでこんな言われ放題…」
小声で呟くと、凪がぽつりと言った。
「ねぇ、おーなーかーすいたー」
あまりにのんきな声だった。
俺は思わず力が抜けて、ダンボールの中から適当にコアラのマーチを引っ張り出し、渡した。
——その瞬間、ミキさんの目が鋭く光った。
「……タカシ?」
「……はい?」
「お菓子、あんまり凪に食べさせないようにしてるって言ったよね?」
「……すんません」
冷や汗が出る。アネゴ、そんな敵意むき出しにしないでくれ。俺は味方だよ。
ミキさんの視線から逃げるように、俺は気を取り直して話し始めた。
「簡単に説明するとね。
車をあそこに停めたのは、単純に満車だったから。
彩ちゃんに声をかけたのは、単なる善意だったらしい。
——拉致や誘拐なんて、考えてもいなかったそうだ。下心が無かったとは言えないかもしれないけどね」
「……善意なんて微塵も感じなかったけど」
彩ちゃんが低い声で言う。
「今の俺たちなんて善意の塊みたいなモンだ」って言ってたよ。
「思いのほか美女が居たから、頑張って慣れない標準語で喋ったんだって。そしたらぶっきらぼうな感じになっちゃったらしい。」
彩ちゃんが嫌そうな顔をする。
俺はスマホを取り出し、撮影した写真を見せる。
「これ、彼らのハイエースの中身。運転席と助手席以外、全部ダンボールで埋まってる。
実質、人が乗れるスペースなんてない。」
全員が画面を覗き込む。
「中身は、こんな感じ。水、食料、お菓子、携帯トイレ、ガスボンベ。
彼ら、名古屋から関東へ救援物資を運んでる最中だった。」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……救援物資?」
晴子ちゃんがぽつりと呟く。
「そう。彼ら、普段は建築関係の仕事をしてるんだけど、社長に言われたんだって。
『関東に物資を運べ。ついでに、困ってる人がいたら助けろよ』って。」
俺は彩ちゃんを見た。
「それで、彩ちゃんが寒そうにしてるのを見て、声をかけた、と。」
「……腕、掴まれましたけど」
彩ちゃんの声は、まだ冷たい。
「それは……車を傷つけられたのに、逃げられそうになったから、らしい」
「……そもそもあれ私のせいとは思えないんですけど」
「向こうは、そう思ってないっぽいな」
俺がそう言うと、また気まずい沈黙が流れた。
ミキさんが腕を組み、納得いかない口調で言う。
「まぁ、悪意はなかったのかもしれないけど、実際、彩ちゃんは怖い思いをしたんだからね」
「それはまあ、ごもっとも」
俺は軽く肩をすくめる。
「で、彼ら、車の傷の件で、後日連絡するってさ。
とりあえず俺の番号教えといた。まぁ、作業車らしいから平気でしょ。よく見ればアチコチ傷のある車だったし。
あと、怖がらせたことに関しては、直接謝罪したいって言ってたけど……
彩ちゃん、会いたくないだろうから、行かせた。
と、まぁそんな感じです。これで納得できるかな?」
彩ちゃんはふぅっと息を吐いた。
「……納得も何も、仕方がないですよね。
とにかく、怖かった。
寒くて、怖かった。
だけど……皆さんのおかげで、無事に落ち着きました。
本当に、ありがとうございます。」
そう言って、座ったまま深く頭を下げた。
その姿を見て、俺は軽く息をつく。
「で、彼ら、物資を置いていったよ」
俺はダンボールを開ける。
水、カップラーメン、レトルトご飯、お菓子。ぎっしり詰まっている。
「外にあと5.6箱あるんだけど、野菜とか食料みたい。車中泊するのにダンボール多すぎてシート倒せないから貰ってくれって」
「……悪い人達じゃ無いのかもね」
晴ちゃんが呟く。
「な?」
俺がドヤ顔をすると——
「なんでタカシが偉そうなのよ!!」
ミキさんが口を尖らせる。
——少し空気が緩んだ気がする。
「じゃ、この後どうするか考えましょ」と、ミキさんが提案する。
外は雨が降っているし、もう夕方だ。
彩ちゃんの服や装備はずぶ濡れのままだし、最低でも今日はどこかに泊まる必要がある。
晴ちゃんが聞く
「チエミさんこの辺り泊まれる所ありますかね?営業してるのかな」
チエミさんにっこりと笑った。
「全員ウチに泊まれば良いじゃない。娘の部屋2個空いてるから大丈夫よ。」
「え〜良いんですか?旦那さんは大丈夫なんですか?」
と晴ちゃんが聞く。
「へーきへーき。
女の子が泊まりに来るなら男は車で寝させるわよ。
あ、あんたもね。」
と、急に言われる。
「俺は車中泊で全然大丈夫です。マットもシュラフもあるんで。」
俺はよく車中泊してるので全然問題ないが、旦那さんはここにいないのに勝手に決められて大丈夫なのだろうか。
「そこまでしてもらわなくて大丈夫です。本当に泊まらせてもらっていいですか?」
彩ちゃんが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫よーむしろ泊まりに来てくれたら嬉しいわ。娘2人共自立しちゃってから家の中暗くて暗くて!
ほら、うちの旦那口数少ないから。
あ、今は電気ないから本当に暗いわよ。夜ご飯何作ろう。」
チエミが嬉しそうに言う。
「そういえば、野菜置いていったって言ってたわね。私みてくるわ」
と言って出ていってしまった。
すっかり機嫌を直したミキさんが悪戯っぽく言った。
「なんだか修学旅行みたいでワクワクするね」




