19話 裏切り
晴子
「危険てさ。段々近寄ってくるってよりは、気が付いたら目の前にあって。
なんなら気が付いたらもう手遅れで。って事が多いんだよな。
特に自然相手だと。
だからさ、せめて準備する事が大事だと思うんだよね。
対応力とか応用力とか限界があるんだって。
だからこの状況は俺のせいじゃない。」
車の中で父が言った。
もう3年近く前の話だ。
キャンパーの聖地と言われるふもとっぱれキャンプ場での出来事だ。
一月の中頃、父と私は大型テントでキャンプを楽しんでいた。
午後3時頃天候が変化した。
いや、急変した。
天気予報は晴天で、強風の予報も無かった。
なのに、30分ほどで辺りは真っ白になり、雪と強風で外に出るのも困難な状況になった。
暴風雪。
通称、テントの墓場。
キャンプ場に設置されている風速計は20m超の風を連続2時間以上計測し続けたあと、ついに壊れた。
周りのテントやタープは次々と倒壊、文字通りテントの墓場となった。ほとんどのキャンパーが撤収した。
そんな暴風雪の中、我が家の安い、大型テントも例外では無かった。
サイドポール8本の内5本が折れ、そのうちの何本かがテント側面を突き破った。
帰ることも出来ない。
父がお酒を飲んでしまっているため、運転する訳にはいかないからだ。
仕方なくテントを諦め二人で車の中でシュラフと電気毛布にくるまって1晩を過ごした。
身の安全や睡眠に支障は無かったが、つまらなかった。
せっかくのふもとっぱれで車から出ることも出来ず、美味しい料理も食べられなかった中学生の私は不貞腐れていたのを覚えてる。
今となってはちょっと笑える思い出だけど。
だけど、今日のこの状況は何年か経っても笑えないだろう。
彩ちゃんがあのまま拉致されていたらー。
そう思うと喉の奥がひりついた。
警察を呼べない、電波もない。助けを呼ぶ方法は無かった。
チエミさんとミキさんそれにタカシさん。
この3人が居なかったらどうなっていたのだろう。
「オマエは人に恵まれてるよ。特に友達と父親に」
そう何度か父に言われた事がある。
まぁ、最後の父親は違うと思うけど。
小中と友達やクラスメイトに恵まれ、イジメや虐待等とは無縁に育ってこれた。
それが当たり前だと、普通だと思っていた。
だけど弟の学年は荒れていた。
それにバレエを一緒に習っていた友達の学校も。
私が恵まれているのだと知った。
今回もミキとタカシが来てくれなかったら、チエミさんがこの場所を貸してくれなかったら、彩ちゃんがどうなっていたかわからない。
私には何も出来なかった。
それから、ミキさんと凪が更衣室の中に入ってきて妊娠はここにいるメンバーの中で周知の事実となってしまった。
ミキさんとチエミさんがお互いに挨拶をして、彩ちゃんが状況を説明すると、二人共揃って
「そんな事で赤ちゃんがどうこうなることはない。心配するな」
と言ってくれた。気休めにしか聞こえない。だけど、今はその言葉を信じようと思う。というかそれしか私には出来ない。
「晴ちゃん着替えないと」
彩ちゃんが心配そうにいう。
彩ちゃんは着替えが済んで、体も温まってきたようだ。
本当に良かった。
私はチエミさんがカップに湯を注いでくれたコンポタージュをスプーンで混ぜながら返答する。
湯気と共に柔らかい香りが広がる。コップから伝わる熱で手が解凍されていくようだ。
「彩ちゃん実は私ほとんど濡れてないよ。
上下防水性のある服だから。
しかも上下で1万円以下!ワークマンはコスパ最強なんだ。」
彩ちゃんがキョトンとした顔をしている。恐らく今年一番のキョトンだろう。
チエミさんも同意する。
「ロンツーに普通のダウンジャケットは良くないねぇ。長い時間走るなら多少は濡れる事を覚悟しないと。せめてカッパをスグ出せるようにしておかないとね。
ワークマンはライダーの味方よ。」キャンパーとライダーの強い味方なのだ。
「えーじゃあずぶ濡れなの私だけなのね。私晴ちゃんに、事前にちゃんと言われてたのにね…ごめんね。余計な心配掛けちゃって」
彩ちゃんは肩を落とす。
「それよりミキさんは何故ここに?」と私が話を変える。
混ぜたコンポタージュを口に運ぼうとしたら凪が物欲しそうにこちらを見ていので、熱いから気をつけてね。
と言って手渡す。
「ヒーローみたいだった?ねぇ間一髪って感じだったよね。
間一髪。そう。正に間一髪だった」
間一髪の語感が気に入ったのだろう三回も言う。しかも私の質問には答えていない。
「俺が来るまでよく堪えた 後は任せろ」
って感じでした。と、私が言うと。
「良いね!そういうカッコイイの言えばよかった。
まぁ、実際はタカシに丸投げしちゃったんだけど。
車もへんな停め方しちゃってたし、凪も車にいたからね。」
凪がフーフーしながらコンポタージュを口に運ぶ。
とても、とっても癒される光景だ。
「彼らもそこまで敵意がある感じじゃなかったし」
「……え?」
私がいた時は敵意むき出し。
激おこ状態だったと思う。
「アイツ平気かな?
ちょっとみてくるね。
凪、お姉ちゃんと待ってて」
と言うが早いかミキさんが部屋から出て行った。
本当に決断と行動が早い。
凪はコンポタージュに夢中だ。
チエミさんが渡した小さな黒い飴玉には興味を示していない。
「チエミさんこのスーパーで働いてるんですね。長いんですか?」
彩ちゃんがチエミさんに聞く。
「旦那が店長なのよ。
こんな小さい古臭い店の店長。
ほら、山中湖であんた達に話しかけてきた、ぶっきらぼうなジジイよ。
あんな態度な癖にあんた達の事心配してたのよ。
若い女の子二人だけで遠出してる時に地震があったじゃない?
電波無くなったり、停電したりしたし、大丈夫かなって。
ウチにも二人娘がいるからね。もう二人とも結婚して出ていっちゃったけどね。
ウチの子達もバイク乗ってて、よく姉妹二人で走りに行ってたわ。」
一つの質問に対して一息で凄い量をガラガラ声でしゃべる。
しかも質問には答えていない。
私の叔母ー彩ちゃんのお母さんもよくしゃべる人だがチエミさんはもっとレベルが高い。
家でもずっとこんなに喋るのだろうか。だとすると喋りすぎてガラガラ声なのだろうか。
すると更衣室の外からもう一人のよくしゃべる女性ーミキさんの声が聞こえてきた。
「裏切るのかー」
とか
「はぁ?ありえない。」
「何いってんのコイツ。」
と、攻撃的な言葉が聞こえてくる。ミキさんが扉を開けると冷たい風と共にタカシさんとミキさんが入ってきた。
タカシさんは体の前に大きめのダンボールを抱えている。
狭い室内に6人。
中々な人口密度だ。
「ちょっと聞いてよ。晴ちゃん。タカシが「アイツら悪い奴らじゃない」とか言うんだよ。
懐柔されてきやがった。裏切りよ裏切り!この裏切り者ォ!」と憤りながらタカシさんを指さす。
タカシさんはダンボールを机に置き、ミキさんの指を鬱陶しそう手で払って言った。
「そういうなって。勘違いがあったんだよ。ホントにアイツら悪い奴らじゃないと思う。」
ミキさんが狭い室内で再度思いっきりタカシさんを指さす
「こんの裏切り者ォ!」
私も同じように指さして
「こんの薄情者ぉ!」
彩ちゃんも笑いながら続く
「人の心はないのかー!」
チエミ
「そもそもあなた誰?」
凪
「お腹すいたー」
と全員同時にタカシさんに言う。
タカシさんが反論する
「いや、同時にしゃべるなって。聖徳太子だって「うるさい一人ずつ喋れっ」てキレるよ!」




