18話 後悔
彩
寒い。とにかく寒い。
身体が震える。
身体がアイドリングする。
雨の中バイクで走るとこんなにも身体が冷えるとは。
バイクから降りても寒い。
特に手。グローブも濡れてしまって寒い冷たい通り越して痛い。
知識としては知っていた。
私には準備が足りてなかった。
ネットで情報を得て、知識として知ってはいた。だけど、知っているのと体感するのでは全然違う。
晴ちゃんも言っていた。ロングツーリングしたら多少は雨に降られる可能性が高いと。天気予報は晴天でも、だ。
カッパを持ってはいるがバッグの奥に入っている。
取り出すのはそう簡単では無い。
十月の末でこれだけ寒いなら、真冬に走ってるライダー達はどうなってるんだ。頭がおかしいとしか思えない。
晴ちゃんから渡されたタオルで水を吸ったダウンを拭いてみるが全く意味がない。
体が冷えすぎている。
絶対唇紫になっている。
フルフェイス被ってるから顔だけ濡れてないのだが、顔も充分寒い。何をどうするべきか分からない。
ヘルメットを取ろうとするが、手がかじかんで、金具が上手く緩められない。諦めずに挑戦してヘルメットを脱ぐ。
それからダウンを脱ぎバイクにかける。
水を吸って重くなっている。
とにかく寒い。
両腕で体を抱くようにして震えていると、バイクの出口を塞ぐように真っ黒なハイエースが止まった。
所々に金色のパーツがあしらわれている。ガラスにはスモークが貼られていて車内は見えない。音楽の重低音が車体に響いている。
止まってすぐに、助手席から金髪で坊主頭の太った大柄な
男が降りてきて、高圧的な態度で言う。
「お姉ちゃん大丈夫?
濡れてるな。
車の中暖かいから乗れよ。
大きいタオルもあるし、暖かいコーヒーもある。」
と言って今閉めたばかりの助手席のドアを開けた。外国の音楽が大音量で聞こえてくる。
乗るわけが無い。
無視して逃げようと思ったが思いとどまる。
ここで私が逃げたら晴ちゃんと入れ違うかもしれない。
携帯が通じないのだ。
入れ違いで晴ちゃんがここへ来たら今度は晴ちゃんが危ないかもしれない。
そう冷静に考えてる間に状況は悪くなる。
運転席からもう一人降りてきたのだ。
小柄で髪の毛の両サイドが大きく刈り上げられていて襟足が長い。不良映画に出てくる人物みたいだ。要するに2人とガラが悪い。
太った男が私のバイクの後部座席に括り付けているバックを触りながら言う。
「荷物までずぶ濡れだな。こりゃ乾かすの大変だ。とりあえず暖かい飲み物でも飲めよ」
「やめてください。さわらないで。いらない。」
いらないと言ったはずだが小柄な男が助手席から缶コーヒーを出して渡してくる。
「いらないって!」無理矢理押し付けて来たので手ごと払った。缶コーヒーが車に向かって一直線に飛ぶ。ガンッ鈍い音がする。マズイと思った。車に傷がついた、と言うより凹んだ。
思った通り男達の目つきが変わる。
「おい!何してんだテメェ!」と金髪の男が怒鳴る。私は恐怖で、下を向く。
「逃げよう!」
左手がいきなり引っ張られる。顔を上げると晴ちゃんが私の腕を引っ張っている。見ていたのか。
あぁ、逃げるんですか。お気を付けて。なんて言って見逃して貰える…訳はなく当然のように太った男に反対側の腕をガシッと暴力的に掴まれる。体がビクッと硬直する。怖い。
「逃がすわけねぇだろ。どうすんだ !オヤジの車だぞ!」
オヤジって何?怖すぎる!
もうダメだ。拉致される!と思った瞬間、黒いバンの前からブーーーと長い大きなクラクションのような警告音が鳴った。
前には大きな赤と黒の車が止まっている。
誰だ。全然見たことが無い車だ。すると助手席から女性が降りてきた。ミキさんだ。
ミキさんは大声で怒鳴る。
「あんたなにやってんの?女の子に!」
その声で男の手が緩み、私は晴ちゃんに引っ張られ抱きついた形になる。
晴ちゃんの服も濡れていて冷たい。晴ちゃんも小刻みに震えている。
いやそれよりも、何故ミキさんがここに?幻覚?すると運転席からタカシさんも降りてきた。幻覚じゃ無さそうだ。
タカシさんが
「晴ちゃん、とりあえず行って。コイツらとは話しとくから」
よく通る声でハッキリと言った。
周りを見ると周りの通行人や買い物客がこちらを見ている。
スマホを構えている人もいる。
私は晴ちゃんに抱えられるようにして暗い店内に向かう。
入り口で騒ぎが聞こえたのだろう店員らしき中年女性が出てきた。
「何かあった?あら!震えてるじゃない。とりあえず裏に行こう。暖かい部屋あるから。」
言われるがまま私達はついて行く。
業務用の入り口から建物の中に入る直前、振り返るとミキさんと目が合った。
手でシッシッ行けと合図される。
2人組の男達がタカシさんに何か話している。
店内に入ると周りに商品が所狭しと並んでいる通路を通り過ぎて従業員用の更衣室に通された。
更衣室の真ん中には石油ストーブに火が入っていて、ストーブの上にはヤカンが乗っている。照明が付かないので、暗い。ストーブから漏れる光だけだ。
周りにパイプ椅子が4つ置いてある。
周りにはコの字型にロッカーが並んでいる。入り口の近くにはテーブルというか無骨な作業机がある。
中年女性はいくつかのロッカーからタオル数枚と服を手渡してくれた。
「とりあえず2人ともその濡れた服脱いで着替えなさい。
この服お店の制服だけど、クリーニングしてあるから。
濡れた服はソコに掛けといて」
と言ってどこかへ行ってしまった。
私はずぶ濡れの服を脱ぎ体を拭いた。渡された服を着る。暗いのでわかりにくい。
上はグレーのシャツで下は黒いストレッチの効いたパンツだ。
横目に晴ちゃんを見るとコートすら脱いでいない。
「晴ちゃん着替えなきゃ。風邪ひくよ」
晴ちゃんは俯いたまま返事をしない。晴ちゃん?と再度声をかけようとしたら嗚咽が漏れてきた。
「怖かった…彩ちゃんがあのまま車に押し込まれて、どこかに連れていかれたら…って思ったら…
彩ちゃんの体調が悪くなったら、お腹の赤ちゃんの体調も…私の…私のせいだ
私がキャンプに誘ったから。
ごめんね。ごめんね。彩ちゃん。」
ボロボロと泣きながら謝る晴ちゃん。
「違うよ。晴ちゃんのせいじゃない。」私の声も震えている。
「いや、でもホントに怖かった。腕を掴まれた時叫んで助けを呼ぼうかと思ったよ。でも声が出なかった。
叫んだりしたら、無理矢理車に押し込まれたら、もう逃げられない。そう思ったら体が硬直してしまって。
本当に助かってよかった。
あれミキさんとタカシさんだったよね?なんでいたんだろ?
あ、晴ちゃん。とりあえず着替えよ。晴ちゃんも風邪ひくよ」
晴ちゃんが泣いているのを見て逆に私が冷静になった気がする。
それだけ晴ちゃんが涙を流しているのは驚いた。
小学校低学年の時バレエのコーチに怒られても、お母さんに怒られても、全然へっちゃらな子供だったのだ。
「名は体を表す」は正に晴ちゃんの事だと思っていた。常に笑顔で晴ちゃんの周りはいつも明るいイメージだ。今回相当責任を感じてしまっている。私のせいなのに。
晴ちゃんは今朝も無理に進まない方が良いと言っていたし、服装についても前々から防水性のある服を着てきてね。と言っていた。スキー用の服とかでもいいから、と。更にロングツーリングの時は天気予報は当てにならない時もあるとも。
天気予報がずっと晴天だったので大丈夫だろうとダウンジャケットを来てきたのは私なのだ。
「お腹…赤ちゃん大丈夫そう?」
晴ちゃんが、心配そうに聞いてきた
所で女性がランタンとカップを2つ持って戻ってきた。
「今ちょっと聞こえちゃったんだけど妊娠してるの?」
「もー晴ちゃん…」
「いや、これは口が軽いとかじゃなくて事故事故」
ブッと私が吹き出すと晴ちゃんも笑う。
私達が笑っているのを見て女性が安心したような顔をする。
女性がオイルランタンに火を付けると少し周りが明るくなる。
「あれ?ホッカイロの!山中湖であった!?」
「そうそう。やっと気づいた?私はチエミ。よろしくね、貴方が妊娠してるの?何ヶ月?体温まった?毛布いる?」
カップにヤカンのお湯を入れながら、あぁ、これが矢継ぎ早か。って思うほど矢継ぎ早に聞いてくる。
「チエミさん色々とありがとうございます。私は彩です。大分私は大分温まりましたけど、晴ちゃんがまだ着替えてなくて…
妊娠は昨日分かりました。」
「えぇ?妊娠?」
と、部屋の入り口からミキが凪をつれて入ってきた。
晴ちゃんが
「今のは私のせいじゃないよ」
と、苦笑いをする。




