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ヤエー!初めての帰宅困難  作者: 砂糖水色


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15/24

15話 選択


朝食のあと、晴ちゃんが珍しく真剣な顔で私に問いかけてきた。

「本当に帰る? けっこう大変だと思うよ」

「……うん」

私は何とかなるだろう、くらいにしか考えていなかった。

だけど、晴ちゃんは違った。

「正直、すんなり帰れるとは思えないし、帰ったところで電波も電気もないよ。だったらここで連泊するか、安いホテルに泊まるとかの方が体にはいいんじゃない?」

彼女の言葉に、私は初めて「帰ること」の現実を意識した。


 もともと一泊の予定だったから、着替えもないし、モバイルバッテリーの充電もそろそろ危ない。晴ちゃんの提案はもっともだった。でも、私はどこかで「帰らなきゃ」という気持ちがあったのかもしれない。結局、「彩ちゃんが言うなら」と晴ちゃんは渋々納得してくれた。だけど今になって思えば、もっと慎重に考えるべきだったのだ。電気も電波もないことへの危機感が、私には足りなすぎた。


 バイクを走らせ、国道20号に乗る。最初のうちはそこそこの渋滞だったが、進めないほどではなかった。しかし、川沿いの道で車列が停滞し始め、スマホの電波がついに途絶え、信号の光が消えた瞬間、背筋が寒くなった。


 道も調べられない。迂回すらできない。何かあっても救急車を呼ぶこともできないのだ。

この時点で、電気が通っている地域に引き返すことを考えるべきだったかもしれない。

けれど、私たちは前に進むことを選んだ。


 

都市部の大きな交差点では警察官が指示してくれるが、ほとんどの交差点にはいない。

小さな交差点一つのたびに渋滞が起きている。

車のドライバーがイライラしているのがわかる。

山間部では落石で実質片側通行になっていたり、とにかく進まない。時間がかかる。通常の状態であれば、自宅まで約三時間なのだが、今日は四時間走ってまだ半分も進んでいない。

もうあと少しで相模湖がみえて来るはずだけど。

相模湖から468号線を南下すれば海老名や寒川など自分で分かる道まで出られるはずだ。

こんな状況だとインカムで晴ちゃんと会話出来ることが本当にありがたい。

晴ちゃんには妊娠の話を誰にも言わないよう口止めをお願いした。

「大丈夫。羽よりも軽いと評判の私の口も、流石に妊娠となればスネ夫よりは口が硬くなるってもんよ。」

「軽っ!」

晴ちゃんは軽快に笑う。

「冗談、冗談。

流石に言わない。

約束するよ。」

まぁ、信用するしかないので、信用する事にした。

「そーいえば、晴ちゃんは?」

「ん?私?」

「彼氏とか好きな人いないの?モテるでしょ」

「モテないモテない。彩ちゃんみたく美女じゃないし。」

「あーでも、ちょっと前に彼氏が出来たことはあるんだけどね。」

「おっ聞きたい聞きたい。」

「普通自動二輪免許もってる同級生でさ。」

「最高じゃん!ツーリング出来るね。」

「お兄さんのバイク借りて乗ってたんだけど。ニンジャっていうスポーツタイプの早いバイク」

「あー」

「江ノ島から二ノ宮位までツーリングしたんだけどね。」

「良いじゃん。憧れるやつ」

「なんかピチピチの上下革の服着てきてさ。いっぱいワッペン?ロゴ?みたいなのがついたやつ。北斗の拳みたいな」

「あーもう嫌な予感しかしないね」

「ってゆーかその時点でドン引き。制服しか見た事無かったし、制服だとかっこよかったんだけど」

「ガンガンすり抜けするし。すっごい飛ばすし。」

「ずっと追いかけっこしてるみたいだし。インカムで延々とバイク自慢されて。お兄さんのなのに。全然楽しくなくて。途中で「もー無理帰りまーす」って言って帰っちゃった。」

「それは…どんまいだね。」

「方向性の違い?かな」

「男子はそういうのに憧れるのかもね」

「別にバイクの免許持ってなくても良いんだけどね。なんか同い年の男子は難しいかなぁ、って思ってはいるの。モテない癖に。」

「いやぁ、晴ちゃん可愛いし、モテるでしょ?」

「オッサンにはよくナンパされますが。コレはモテるにはいりますか?」

「ははは」

「そーいえば、彩ちゃん左手平気?渋滞キツくない?」

言われてみれば、大分握力が無くなっている気がする。

私のバイク、エストレヤは特に左手のクラッチが重いバイクでは無いが、これだけ渋滞でずっと半クラしていると流石に疲れてくる。初めての体験。

晴ちゃんは?と聞いたら前を走ってる晴子が左手をヒラヒラする。そーいえばそうだった。

昨日少しだけバイクを入れ替変えて乗ったのだが、晴ちゃんのカブは車体が小さく、安定感が無いのに大荷物を積んでいて不安定だったので、スグに元に戻ったのだった。

左手にクラッチが無いのは分かっていたが、レバーそのものがないとは思わなかった。

「そういえば、お母さんの乗ってる原付スクーターには左手にレバーあった気がするけど、あれは何?」と、聞くと。

ブレーキだよー。

「教習所で大きいスクーター乗ったでしょ彩ちゃん。」

「そういえば乗ったね。

すっごい重いスクーター。」

教習所の事を思い出す。

私は何度も教習所で転んだ。

卒業試験でもだ。

3回目の試験でやっと合格した。晴ちゃんは全部ストレートで卒業したらしい。晴ちゃんの方が看護師として上手くやれる気がしてならない。

今回晴ちゃんとまる2日、今日を入れて3日間ずっと一緒にいる。

従兄弟とはいえ、ここまで家族以外と一緒にいた事はない。多分。晴子は私の事を過大評価していたが、3日目ともなれば、大分メッキが剥がれてきたのか、ずいぶんお互い気楽になった気がする。

 私の晴ちゃんに対するイメージも大分変わった。良い方向にだ。

可愛くて、いつも明るく友達が多い、ふわっとした、悪くいうと少しぼんやりしているイメージだったが、今は私よりも自立していて、しっかりしている気がする。

晴ちゃんとはインカム越しに無口な時間があっても苦では無い。

少なくとも、私は。

帰宅しても晴ちゃんとは今までより良い関係を続けられる気がする。

少し渋滞が解消されて走り出すと反対車線に2台のバイクが見えた。手を振ってくれている。

晴ちゃんも私も手を振り返す。

対向車線の二台は晴ちゃんと同じくらい荷物を積んでいる。

避難するのか、私達のようにキャンプの帰りなのかは分からない。行きのヤエーのような高揚感は無いが、確かに仲間意識のような物を感じた。

晴ちゃんが真面目な口調で言う。

「これはホントに安全祈願だね。

ホントのヤエーだ。

無事に帰ろうね、彩ちゃん。」

私もインカム越しに答える。

 「そうだね。無事に。」


空を見上げると山の稜線を這うように、黒い雲がゆっくりと広がっていた。まるで、これから訪れる何かを告げるように。

  







 


 

 


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